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わんぱく令嬢は不遇の令息をさらって婚約する  作者: やらぎはら響


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窓際の席に案内され、注文した飲み物が運ばれてくる。

 ハイドラが紅茶で、レイスリーネは果実水だ。

 ふと、ハイドラの目が窓の向こうへ向けられた。


「武装している人が多いですね」


 ひょいと目線を追ったら、革や金属の鎧を身につけたり剣なんかを腰にさしている人間が歩いている。


「あれが狩人。魔物をまびいてるから実力者ばっかりだよ。私も森に入るときは武装

するし」

「待ってください!レイスリーネが森に入って魔物を相手にしているんですか!?」

「え?うん」


 レイスリーネの言葉にハイドラが驚愕に声を上げる。

 それに軽く肯定の返事をすると、絶句してレイスリーネを見つめた。

 そこまで驚くことだろうか。


「辺境伯は書類や指示出しなどだと言っていたから、後方支援なのではないのですか?」

「有事の際は前線で指示出すから、実力はある程度ないと。鍛錬も早朝にやってるよ」


 朝の日課だ。

 王都の令嬢のように刺繍やお茶会などとは無縁、とまではいかないけれど日常ではない。

 淑女としては外れた日常を送っている自覚はレイスリーネにもあった。

 ハイドラがズーンと暗い空気のままに右手で顔を覆い、下を向いている。

 そうとうなカルチャーショックだったらしい。

 王都の令嬢しか知らないのだから、まあそうだろう。


「王都にも女性の騎士はいますが、それとは危険が段違いでしょう」

「そうだけど。まあ、それなりの実力はあるから大丈夫だよ」


 顔を上げたハイドラがレイスリーネの言葉に嘘だろと言わんばかりの表情を浮かべている。


「そのせいで婚約者候補には逃げられてるけどさ。せめて凛々しい外見だったらよかったんだけど、私は庇護欲が沸く感じの外見だからね。みんな騙されたと思うみたいで」


 騙しているつもりはないので大変失礼だけれど、あちらの言い分もわかるので毎回何ともいえない気分を味わう。

 そんなことをぼんやり思っていると、ハイドラが苦笑を浮かべた。


「騙すもなにも、それらすべてがレイスリーネではないですか」


 何の気負いもなく、そんなことを口にする。

 思わずレイスリーネはぽかんと小さく桜色の口を開けた。


「……そう言ってくれる人、はじめて」

「? 事実ですよ」


 不思議そうに言われてしまう。

 その表情を見れば、本当に嘘ではなく思ったことを口にしているだけだとわかった。


「……そっか」


 家族以外でそんなことを言われたのははじめてだけれど、正直家族にも苦言を呈されることの方が多い。

 外見と性格がすり合わなくて残念だとばかり言われるのだ。

 こんなにしっかりと肯定されるなんて、なんだかそわそわしてしまう。

 レイスリーネの内心などつゆ知らず、ハイドラはレイスリーネへ月様色の瞳を向けた。

 そこには心配げな色が浮かんでいる。


「それより大きな怪我なんかはしていないのですか?」

「今のところ大丈夫だよ。顔は絶対に死守しろって言われてるし」

「顔だろうと体だろうと、怪我はしないようにしてください」

「まあ、ご令嬢だもんね」

「違います。あなたを心配しているんです」


 思いがけない言葉に、「へ?」とレイスリーネの口からまぬけな声が出た。

 何を言っているんだと言わんばかりの表情だ。


「自分の安全を最優先で考えてください。わかりましたか?」

「……はい」


 はじめて聞く真剣な声音に、レイスリーネは気圧されるようにカクカクと頷いた。

 その反応にハイドラは疑わしそうに見ていたけれど、一応納得したらしい。

 ハイドラが窓の外をもう一度眺める。


「どおりで皆、魔力がそれなりにあるんですね」

「わかるの?」

「魔力を目に集中させれば、多少は」

「そんなの出来ないけど」


 出来るという人間も聞いたことがない。

 これはかなりのレアケースではないかと、思わずハイドラの目を見てしまう。


「それなりの魔力量と細かい魔力操作が必要なので、そこそこは大変ではないかと思います」

「魔力たくさんあるんだっけ」


 ベアトリーチェの婚約者に抜擢された理由のひとつが、それだったはずだ。


「魔力操作が得意だったのと、魔力量も多かったので私は問題ありませんでした」

「ベアトリーチェ様も魔力多いの?」


 ふと気になった。

 希少な魔法の使い手だと有名だ。


「それなりに。光魔法の使い手なので、とても大事にされていました。私が選ばれたのも、ベアトリーチェ様に何かあったとき守れるようにという理由もあったそうです」

「うっわ、それであんなに我儘に……」

「レイスリーネ」


 思わずこぼれ落ちた言葉に、ハイドラが「シィ」とひとさし指を唇に当てた。

 自分のうっかり発言に、慌ててレイスリーネも自分の唇にひとさし指を当てる。

 思わずその同じ仕草に二人でおかしげに小さく笑いあった。


「レイスリーネも結構、魔力が多いですね。森に入っているのなら、学園前ですが使い方はそれなりに慣れているんでしょう。コツを掴めば同じことが出来るようになると思いますよ」

「あー……うん」


 話題を戻したハイドラに、レイスリーネは気まずそうにもごもごと返事をしながら、明後日の方へ目線を向けた。

 どう見ても挙動不審だ。


「どうしました?」


 言いにくいなあと思いながらも、レイスリーネはおずおずと口を開いた。


「私魔力を使うのが苦手で……魔法ほとんど使えない」

「待ってください!あなた魔物狩りしているんですよね!?」


 レイスリーネの告白に、ハイドラは彼らしからぬ声音で目を剥いた。


「え? うん」

「まさか魔法無しでやっているんですか!?」


 もの凄い剣幕だ。

 正直な言い分を伝えにくい。


「そ、そうだね。その……一応勉強はしたんだよ?したんだけど」


 もじょもじょと口のなかで隠すように言い訳をすると、ハイドラがテーブルに手をついて身をのりだした。


「そうだねじゃない! まさかとは思いますけど一人で行ったりしていないでしょうね」


 なんか一部敬語がとれてしまっている。

 実はハイドラの訊いたとおりだけれど、このまま頷いたら怒られそうだ。

 レイスリーネはそろりと目をそらした。


「……一人なんですね」

「……うん」


 肯定したら、ハイドラが軽く息を吸い込んだ。


「何を考えているんですか! 魔法もろくに使えないのに一人で森に入って魔物狩りなんて」

「いやでも」

「何故誰もついていないんです」

「次期辺境伯なんだから、それなりに鍛えないとって振り切ってたら諦められたというか……それに浅域だけって約束だし」


 しどろもどろに説明するけれど、柳眉を上げたハイドラの表情はちっとも落ちついてくれない。

 正直、こんな剣幕で怒られるとは思わなかった。


「だからって一人なんて無謀にもほどがあるでしょう」

「少しでも怪我したら帰るって約束もあるし」

「そういうことじゃない。あなたになにかあったら、どうするんです」


ジトリと半眼を向けられた。


「とにかく魔物狩りに一人で行くのは危険です。魔法が使えないのなら剣だけですよね?」

「それはそうだけど。そんなに心配しなくても私強いから大丈夫だよ」

「強いからって怪我をしないとは言い切れないでしょう」


 じっと見つめられて、レイスリーネは居心地悪そうに体を一瞬そわりと揺らした。

 以前からそうだったけれど、最近あのお月様色の瞳を向けられると、どこか落ち着かない。

 それを誤魔化すように、レイスリーネは桜色の唇を尖らせた。


「そりゃあ、こんな野蛮人の婚約者にして申し訳ないとは思うけど、そこまで私の心配しなくていいんだよ?」


 気をつかわせるのは本意ではない。

 すると、まっすぐに満月のような瞳に射抜かれた。


「野蛮人なんかじゃありません。婚約者になったから気にしているわけでもありません。他ならない”あなた”だから心配しています」


 ハッキリとハイドラは言い切った。

 思わず小さく息を呑む。

 小さい頃から大人に混じって森の入り口まで行っていた。

 小さな魔物なら今より小さい頃に倒したことだってある。

 家族も魔物狩りを心配はするけれど、顔は守れと傷跡は作るなという厳命だけだ。

 それは信頼されている証だとレイスリーネは思っている。

 だから、こんなに必死に心配する人ははじめてと言っていい。

 しかも同年代の男の子だ。

 今まで関わった少年はみんな化物でも見るような眼差しを向けてきた。

 そしてレイスリーネが綺麗なドレスを着て可愛いものを持っていると、外見とのちぐはぐさに失笑された。

 何度もその繰り返しだ。

 ハイドラは療養と安全のために結んだ婚約者なのに、レイスリーネを否定しない。

(変なの)

 今までの少年との違いに戸惑うけれど、それは何だかくすぐったかった。


「決めました」


 レイスリーネが一瞬物思いにふけっていると、ハイドラが真剣な顔で見据えてくる。


「ええと、なにを?」

「近々、森へ行く予定はありますか?」

「王都から戻ってきてから行ってないし、そろそろ行こうかと思ってるけど」

「私も同行します」

「え!」


 突然の発言に、レイスリーネは赤いガーネットのような瞳をかっびらいた。

 そしてポカンと口を開けたあとに、慌てて首をぶんぶんと振る。

 パールピンクの髪が場違いなくらい優雅にふわふわと揺れた。


「いやいや待って。それは駄目だよ」

「何故ですか?」

「何故って、あたり前でしょ」

「私はベアトリーチェ様を守るために、血反吐を吐くほど鍛錬しました」

「そんなことさせられてたの!? 虐待だよ、それ」


 いきなりセンシティブな過去をぶっ込まれた。

 ただでさえ低いベアトリーチェへの評価がさらにぐんぐんと下がっていく。

 止められないし止まらない。

 けれどハイドラはけろりとしていた。


「体力もこちらの騎士団で鍛えてもらったおかげでほぼほぼ戻りました。むしろ以前よりあるくらいです」

「それは、聞いてるけど……いやでも公爵家の嫡男でしょ」

「あなたは辺境伯家の跡取りです」


 言えば言い返される。

 反論が出来なくてあうあうと口を開閉していれば、ハイドラが眉間に力を入れた。

 神々しい美貌は不機嫌そうでも美しい。


「不本意ですが、あなたが前衛で私が後衛です。一人のときより戦力は跳ねあがります」

「そうだけど、そうだけどぉ」

「戻ったらお父上に報告しておきます」


 断言されてしまった。

 許可とるとかじゃなくて報告なんだ。

 遠い目をしながら、とりあえず落ち着くためにレイスリーネは果実水を飲んでいた。



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