extra.風来の便り
「ねえ、見て」
妻が、なにかを抱えて、嬉しそうに、駆けて来る。
「どうしたの」
何人も子を産み育てながら、少女のような無邪気さをなくさない妻に、問い掛ける。
燃えるような、恋ではない。
それでも、政略結婚で得たこの妻を、愛らしい、愛しいと、確かに思っている。
「これ、あなたの髪色にそっくりなの!」
妻が、ぱっと広げたのは、雪を紡いだかのような白銀の糸で編まれた、大判のレースだった。
「ね、綺麗でしょう?それに、この、レースの模様、あなたが大事にしてるタペストリーに、良く似ているのよ」
驚き過ぎて、目がこぼれ落ちるかと思った。
「これ、どこで?」
「出入りの商人が持って来たの。わたくし、見せられてすぐ、買いますって言ってしまったわ」
「そう……」
レースから目が離せない。私はこれを、知っている。この美しい編み目を。
それは、一生に一度の、恋の記憶。ほんの短い時間の、けれど胸に焼き付いて離れない想い。
「綺麗だね」
「そうよね!だからわたくし、どこで仕入れたものか、聞いたのよ」
ひゅ、と息を飲みそうになる気持ちを、こらえる。
「どこで仕入れたって?」
「それがね、道すがら会った、旅人から売って貰った品なのですって。だから、商人も、また手に入れられるかはわからないそうなの。残念よね」
「旅人が、レースを?その旅人も、行商人かなにかなのかな?」
うっかり安堵を見せないように、意識して、表情を作る。
「行商人と言うわけではないけれど、夫婦で旅をしていて、奥さんがレースを編んでいるんですって。それもね、オオカミを二頭も連れて旅をしていて、商人が出会したときは、ふたりで仲良く歌いながら、馬車を走らせていたそうよ」
「オオカミを連れた旅人なんて、珍しいね」
「そうよね。それも、ユキオオカミと、イワオオカミなんですって。それに、奥さんがとても美人で、ちょうど、このレースのような白銀の髪をしているって」
思わず、目を見開く。
しまった、と思うも、妻は別の驚きと、受け取ってくれたようだ。
「びっくりよね、白銀の髪なんて、珍しいもの」
「そうだね」
「商人も驚いて、訊いたみたいなの。ちょうど、歌っていたのが、オルティナ語の歌だったから、もしかして、ユール女王国の出身ですかって」
それは、訊いた商人もずいぶんな度胸だ。
「それで?」
「旦那さんはユールの近くの生まれだけれど、奥さんは違うそうよ。元々、旦那さんが旅人で、奥さんは村娘だったのに、旦那さんが一目惚れして、村から連れ出したんですって。それで、いまは、一緒に歌いながら旅をするくらい仲良しなのだもの、素敵ね」
ああ、と、路銀を授けてやるしか出来なかった、遠縁の少年を思い出す。
彼は約束を、守ってくれたのか。
そして出会ったふたりが、恋に落ちたのか。
「素敵だね」
感謝と共に、少し、嫉妬も湧く。
彼は、恋したひとと、共に人生を歩むことが出来るのだ。
そんな気持ちを押し殺すために、レースを手に取り妻の肩に掛ける。
「うん。よく似合う」
「ほんとう?」
「本当だよ。さすが、きみは良い買い物をするね」
「ありがとう」
「出入りの商人からは、ほかになにを買ったんだい?教えて」
そうしてさりげなく、話題を逸らす。
この生き方を選んだのは自分だ。ならばせめて徹すべき。
レースで飾られた妻の肩を抱く。
少しの狂いもない繊細で正確な編み目。こんなに綺麗なレースが編めるほど、大人になっているのか。
きっと会うことはない、それでも大切なひとを思う。
自分のわがままで、振り回した子。それでも、せめて。
どうか、幸せにと。
ё ё ё ё ё ё
「あなた、あなた」
妻が年甲斐もなく、はしゃいだ声を上げる。
「イウジェナから、お手紙が届きましたよ。はやく開けて下さい」
「そんなに焦らなくても手紙は逃げませんから、落ち着いて下さい。ほら、転ばないように」
妻を嗜めながら、私の心もはずんでいた。
真面目で律儀な養い子は、私の願いを無下にせず、旅先から手紙をくれる。頻繁に、とは行かないが、時折届くその便りは、夫婦の楽しみのひとつだ。
元気に旅を続けていること、私たちの息災を願っていること、いまはどんなところにいるか。近況を報告する手紙と共に、封筒には、イウジェナがいる場所のものが入れられている。旅の気分を共有出来るようにと言う、心遣いなのだろう。
そんな風に、気を遣わなくとも、ただ、今も元気だと言う一文だけあれば、私たちには十分なのだけれど、遠いリンの村に手紙が届く頃には、もう別の場所へと移動してしまっているであろうイウジェナに、そのことを伝えるすべはない。無理をしていないと、良いのだが。
とは言え、大事な義娘のささやかな贈りものが、嬉しくないと言ったら嘘になる。
今回はどこにいて、なにを封筒に詰めてくれただろうか。
妻を笑えないくらい、私も心をはやらせて、封筒を開ける。
ふわりと、知らぬ香りを感じたような気がした。
封筒と、共に入っていたのは。
「まあ綺麗な。これは、石かしら?」
「いえ、これは」
山に暮らす、私たちには、馴染みのないもの。
「貝殻ですね」
「貝殻!まあ、こんなに、綺麗なものなんですね」
親指の爪ほどの大きさの貝殻は、愛らしい薄紅色をしていた。
「イウジェナは、海沿いを旅しているようです。貝殻は、海岸で拾ったようで。ふふ」
「なにか、面白いことが書いてありますか?」
「ラディが海に入って、波に弄ばれて、塩と砂まみれになったそうです。毛の奥まで入り込んだ塩や砂を、洗い流すのが大変だったと。それから、シウィは、潮風で毛皮が傷むから、海辺は嫌いなようだと」
「まあ、まあ」
楽しそうに、嬉しそうに、妻は喜色で顔を染める。
「楽しそうで、良いことですね。でもラディさんは海に入ったりして、風邪をひかなかったかしら?」
「かなり気温の高い土地のようですよ。ラディは暑がって、海に入ったと」
「それは、シウィさんやラディさんには辛そうな土地ですね」
「ええ。暑さに負けて、馬車や建物から外に出たがらないと書いてあります」
手紙の内容を妻に説明しながら、旅の様子を思って語り合う。このときばかりはロトカも、定位置から離れて話を聞きに来る。
「手紙のイウジェナは」
そんな楽しい会話の終わりに、ふと、妻が言う。
「村にいたときより、幸せそうですね」
「きっと、イウジェナには」
閉塞した、村の暮らしよりも。
「旅が、性に合っていたのでしょうね。シェフィさんが、イウジェナを連れ出してくれて、良かった」
さあ、と手紙を畳んで言う。
「次の手紙が来るまで、元気に生きないといけませんね。次はどんな土地から、手紙を送ってくれるでしょうか」
妻は、気を取り直したように微笑んで、頷く。
「いつか、また会える日に、笑顔で迎えてあげないとですものね」
妻の言う、いつか、が来るかは、わからない。けれど私も妻もずっと、いつかを待って、暮らすのだろう。
イウジェナからの手紙をしまった文箱に、新しい一通を入れながら、願う。
いつか、戻って来てくれるとしても、そうでないとしても。
どうかあのこが、幸せに過ごせるようにと。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
よろしければ次話もお付き合い頂けると嬉しいです




