じゃあね
それからは、とくに、問題が、起こることも、なく、毛皮の、鞣しが、終わった。
迷った挙げ句、毛皮は、そのまま、持ち出すことに、した。この、毛皮で、なにを作るべきか、わたしには、まだ、わからなくて。
村を出ることを、やめるつもりは、ない。
けれど、旅人と、共に行くことを、決めたことだけは、本当に、これで、良かったのかと、繰り返し、思った。
旅人は、そうか、嬉しい、と、喜んだ顔を、してくれた。
毛皮もあって、荷物を、小さくまとめられず、犬ぞりを、用意することに、した。
「イウジェナ、犬ぞりも、作れるんだな……」
ラディに、感心した、顔をされて、首を振る。
「組み立て式、なんだよ。行商で、使うの。頼んで、古いやつを、譲って、貰った」
お金を、払うと、言ったけれど、行商の長は、餞別だと、代金を、受け取らなかった。
呪い師も、いくつか、薬や道具を、譲って、くれて。
確かに、大事に、されて、いたのだと、また、心苦しく、思った。
「組み立て式なのか!なら、馬車買っても解体して載せられるな!」
どうやら、ラディのなかで、馬車を買うことは、確定、らしい。
「犬ぞりって、牽いたことないな。これ、オレでも牽ける?」
「シウィに、牽けるから、ラディも、大丈夫だと、思うけど」
「へー!じゃあ、今度牽かせてくれよ!シウィが疲れてる時とかさ!」
わたしは、構わない、けれど。
「それ、牽いてるあいだ、旅人さんは、どうするの?」
「走らせる!」
「それは、駄目じゃないかな……」
オオカミとヒトでは、走る速度が違う。かと言って、そりを牽きつつ、ヒトを乗せるのは、大変だろうし、シウィは、わたし以外、乗せない。
旅人は、そりに乗れる、だろうか。
「えー?」
「そりなら、ラディ、ふたり引っ張れるんじゃない、かな?」
譲って貰った、犬ぞりは、荷物と一緒に、ふたりなら、ギリギリ乗れる、大きさだ。
「んー、まー、オレ、力持ちだからな!」
「助かるよ」
どうやら、旅人を、置いてけぼりには、しなくて、済みそうだ。
持って行かない、荷物は、処分しようと、考えていた。けれど、村長夫婦の、強い希望で、わたしの、部屋に、残して行く、ことにする。
「きちんとお布団も干して、お掃除もしておきますからね。いつでも、帰って来なさいね」
村長に、なにか言われたのか、村長の妻が、わたしを、引き留めようとする、ことはなく。けれど、いつでも帰って来るように、と、何度も、繰り返し、言われた。身体に気を付けて、病気にならないように、怪我をしないように、と、心配も、散々、される。
それは、いざ、村を出る、そのときさえ。
「ありが、とう、ございます」
そんな、言葉しか、返せない、自分が、情けない。
いつか。
いつか、わたしは。
「イウジェナ」
そんな、わたしに、村長が、呼び掛ける。
「はい」
振り向いた、わたしの、手を、村長が取り、なにかを、握らせる。温かい、それは、
「金貨……」
一枚の金貨と、数枚の、銀貨。
「手紙を」
目を細めて、村長が、言う。
「送って下さい。年に一度でも構いませんから」
「手紙」
「あなたが無事でいることが、なによりのおくりものです」
手に乗った、硬貨を、返そうと、する。けれど、村長は、わたしの、手を、握らせ、受け取っては、くれなくて。
「こんな、お金、貰わなくても、」
手紙くらい、書く、だろうか。
否。
わたしは、きっと、言われなければ、手紙など、書かなかった。
「書けなければ、書かなくても構いません。このお金は、別のことに使っても良いです。ただ、どうか、無事に、生きて下さい」
「っ……」
ぎゅ、と、握り締めた、手のひらに、硬貨が、痛みを、伝える。
「はい。村長も、どうか、元気で」
「ええ。もし、あなたがどこかで定住するなら、返事を書きますから、教えて下さいね」
「わかり、ました」
村長が、微笑んで、わたしの、手をなでる。
「気を付けて、いってらっしゃい」
わたしは。
「いって、来ます」
戻って来る、気もない、のに。
ああ、人間は、嘘吐きだ。
「行こう、シウィ」
俯いて、犬ぞりに、手を伸ばす。
「イウジェナ!」
大きな声に、肩が、跳ねた。
「リー、フィン」
リーフィンと、会うのは、あの、作業場の、会話、以来だった。
「俺、待ってるから!」
「え」
「お前が、帰って、来るの、ずっと、待ってるから!」
そんな、こと、言われたって。
「勝手に、待つ、だけだから、気にしなくて良い。ただそれだけ、伝えたかった」
「そんな、待ったって、わたしは、」
「わかってる。忘れていい。ただ俺が、待ちたいだけだ」
手が、冷えて。握ったままの、硬貨の、温かさに、救われる。
「ごめん。んなこと言われたって、困るよな」
リーフィンが、痛そうに、笑う。
「リーフィンは、もっと、ちゃんと、良い相手が、いるよ」
「うん。だから、イウジェナは、忘れて良い。俺は、忘れないけど」
「忘れてよ」
「それは嫌だ。ごめん」
なんでだ。なんで、そんな。
そんな、想われるような、ことは、わたしは。
「いってらっしゃい。気を付けて」
ひとの、こころを、散々に、乱して、おきながら、リーフィンは、すっきりした顔で。
「っ、じゃあね!」
なんだか、腹が立って、八つ当たりのように、行って来るでも、またねでも、ない返事を、返す。
「ああ、またな」
「っ」
ふん、と、振り切って、犬ぞりへ乗り込む。
「シウィ、出て良いよ」
シウィが、どこか、呆れたような、目を、わたしと、リーフィンに、向けてから、走り出す。
村を、出ると、言っても、旅人と、行くと、言っても、シウィは、反対するような、素振りは、見せなかった。ほんとうは、どう、思っているのかは、わからない。
雪道でも、シウィに、牽かれたそりは、よどみなく、走る。ラディも、シウィに負けない、速度で、並走して。
リンの村は、たちまちに、離れて、見えなくなった。
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