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騎士団の稽古場になっている鍛錬場のひとつに二人はいた。
他の人間はいない。
レイスリーネは木剣を両手で持って、ハイドラの説明を聞きながら魔力を流し込んでいた。
魔力量が多いらしくつい入れすぎてしまいそうになり、恐る恐るしているせいか魔力が木剣に流れていかない。
「少し、失礼しますね」
向かい合っていたハイドラがレイスリーネの手に、そっと自分の手を重ねた。
あれ、と思う。
思ったより手が大きい。
そして顔を上げると、伏し目がちの目元が視界に入った。
銀色の睫毛は長く、綺麗だ。
いや知ってたけどと誰にともなく言い訳じみたことを叫んでしまう。
「私があなたの手に流す量を意識して、剣に魔力を流してください」
突然話しかけられて、見惚れていたレイスリーネはごきゅりと不自然に唾を飲み込んだ。
その瞬間、木剣が壊れてはじけ飛ぶ。
魔力の込めすぎだ。
「び、びっくりした。大丈夫?」
「大丈夫です。最初は失敗するのは仕方ありません」
特に気にしたふうもないハイドラにほっとする。
今のはちょっと心臓に悪かった。
「ねえ、向かいあってやるの、危なくない?」
木剣が綺麗な顔にぶち当たりそうで怖い。
あと顔が間近にあるのが緊張して正直集中できない。
「しかし……」
「後ろから、後ろからやって!」
「後ろは、その、ちょっと」
「その方が集中できるから!」
「……わかりました」
言い渋って頷かないハイドラに、レイスリーネはとにかく顔を遠ざけたいとまくしたてた。
そしてハイドラがそっとレイスリーネの背後に周り、木剣を持っているレイスリーネの手におそるおそる触れる。
完全に後ろから抱き包まれた体勢だ。
(私の馬鹿ー!)
間髪いれず、心のなかで絶叫した。
そうだよね、こうなるよね。
「あの、やはりこのように密着するのは」
密着とか言わないでほしい。
「婚約者だから大丈夫!」
顔が近くにあるよりはマシな気がする。
そこでふと気づく。
意外と腕がしっかりしている。
健康になった体つきも自分がスッポリと入ってしまう。
背が高いのはわかっていたけれど、会ったばかりの頃の印象が強くて肩幅がちゃんとあることを意識してしまった。
(いや集中!)
もう一度、心のなかで絶叫する。
「じゃあ、魔力を流しますね」
(耳元で囁かないでぇぇ!)
駄目だ、これは駄目だ、こんな状態で出来ない。
ハイドラは善意でレイスリーネに協力してくれているのだから、弱音なんて言っていられないのに。
落ち着くように、一度深く深呼吸する。
「出来ない、やれない、じゃない。やるのよ」
気合を入れて練習を始めて、そして何本も木剣を駄目にした。
結局今日はもう終わろうということになり、ようやくハイドラの腕の中から解放される。
やっと終わったと、げっそりしてしまう。
ちらりとハイドラを見やると、眦がうっすら赤い。
顔が綺麗だとは認識していたけれど、ちゃんと男だったのだと急速に理解した。
守ってあげなきゃと思っていたのに、いつのまにかそんな感じではなくなっている。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫。慣れないことして、疲れただけだから」
「それで、どうします?」
言いにくそうなハイドラに何がだろうと首を傾げて見せる。
「この練習を続けますか?」
そういえば今日は失敗しかしていない。
(魔物を安全に狩るための練習なんだから、変なことは考えない)
さきほどのことが脳裏をよぎったけれど、レイスリーネは勢いよく頷いた。
「もちろんひょ!」
思い切り噛んだ。




