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講堂に向かっていると、ざわざわと周りの声が大きくなり視線が自分に集中しているのがわかった。
口も開いていないし、突飛なこともしていない。
何も問題はないはずだ。
社交デビューの夜会でやらかしたせいかなと思っていると、一人の男子生徒が目の前に立ちふさがった。
「ねえ君、凄く素敵だね」
手を取られそうになったのをくるりと小さく回って、そのまま一瞬で男子生徒の後ろへと移動する。
そして講堂へ歩き出したレイスリーネに、男子生徒は目を白黒させていた。
「はぁーこんなに同い年ばかりの空間、緊張するな。とりあえず目立たないようにしよう」
緊張のかけらもない声と今の一連の動きで、レイスリーネは周りの視線を一点集中させていた。
講堂に向かい、椅子に座るとベアトリーチェはいるのかなと少しの好奇心できょろりと視線を動かす。
視界に入らないから、どうやらまだ来ていないらしい。
ハイドラは王都に来るなり王太子に呼び出された。
教えてもらった内容としては、ベアトリーチェはハイドラに接近禁止を言い渡していること、ベアトリーチェに限り命令を聞き入れなくていいということを言われたらしい。
どこまで守られるか不安である。
けれど今はそんなことはどうでもいいとばかりに、レイスリーネはそわそわしていた。
入学式が始まると、そのソワソワが一段と大きくなる。
実は新入生代表の挨拶はハイドラだ。
入学式前テストで一位をとったことで指名があったのだ。
(自分のことじゃないのに緊張するな)
もう少しで挨拶だというときに、コソコソとした話し声がそこかしこから聞こえてきた。
「挨拶ってあのバレンチェイド公爵家の嫡男だろ」
「ああ、王女殿下の下僕」
「社交デビューの夜会でも、みずぼらしい扱い受けてたもんな」
「しっ!腐っても公爵令息よ」
そんな言葉が囁かれるけれど、レイスリーネは勝利の確信を得た表情でふんと鼻で笑った。
(もう王女の婚約者じゃないから!キラッキラだから)
今のハイドラを見れば、みずぼらしいなんて口が裂けても言えないだろう。
あの美貌にひれ伏せ。
いっそ傲慢な笑みを隠して壇上を見上げると、名前を呼ばれたハイドラが現われた。
その途端にザワワと静かだった講堂に衝撃が走る。
「誰だあれ」
「え、素敵」
「あれパーティーの時と同じ人物か?」
男子生徒は動揺を隠せず、女子生徒は頬を染めている。
ふっふっふとレイスリーネは鼻高々だった。
(ハイドラは外見も中身も一級品なんだから。もう馬鹿になんてさせるもんですか)
壇上を見上げながら高らかに心中で宣言していると、ハイドラと目があった。
わずかにお月様色の瞳を細め微笑を浮かべられたことに、こっそりと小さく手を振り返す。
何故か隣の席の女子生徒が頬を赤くしていた。
入学式のあと教室に行くと、同じクラスですでにいたハイドラの周りに女子生徒が連なっていた。
男子生徒は遠巻きだけれど、女子生徒はわかりやすい。
すぐに教師が来て簡単な自己紹介などをすると、今日は終わりだ。
自分に群がろうとした女子生徒よりも、ハイドラの動きの方が早かった。
レイスリーネの席へとさっさと近づいてくる。
「すみません、紹介したい人がいるのですが、時間はありますか?」
「大丈夫」
了承すると、食堂とは別のサロンへと連れられた。
丸テーブルが等間隔に置かれているけれど、入学式だからか人はほとんどいない。
「ハイドラ!」
端の方のテーブルに座っていた男子生徒が片手を上げた。
その声にハイドラが嬉しそうな顔をする。
立ち上がった少年は茶色の短髪で刈り上げという、珍しい髪型だ。
「久しぶりだな」
肩をバシリと叩く少年は、気安い雰囲気だ。
「レイスリーネ、アウバー伯爵家のフラップです」
「よろしく。気軽に話してくれ」
にかりと笑う表情は好感が持てる。
「レイスリーネ・チュクシオンよ。私のことも気軽にどうぞ」
友達かと訊けば、ハイドラが頷いた。
「ベアトリーチェ様と婚約する前からの友人です。ベアトリーチェ様に関わりたくなくて周りの人は離れていったんですが、フラップだけは友人でいてくれました。私の時間が無くなって会えなくなっても手紙のやりとりをしたり。私は三通に一通ほどしか返せませんでしたが、五年間途切れたことはない、得難い友人です」
「やめろよ、照れるだろ」
ハイドラの言い分に、フラップが頭をかきながら照れくさそうにする。
「家に迷惑がかかるかもしれないから表立って関わるなって言うし、あのパーティーのときだって心配した」
フラップ的にはやきもきしていたらしい。
じとりと見られ、ハイドラが苦笑している。
そしてレイスリーネをじーっと見た後で、もう一度ハイドラに向き直った。
「どう見ても、あんなぶっ飛んだことするご令嬢に見えないな」
「ぶっ飛んだ?」
なんのことだと思えば、フラップに「夜会」と言われた。
合点がいってあれかと思う。
「ぶっ飛んでるだろ。辺境行ってから何回か手紙のやりとりしたけど、三回しか会ってないうえに名前も知らなかったって、よくあんなことできたな」
そう言えば王都から何回かハイドラ宛に手紙がきていると聞いていた。
てっきり家族からだと思っていたけれど、フラップも含まれていたらしい。
他人が見てもおかしい展開だよなと、今ならわかる。
「でも気にいっちゃったから」
「はは、そっか。あのパーティーで何もできなかったからさ、どんな扱い受けてるか気になってたんだけど、手紙でも今の姿見ても行ってよかったみたいだな。婚約破棄されて本当によかった」
「辺境ではとてもよくしてもらいましたよ。楽しく過ごしてました」
楽しんでくれたのだと思うと、レイスリーネはにやけそうになるのを必死で堪えた。
レイスリーネは楽しかったけれど、ハイドラもそう思ってくれていたことが嬉しい。
「でも正式に婚約したんだろ?あんなきっかけで、よくそこまでいったな。そんなに仲良くなったのか?」
「いえ、ベアトリーチェ様がまだ婚約していないので、再婚約をさせられるかもしれない私の安全を考慮してくださったんです」
ハイドラの言葉に、胸の奥がざわめいた。
そうなんだけど、と思う。
たしかにそうなんだけど、なんだかハッキリ言われたことがざわつく。
思わずハイドラから視線を外すと、フラップがハイドラを見ていた。
そして次にレイスリーネをじっと見る。
「なるほど」
なにがだ。
一人納得したように頷いたフラップは、そのあと特に何か言うでもなく「これからよろしく」と締めくくった。
いったい何だったんだ。
そのまま二人は帰路につくべく迎えに来ていた馬車に乗った。
公爵家の馬車はさすが乗り心地がいい。
婚約者なのだからとハイドラに言われ、レイスリーネはこれから毎日チュクシオン家のタウンハウスへ送迎されることになっている。
面倒くさいだろうからいいよと言ったら、何故か普段より強めに説得された。
嫌とかそういうわけではないので、頷いて今に至る。
「なんか辺境でずっと一緒だったから変な感じ」
「そうですね」
レイスリーネの言葉にハイドラも小さく笑って頷いた。
別にハイドラと四六時中一緒にいたわけではない。
でも一緒に食事をして、会いたいときに会えないのは思いのほかストレスを感じるのだと自覚した。
「寂しいって言うか……あ!」
思わずこぼれた言葉に自分で失言に気づいたけれど、すでにハイドラの耳には届いたらしく驚いた顔でレイスリーネを見ていた。
「いや!違う!ほら、辺境じゃ結構一緒だったからなんか変な感じというか」
「慌てないでください。私も同じ気持ちです。あなたと離れている生活はとても寂しく感じます」
お月様色の瞳をやわらげるハイドラに、何故かレイスリーネの頬が熱くなった。
「そう、なんだ」
「ええ、そうです」
ぱっと窓の方を向き、おもわず緩みそうになる口元を必死で締める。
私だけじゃなかったという気持ちに、レイスリーネは小さくへへっと口の中でふやりと笑った。




