26
翌日、入学式前のテスト順位が張り出されているのを、生徒達が集まって見ている。
ハイドラは見なくてもわかる一位だ。
ちなみにレイスリーネは三十四位、総人数に比べたら充分上の順位だ。
ちなみに一緒に見に来たフラップは二十七位だった。
ちょっと悔しい。
にしてもやたら周りがレイスリーネ達を見てひそひそしているなと思う。
ハイドラがいるからだろうかと思ったけれど、どちらかというとレイスリーネに視線が集中している気がする。
それを口にすると、フラップが訳知り顔で頷いた。
「あの夜会センセーショナルだったからな」
やっぱりあれか。
ならば仕方ないかなと思うと、フラップが噂もあるしと口にした。
「あくまでなんとなく広まってる噂だけどな。あまりにも役立たずなものだからベアトリーチェ様に捨てられたけど、ハイドラがすがりついて許しを請うたら空気を読まないレイスリーネが拾っていったっていうさ。辺境でみずぼらしく冷遇されてるって感じの噂」
あまりにも身に覚えがない。
思わずハイドラと顔を見合わせた。
「まあ、確かに捨てられて拾われましたけれど、かなりのびのびとさせてもらいましたよ」
「見りゃあわかる」
肩をすくめたフラップに、レイスリーネは首を傾げた。
もしかして噂を流したのはベアトリーチェだろうか。
自分に非はないと主張している感じだ。
かなり杜撰だとは思うけれど。
げんなりしていると、人垣が道を開いて話し声が大きくなった。
そちらを見て、うげえと内心げんなりする。
もちろん淑女の顔を被ってだ。
そこには半年ぶりに見るベアトリーチェがいた。
学園では小さなものはいいけれど、高価すぎる装飾品は禁止なのに夜会のとき同様、大振りな髪飾りをつけている。
そしてやはりといか浮気相手のリーブスとやらが距離が近い。
背後に控えている騎士もどきは伯爵家の三男であるトキーノだとハイドラがこっそり教えてくれた。
関わるつもりはないけれど、何故か自信満々の顔でベアトリーチェは近づいてくる。
遠慮していただきたい。
目の前まで来ると、リーブスはハイドラのことを全身値踏みするように眺めて、わずかに眉をしかめた。
そしてレイスリーネを見やって、ほんのり甘い笑みとでも言わんばかりのものを浮かべて見せる。
おもわず殴りたくなった。
「ハイドラ・バレンチェイド!」
「なんでしょう」
高らかに名前を呼ばれても、ハイドラの雰囲気は乱れたものはない。
「あなた本当にハイドラなの?」
「ええ」
「……ふうん」
完全に無表情のハイドラははじめて見るなと思っていると、今度はベアトリーチェがハイドラをじろじろと上から下まで視線を動かした。
そしてどこか小馬鹿にしたような目をレイスリーネに向ける。
「ご苦労だったわね、お前」
何がだ。
意味がわからないという顔をすると、ベアトリーチェはふふんと顎を上げて唇を三日月にして笑った。
「私に見合うようになったじゃない」
え、何いってんのこいつ。
思わず不敬な言葉が脳内をまわった。
うっかり口から出なかったことに自分の成長を感じる。
「何のことでしょうか」
ハイドラの平坦な返事と、リーブスが驚いた顔でベアトリーチェを見たのは同時だった。
周りの生徒の好奇な目が凄い。
「再び私に侍ることを許可してあげるわ」
「いいえ、お断りさせていただきます」
間髪いれずにハイドラが即決で断った。
そりゃあそうだと思うけれど、ベアトリーチェは思ってもみなかった言葉のようで驚きに喉を詰まらせている。
その姿に後ろに控えていた騎士気取りのトキーノがベアトリーチェの横に並んだ。
「不敬だぞ!ベアトリーチェ様が寛大なお心を示されたというのに」
騎士きどりにしては身のこなしが雑だな、なんてぼんやり思うことしか出来ない。
それくらいレイスリーネにはどうでもよかった。
「ベアトリーチェ様は私に接近禁止令が出ていらっしゃるはずですよ」
「そんなもの守る必要なんてないわ」
「そもそも、ベアトリーチェ様はすでに二人ほどお傍に置いていらっしゃるように見えますが」
「私はまだ誰とも婚約していないわ。吟味中よ、そのなかに入れてあげると言っているの。それにトキーノはただの護衛よ」
トキーノとやら、絶対に弱いでしょ。
それにしても無茶苦茶だなあ、と思いながらレイスリーネはピシッと手を上げた。
「あの!ハイドラはすでに私の婚約者ですのでベアトリーチェ様に侍ることは出来ません」
「黙りなさい。お前あの時の恥知らずじゃないの。婚約までしたなんて、よほど相手がいなかったのね」
レイスリーネは言われたことにぐっと詰まってしまった。
事実、お見合い惨敗記録保持者なので言い返せない。
「ハイドラにあなたはもう必要ないわ。私が貰ってあげる」
傲慢な笑みをベアトリーチェが浮かべる。
その横でリーブスが信じられないものを見る目でベアトリーチェを見ていた。
そりゃあ当然だ。
ハイドラから奪取できたと思ったら、今度は自分が捨てられそうなのだから。
しかし、だからと言って頷くことは出来ない。
(また酷い生活なんてさせたくない)
図星を突かれたせいでどう反論すればいいかと迷っていると、ハイドラがわずかにレイスリーネの前に出た。
ベアトリーチェの視線が、ハイドラの背中によってさえぎられてしまう。
「ご冗談を。私があまりに役立たずだから捨てたのでしょう?噂もとてもよく流れていますからね」
「それは……」
ベアトリーチェが眉間にしわを寄せて言葉に詰まった。
やっぱり噂を流したのはベアトリーチェなのかなと思う。
かなり杜撰だけれど、あの内容はベアトリーチェに一応非がない風だった。
「一部間違っている部分もありますけれどね」
「間違っているですって?」
「縋りついてはいませんから」
「なっ」
「噂はあてにならないものですよ」
ハイドラがうっすらと微笑むと、周りからきゃあと小さく黄色い声が上がった。
当のベアトリーチェは違う意味で顔を真っ赤にしている。
いまにも怒鳴りつけそうだ。
ハイドラの余裕のある雰囲気に、リーブスが口元を歪めた。
まるで嘲るような嗤い方だ。
「負け惜しみはやめろよ。たまたま辺境に拾われたけど、肩身の狭い思いをしているんだろ」
「いいえ?楽しく充実した毎日でしたよ」
ハイドラの言葉に場の空気も忘れて、レイスリーネはふっと一瞬安堵の息を吐いた。
(そっか、そんなに断言できるほど楽しく過ごしてくれたんだ)
今すぐハイドラの手を握ってよかったよかったと、ぶんぶん振りたい気分だ。
ぶち壊すようにベアトリーチェの金切り声が響いて台無しになったけれど。
「命令よ、婚約破棄なさい!」
ドヤ顔で言い切った。
「私との婚約破棄による条件のひとつとして、ベアトリーチェ様の命令のみ聞かなくていいことになっています」
「何ですって!」
「さきほども言いましたけれど、接近するのも禁止だと言われたはずです」
そういえばそんな条約とりつけていたなと思い出すと「行きましょう」とハイドラへ促された。
「そんな田舎者、どうせすぐに飽きるに決まっているわ!それに公爵家の嫡男と辺境伯家の跡取りの婚姻が成立するわけないじゃない」
思わず足が止まりかけた。
ハイドラがそっと背中を押したのでそのまま歩いたけれど、胃の奥に鉛を入れられた気分になる。
立場的に婚姻は難しいから、婚約も続かない。
(それは、そうなんだけどさ)
最初からわかっていたはずなのに、ショックを受けている自分が嫌だ。
さっさと人ごみから離れると、ふうとフラップ含め三人は同時に息を吐いた。
「ベアトリーチェ様は相変わらずですね」
「社交デビューの夜会のときしか見たことないけど、つねにあんな感じなの?」
レイスリーネが二人を見やると、フラップが言いづらそうに首の後ろをかいた。
「茶会とかでもあんなだし、茶会以外でもあんなだな」
「五年も婚約してたんだよね?」
ハイドラにくるりと顔を向けると、苦笑されてしまった。
苦々しい表情じゃないのが性格を表している。
「そりゃあ、あれだけぼろぼろになるよね」
本当に頑張ったんだなあと思いながら、レイスリーネは思わずハイドラの髪に手を伸ばした。
「頑張ったなんて凄いよ」
そのままよしよしと頭を撫でる。
「レイスリーネ!」
鋭く呼ばれてぼんやり考えていたことを中断された。
ハイドラを見上げれば、うろたえた様子で頬が真っ赤になっている。
「え?あ!ごめん」
無意識にしていた行動に、慌ててレイスリーネも手を引っ込ませた。
お互いになんとも言えない空気が流れるなか、何故かフラップが生温い目を二人に向けていた。




