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わんぱく令嬢は不遇の令息をさらって婚約する  作者: やらぎはら響


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そして学園に戻る三日前、レイスリーネはハイドラを町へと誘った。

 再び食べ歩きだ。

 今回は果実を飴でくるんだものを食べたり、特産の芋を使った揚げ物なんかを仲良く食べて、そろそろ帰るかという時間だ。

 学園前にゆっくりとハイドラと出かけられて、レイスリーネは満足だ。 

ハイドラがゴミを捨てに行っているあいだ、ふと露店のある一角が気になった。

 わかりやすいからいいかなと思い、そちらを見てまわる。

そこで視界に入ったものに、足を止めた。

この国のものには見えないので、おそらく外国産のものだろう。

緻密な意匠が施された凝った髪飾りだった。

ひとつだけ琥珀色の石がついている。


「ハイドラのお月様っぽい」


 黒に近い金属で出来ているから、銀色のハイドラの髪に映えそうだな。

 そんなことを考えたら、目が離せなくなった。


「お目が高いね、北方にある国の細工だよ。遠いところの物だから、めったに出回らないんだ」


 年齢のわりにふくよかな老婆が、にこにこと説明してくれる。

 それを聞きながらも、レイスリーネは髪飾りから目がそらせない。


「こういうのあげるって、どうなんだろ」


婚約者なら、プレゼントのひとつやふたつくらいあげるだろう。

じーっと赤い瞳が瞬きもせずに、髪飾りを見つめ続ける。

ハイドラはいつも黒いリボンで髪をひとつにまとめているから、髪を束ねるタイプであるこの髪飾りなら、使いやすいだろう。

実用性はある。

顔を上げると、ハイドラが戻ってきている最中だった。

そして再び髪飾りを見る。

今を逃せば、一人になることはない。

本人の前で買うのはなんだか恥ずかしい気がする。


「あの彼にあげたいのかい?たしかに髪に映えそうだ」

「だよね!買います」


 老婆の言葉を後押しに、レイスリーネは購入を決めた。

 ハイドラが来る前にと急いで代金を払い、受け取った髪飾りを持っていた小さなバックに入れてしまう。

 そしてそそくさと店先から離れて、ハイドラの方へと足を向けた。


「何か買ったんですか?」

「う、うん、ちょっとね、気にしないで。それより喉渇かない?」


 とりあえずごまかす。

その日の夜。

 レイスリーネはハイドラにあてがわれた客室の前にいた。

ドアの前をうろうろとしては手の中のものを見る。

手のひらにのっているのは今日買った髪飾りだ。

改めて見ても、絶対にハイドラに似合うと思う。

思うけれど。

「よく考えたらまだしばらく婚約してるとはいえ、仮の婚約者からのプレゼントって重くない?」

プレゼントって迷惑では。

 できれば学園入学前に渡したいのと、改めて婚約者でいるという話をしたので少し前より近づいた気がした。

タイミングなら今だと勢いをつけてやってきたのだ。


「いやでも、せっかく買ったし……えぇい、勇気!」


 気合を入れると、レイスリーネは勢いとは裏腹に小さくドアをノックした。

 すぐに「はい」とハイドラの声がする。


「……なんか、やっぱりやめよう」


 一瞬で怖気づいて、レイスリーネが踵を返そうとしたのとドアが開いたのは同時だった。


「レイスリーネ?」

「うわ!」


 出てきたハイドラに、レイスリーネは思わず一歩後ずさった。


「どうしました?」

「え、えぇと、あの」

「何か用がありましたか?」

「用っていうか、あの」


 どう切り出せばと視線を足元に一度向けて恐る恐るハイドラを見上げれば、苦笑を浮かべられていた。


「談話室に行きましょうか。はじめて来た日は私に余裕がなかったとはいえ、夜に男の部屋に入れるわけにはいきません」


 そりゃあそうだ。


「うん、あ、いや、ここでいい。あの」


 もじもじと背中に隠した両手のなかの髪飾りの存在感が凄い。

 頬が普段のバラ色よりも赤くなっていくのが、なんだかとても恥ずかしかった。


「その」

「はい」


 柔らかい返事に後押しされて、レイスリーネは勢いよくハイドラへ髪飾りを差し出した。


「これ!」

「髪飾り、ですか?」

「今日街に行ったときに見つけて……」

「あぁ、もしかして露店のですか?」


 露店の前で挙動不審にしていたので、すぐに思い至ったらしい。


「いつも同じリボンだから。髪も艶々になったし、こういう髪飾りも似合うかなって。ハイドラの髪の色にも映えると思ったし……その、婚約者とはいえ仮だからこういうのは迷惑かもとは思ったけど」


 早口でまくし立ててハイドラを盗み見ると、優しげに眦が下がっていた。

 思わずその表情に、ごくんとさらにまくし立てようとした言葉を飲み込んでしまう。


「いいえ迷惑ではありません。とても嬉しいです。貰っても?」


 迷惑ではないと言われて、レイスリーネはほっと息を吐いた。

 肩の力が抜けたことに、自分でも驚くくらい緊張していたらしい。

 こくりと頷くと、長い指が丁寧な仕草で髪飾りを手に取った。

 それだけで安堵してしまう。


「石がついているんですね」

「ハイドラの目の色と同じで綺麗だなって思って。北方の国の細工らしいよ」

「そういえば本で見たことがあります。でも残念ですね」


 思わぬ言葉に、レイスリーネはどきりと体を硬直させた。


「やっぱり気に入らなかった?」

「いえ、あなたからの贈り物だから、あなたと同じ色が欲しかったと思いまして」


 言われた意味を理解した途端、ボッとレイスリーネは顔が熱くなった。

 それはレイスリーネの髪か瞳の色を欲しかったということだ。

 そんなことを言われるなんて、自分には無縁だと思っていたので不意打ちにもほどがある。


「それ、は、重いでしょ」

「まったく。むしろ嬉しいですよ」


 追撃をかけないでほしい。

 ごまかすようにレイスリーネはハイドラの手にある髪飾りから顔へと意識を向けた。


「私の色よりハイドラの目の方が綺麗だと思うよ。石も同じ色だから気に入ったんだし」

「あなたは本当に私の目を褒めてくれますね」

「うん、お気に入り」


 にんまりと笑うと、ハイドラが悪戯げに笑った。

 こんな表情ははじめてだ。

 辺境に来て、どんどん表情が豊かになっている。


「キラキラに磨くと言っていましたが、キラキラになりました?」

「うん。キラッキラよ」

「もっと近くで見てみます?」


 表情を変えないまま、ほんの少しハイドラの顔が近づいた。

 顔面の攻撃力が高いにもほどがある。


「遠慮します!」

「残念です」


 何が残念なのか教えて欲しいと思ったけれど、訊いてはいけない気がして問いかけを思いとどまった。

 英断だったと思う。


「それでは、こちらは明日からつけさせてもらいますね」

「あの、本当に無理しなくていいからね」

「してませんよ。あなたからのプレゼントなんてとても嬉しいです」

「それならいいんだけど」


 もしょりと納得した言葉を一応吐いたけれど、無理をしているようなら返してもらおうとレイスリーネは思っていた。

 けれどハイドラは次の日からリボンをやめて、髪飾りでひとつに束ねている。

 手入れもしているようで、なんだか大事にしているのが目に見えてわかった。

 レイスリーネはこっそりとそれを見て、返してもらう気持ちはなくなっていたのだった。


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