旅人は歌う
休憩後、ラディが、犬ぞりを牽いてみたい、と言うので、ラディに、犬ぞりを繋いで、シェフィとふたり、そりに乗る。
「……犬ぞりに、乗るのは、初めてだ」
「そう、なの?」
座ったわたしの、後ろに、立ち乗りした、シェフィを、振り向いて、問う。
ユキオオカミの、いる土地なら、雪深いのだと、思っていた、けれど。
「幼なかったから、危ないと、乗せて貰えなかった」
「普通の、そりは?」
わたしは、幼い頃、父や、シウィや、ユキオオカミたちに、そりを引いて、貰っていた。
長い冬のあいだ、雪に閉ざされる、リンの村では、そりは、重要な、移動手段だ。
「ああ、そうだ、トナカイの牽く、そりには、よく、乗せて貰った」
「トナカイ」
「リンの村の、周りには、いないか?」
「見たこと、ない」
どんな生き物、だろうか、と、首を、傾げる。
「シカに、似ているが、もっと大柄で、力も強い。寒さに強くて、オスもメスも、立派なツノがある。そのツノで、雪を掘る。賢く、優しい、獣だ」
記憶を、掘り下げる、ように、語る、シェフィの、言葉は、柔らかい。
「父が、操る、そりに、よく、乗せて、貰って。落ちないように、父の、膝に、乗せられて、いた。それで、歌を」
「歌?」
「トナカイは、大きいから、ぶつかると、危ない。雪道は、視界が、悪いことが、あるから、歌や、鈴で、居場所を、知らせるんだ」
言った、シェフィが、息を吸い込み、歌い出す。
冬の、凍った、空気のなか、朗々とした、歌声が、響く。力強く、遠くまで。
ああ。
戻れなくても。もう、会えなくても。
シェフィの、なかで、故郷は。
「……覚えて、いる、ものだな」
高らかに、歌い終えた、あとで、驚いたように、シェフィは、ぽつり、と、呟いた。
「付けられた、名は、覚えて、いても。それ以外は、もう、なにもかも、すっかり、忘れたと、思っていたのに」
シェフィが、背後から、わたしを、抱き締めた。
「ありがとう、イウジェナ。ひとつ、思い出せた」
「わたしは、なにも」
「いや。ひとり旅、なら、そりなんて、きっと、乗らなかった。イウジェナの、お陰だ」
どこか、すがるように、わたしを、抱き締める、シェフィの、腕に、片手を、添える。
「良い、歌ね」
それを、わたしの、お陰と、言うなら。
「わたしにも、教えて、くれる?もういちど、歌って」
「きみが、望むなら、何度でも、何曲でも」
「ほかにも、あるの?」
「ああ」
ぽつり、と、わたしの、頬に、雫が、落ちた。
「思い、出した。父も、母も、姉も、歌が好きで、おれは、その歌を、聞くのが、好きだった。覚えて、いる、繰り返し、歌って、くれた、曲を」
手を、伸ばし、濡れた、頬を、なでる。
「わたしも、覚えるわ。だから、歌って。何度でも、何曲でも!」
「ああ。ありがとう、イウジェナ」
そして、シェフィは、旅人は歌う。もう、帰れない、故郷の歌。失われた、家族の歌。彼が、彼らが、確かに、そこで、生きていた、証を。
すぐには、無理、かも、しれない。けれど、覚えよう。何度も、聞いて、共に、口ずさんで。
歌い続けよう。共に、いつまでも。そうすれば、誰かが、また、覚えて、口ずさむかもしれない。
彼が、彼らが、そして、わたしが、生きた証を、確かに、ここに、いたことを。
「素敵な、歌ね」
まだ、すがるように、わたしを、抱いている、シェフィの、手を、なでて、言う。
「わたしも、好きよ。聞かせて、くれて」
諦めず、生きて、いて、くれて。
「ありがとう、愛してるわ、シェフィ」
本編はこちらで完結です
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
このあと本編外のお話を二話投稿予定ですので
よろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです




