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少しの曇り空だったけれど、まあ許容範囲だろうと本日魔物狩りを決行した。
お互い動きやすい服でレイスリーネとハイドラのブーツが地面を歩く。
木剣がだいぶ壊れにくくはなってきたので、実践を試しにきたのだ。
一応、剣が壊れたときのためにレイスリーネは予備の剣も持っている。
「いいですか、剣が壊れたらすぐに引いてください。そのときは私が魔法で応戦するか撤退の二択です」
ハイドラに森に入る前に言われた言葉だ。
レイスリーネとしては剣が一本壊れようが予備があるので、撤退の二文字はない。
逆にハイドラを心配したら、初心者の自覚があるから無理はしないと言われてしまった。
「レイスリーネは前衛として怪我の可能性が高いんですから自分の事を最優先で守ってください。間違っても私を守ったり魔物に追撃しすぎないように」
「……気をつけます。あ、これ捕獲玉ね。倒した魔物を入れて、中身を店とかで引き取ってもらうの」
差し出した手のひらより小さめの丸い結晶を見せると、ハイドラが
しげしげとそれを見やった。
「捕獲ということは、生きた魔物も入れられるんですか?」
「入れられるけど危ないよ。捕獲したからって言うこと聞くわけじゃないし、危ないから販売時は販売ルート、売買の金額、中身の内容まで記録されるんだ。まあ犯罪者がお金渡したあと下っ端に買わせてトカゲの尻尾切りもあるけどね」
「なるほど」
そんな話をしていると、小型の魔物が草陰から現れた。
小型と言ってもレイスリーネの胸くらいまでの大きさはある。
ウサギのようなその魔物に、トンと軽くレイスリーネが地面を蹴ると一閃。
次の瞬間には魔物は二つに切り裂かれていた。
とどめを刺すように、核のある部分へ剣を突き立てる。
「お見事。踏み出しが速いですね」
「ありがと」
ハイドラの感心した声音に、魔物を捕獲玉に入れながらレイスリーネは照れくさそうに笑った。
次へ行こうとまた歩けば、今度は先程より大きい馬のような魔物が現われる。
それにレイスリーネはむうと眉を寄せた。
「遭遇したことないやつだ」
「私は手記で見ました。左足に核がありますが、かなり俊敏な魔物です」
「じゃあちょっと面倒くさいかな?」
「では私がやりますね」
言うな否やハイドラが指先を魔物に向かって優雅に振ると、豪快な爆発音を立てて魔物が爆発四散した。
「え……威力、凄いね」
「そうですか? 魔法を本格的に習うのは学園からですが、レイスリーネにも言った通り、ベアトリーチェ様を守るために使い方を叩き込まれましたので。あとは自分なりの工夫を加えました」
「これ守るっていうか、攻撃は最大の防御っていうか」
「魔法障壁も張れますよ」
「……器用だね」
そうとしか言いようがない。
「というか、跡形もなくなったら素材採れないよ」
「ああ、それがありましたね。工夫します」
工夫でどうにかなるものだろうか。
けれどそんなことは杞憂に終わった。
少し固い外殻の中型魔物が出たときだ。
魔力を込めた剣で、ハイドラの指示のもと頭部の外殻を切り裂けばわずかに核が露出する。
その瞬間、魔力の込めすぎでバリンと剣が折れた。
「引いてください」
ハイドラの言葉にバックステップで魔物から離れたときだ。
圧縮された光の弾丸が尾を引きながらまっすぐに魔物の核を打ち抜いた。
狙い撃ちされた魔物はなすすべもなく地面へと倒れる。
レイスリーネは目を丸くして、ぽかんとまぬけな顔で口を開けた。
あんな魔法は見たことも聞いたこともない。
「魔力を圧縮して、的を打ち抜くことに特化させました」
「さっきの今で……?しかもそれ難しいよね。魔力の圧縮とか聞いた事ないし、あんな威力保ったまま、あんなスピードで打ち抜くなんて」
わなわなと驚きに肩を震わせるレイスリーネに、けれどハイドラはなんてことなさそうに「これで素材が採れますね」と気負わない笑顔を見せた。
前々から思っていたけれど、やっぱりハイドラはすごいのではと思っていると、レイスリーネの鼻先に冷たい雫が落ちた。
途端に雨が降り出す。
あ、と思っているあいだにハイドラがレイスリーネの手を取って近くの大きな木へと走り出した。
そして、やっぱりと気づく。
(私の手より大きい)
木の下に到着すると、全身を確認する。
二人ともそんなに濡れはしなかった。
「結構降ってる」
「ある程度弱まるのを待ちましょうか」
「だね」
上着を脱ぐほどではないかなと思いながらハイドラを見やり、レイスリーネは喉を詰まらせた。
(なんか濡れてるの色っぽい)
ハイドラも上着を脱ぐ気は無いらしい。
よかった、シャツとかだったら目のやり場に困るところだった。
もう一度チラリとハイドラを見ると、濡れた髪をかきあげていた。
そこでふと気づく。
こめかみのあたりに傷跡があった。
普段は髪で見えない場所だけれど、そこそこ大きいうえにひきつれて赤みがある。
「その傷跡……」
痛そうに見えたので最近ついたものかと思えば、返ってきたのは苦笑だった。
「ただの古傷ですよ」
「赤いけど古傷なの?」
「十三の時の傷なんですが、赤みが残った状態でひきつれてしまいまして。痛くはないですよ」
「そんなところに傷なんて出来るもの?私みたいに木登りしてたならともかく、ハイドラはそんなことしなさそうだけど」
「これはベアトリーチェ様につけられたものなんです」
「え!」
驚愕の事実だ。
「花瓶を投げつけられまして。壁に当たって割れた破片が飛んできたんです」
「一歩間違えば大惨事じゃない」
「そうですね」
「そうですねって」
「終わったことですから」
なんてないように言うけれど、そんなスルーをしていい事案ではない。
「そんなことされても婚約解消にならなかったの?」
「多額の慰謝料で事がおさまりました。父上はかなり抗議したようでしたけどね」
「ちょっと待って、ベアトリーチェ様って光魔法使いだよね。何で傷跡残ってるの? 実は魔法使うの下手なの?」
疑問符だらけのレイスリーネにハイドラは諦めきった表情で小さく肩をすくめた。
その顔は好きじゃない。
「光魔法を使うのを拒否されてしまったんです」
「なんで!? 自分のせいなのに」
「自分は悪くないから、そんなことはしないと」
おもわず絶句してしまった。
何を馬鹿なことを言っているんだ。
「さすがに陛下に言われてしぶしぶ治してくださいましたが、最低限だったので」
「最低じゃない」
素直な感想が口をついてしまった。
ベアトリーチェの話を聞くたびに下降していく評価は終わりが見えない。
「見えないところなので気にしてませんし、かまいませんけれどね」
のんびりとしたハイドラの声に、レイスリーネは俯いて「よくないよ」と呟いた。
雨の中でハイドラには聞こえていない。
もやもやとしたものが胸のなかに溜まっていく感覚だった。
ハイドラにベアトリーチェのつけた傷跡があることが、何故か無償に嫌だった。
くっと桜色の唇を小さく噛む。
(見えなくてもやだ。なんでかわからないけど、すごくやだ)
そんなもの消えてなくなればいいのに。
「雨、上がりましたね」
「え、あ、うん。帰ろうか」
ハイドラの声に我にかえると、二人は木の下から出て帰路へと歩き出した。
もうすぐ森の出口というところで、木々のあいだから黒い影が見えて二人は同時にそれから距離をとった。
「なんで浅域なのに大型が!?」
レイスリーネの悲鳴のような声の先にいたのは、硬質そうな外殻に全身を覆われたレイスリーネより三倍はありそうな魔物だった。
カマキリのような姿だけれど、刃が四本だ。
「はじめて見る魔物ですか?」
「本来なら深域にいるような大きさだよ!」
「なら撤退したほうがいいですね」
「核の場所わからない?」
レイスリーネが焦ったようにハイドラを振り返ると、ハイドラが口を開くより早くマグマのような炎のボールが魔物の周りに浮かび上がった。
ハイドラが指を振るって魔法の障壁を張ると、二人の前に光の盾が現われた。
マグマボールが打ち出されたものを、障壁が弾いていく。
「レイスリーネ、少しずつ距離を取りましょう。ここから出ないように———」
ハイドラが言い終わる前に、レイスリーネは残っていた剣を手に障壁から飛び出していた。
剣に魔力を込めて思いきり魔物の体に体重をのせて切りつける。
けれど魔力の少なすぎた剣が硬さに勝てず弾かれたうえに、パンと刀身がくだけた。
「やば」
魔物の目らしき部分がレイスリーネを完璧にとらえる。
息を呑んだ瞬間、魔物の頭が強い衝撃に爆散した。
ひゅっと息を鳴らすのと同時に手を引かれたかと思うと、ハイドラに抱き上げられていた。




