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わんぱく令嬢は不遇の令息をさらって婚約する  作者: やらぎはら響


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「そういえばハイドラは図書館にいたけど、勉強のためだけ?」

「そうですね。読書は好きだったんですけど時間がなくて、婚約してからはまったく。ベアトリーチェ様から無駄な事をするなと言われまして」


 クズじゃん。

 思わず出してはいけない暴言を吐きそうになって、レイスリーネはそれを素知らぬ顔で何とか呑み込んだ。

 危ない。


「本当になんでも我慢させられてたんだ」


 しみじみとした言い方に、ハイドラは困ったように眉を下げた。

 肯定したいけれどするわけにもいかず、かといって否定するにはレイスリーネが事情をしっかり知ってしまっているからだろう。

 ずっとこんな顔ばかりだ。

 そういう顔は好きじゃないなあと内心への字口になりながら、だったらと先程の思いつきを実行することにした。


「じゃあ、いいところに案内してあげる」

「いいところ?」


 小首を傾げたハイドラに何も言わず笑みだけ浮かべて、ちょいちょいと手招きしながら目的地へと歩き出した。

 到着したのは重厚な色合いの扉の前だ。

 両開きの扉の前に立つと、レイスリーネの後ろからハイドラが興味深そうにしている。

 それにためらいもなく扉を開けてなかへと足を踏み入れた。


「これは……」


 ハイドラの口から感嘆の声がもれた。

 黒いこげ茶色のオーク材でつくられた本棚が何個も並んでいる。

 その本棚にはもちろん本が収められており、色とりどりの背表紙が見えていた。

 窓際にはローテーブルとソファーが置いてある。

 それ以外の窓は、すべて深緑色のカーテンがしっかりと閉められていた。

 ぽかんとした顔のハイドラに、レイスリーネが満面の笑みで振り返る。


「歴代の当主や伴侶が集めたんだって。そんなに娯楽がある場所じゃないし、街の方にも昔の領主が造った図書館があるよ」

「それは珍しい」


 地方に行けば行くほど、図書館なんかはなくなる。

 それを考えれば、辺境の領地に図書館があるのは珍しいのだ。

 領主が力を入れていなければ、そんなものは造られない。


「にしても、この本の量は・・・・・・」


 くるりと見回したハイドラの目が、会って以来はじめて輝いた。

 生気が少し強くなっている。


(キラキラした)


 勉強のためとはいえ図書館にいたのなら、もしかしたら本が好きかもしれないと思ったけれど当たりだったらしい。

 好奇心の浮かんだハイドラの瞳は、やっぱり満月のようだった。

 前髪を切っておいてよかったというものだ。


(もっともっと綺麗になればいいのに)


 レイスリーネの今一番の関心事だ。

 とりあえず、初対面よりは目が死んでいないので図書室への案内は成功と言えた。


「レイスリーネもここを利用しているんですか?」

「そうだよ。大体この部屋のせいで読書好きになる人は結構いる。親戚とかね。本に興味ない人は騎士団に興味持つかな。あと狩人になるための鍛錬とか」

「騎士団はわかりますが、狩人というのは?」


 ハイドラの問いかけに、そういえば辺境でなければ馴染みがないかと気づく。

 特にチュクシオン辺境伯領でなければ。


「不可侵の森で魔物を間引いて素材集めるのを生業にしてる人達。素材は武器とか防具に使えるからね」


 基本的に魔物素材は領内で消費しているので、王都やそこに近い場所に住む人間には知名度もないだろう。


「騎士団は基本的には有事の際、防衛や領民の避難誘導と討伐にわかれるから戦力増強のために狩人と共同戦線なの。だから素材は騎士団やうちが買い取って、それを鍛冶屋とかに回してる」

「それは……思った以上に魔物と密接な生活ですね」

「まあでも森から出さないのが大前提だから、騎士団と狩人も間引く仕事が基本かな」


 つるりと説明しきると、ハイドラが真剣な顔でレイスリーネを見つめた。

 満月色の瞳が見たことのない表情を見せたことに、一瞬ドキリとする。

 吃驚した、と思っているとハイドラが重々しく口を開いた。


「ここが王国の盾と言われていることを、改めて理解しました。ここがなければ、すぐにでもこの国は酷いことになる」


 まあ間違ってはいない。

 ただ、そんなに真剣にここの価値がわかっている人間は多くは無いとレイスリーネは思っている。

 王都に出てみて思ったけれど、平和で華やかで魔物なんかとは無縁の暮らしだ。

 つねに脅威が身近にある辺境とはまるで違うなとレイスリーネは思ったのだ。

 ハイドラがふと何かに思い当たったように、目をわずかに瞠ってレイスリーネを見た。

 なんだどうした。


「……辺境伯も前線に立つのですか?」

「書類仕事や指示出しが多いんじゃないかな」

「そうですか」


 父親を思い浮かべて、とりあえずそんなところだろうと思ったのを言っておく。

 ハイドラが何故か小さく吐息をこぼした。


「とりあえず、ここは好きに見てまわって大丈夫。今日だけじゃなく、来たいときに来ていいよ」

「いいんですか?」


 レイスリーネに向けられたハイドラの瞳には喜色が浮かんでいる。

 喜んでいるようでよかったと思いながら「もちろん」と大きく頷くと、ハイドラはためらいがちに本棚の方へと向かって行った。

 レイスリーネの姿がない方が好きにできるだろうと思い、図書室を出る。

二時間ほどたつとブランケットを持って図書室へ戻り、そろりそろりとソファーのある方へ行くと、案の定レイスリーネが予想した通りにハイドラが座ったまま眠っていた。

 膝には読みかけの本が開かれている。

 気配を消して足音を立てずに近づくと、そっと本を取りテーブルにあったしおりを挟む。

 本をテーブルに置くと、ハイドラの顔を見下ろした。


「やっぱり寝ちゃったか」


 予想通りだ。

 こんな疲れ切った体で日向ぼっこしながら読書なんてしていたら、眠くなると思ったのだ。

 ブランケットをそっとかけて、レイスリーネもそろそろと隣に座る。

 ハイドラの穏やかな寝息だけが静かな図書室に落ちる。

 そっと顔を覗き込むと、隈は初対面よりマシになっていた。

 睫毛も銀色なんだな、なんて思いながらも寝にくそうだと寝顔を眺める。


「肩貸そうかな……膝枕はさすがにまずいよね」


 どう考えても会って二日程度の男女がすることではない。

 うーんと考えたのは一瞬だった。


「まあいいか」


 ハイドラの体をそっと引き寄せて、ゆっくりレイスリーネは自分の肩に銀髪の頭を載せた。

 膝枕よりはいいだろうと、婚約者(仮)なのでよしとすることにした。

 さらりとハイドラの長い髪が流れるのを、指先ですくう。

 まだまだ艶もないし滑りも悪い。

 むうと唇が尖ってしまう。

 そのまま頭を撫でるように髪を梳いた。


「……手入れしてあげたいな」


 メイドに手配させようと思いながら、うーんと唸る。

 別にハイドラのことをペットみたいに思っているわけではないけれど、なんだか気になって仕方ないのだ。

 自分でも不思議なことに、ハイドラを元気にしようとは息まいていたけれど、ここまでやる気になるとは思わなかった。


「私って世話焼きタイプだったのかな」


 当初とのあまりの予定の剥離にレイスリーネは首を傾げながらも、ハイドラの寝顔を見ながらまあいいかと納得した。


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