いつかのあなたの往復切符
夜。シウィと、連れ立って、作業場に、姿を見せた、旅人に、目を見開く。
「え……どうして?」
「もう、ないとは、思いたいが」
旅人が、目を伏せ、言う。
「万一また、誰か盗みに入ったときに、シウィだけより、抑止力になると思って」
「そ、れは、でも、そんな、迷惑を、」
「構わない。きみの、ためになる、なら」
「いんじゃねーの」
戸惑う、わたしとは、対照的に、ラディは、あっけらかんと、言う。
「どーせ暇してるんだし、見張りくらいやらせよーぜ。それとも、こいつが毛皮を盗まないか心配か?」
「そ、んな、心配は、してない、けど」
「なら、いーじゃん?やるっつってんだし、シウィだって暇だろうし、こんなやつでも、いりゃ多少暇つぶしにはなるだろ」
けれど夜番は、体力を、削る。何日も、続けて、やるような、ものじゃ、
「大丈夫だ」
ぽん、と、大きな手が、頭に乗る。
「野宿で、慣れている。屋根と、壁に、火鉢まであって、野宿より、とても、上等な居場所だ。終わったら、布団で眠れもする」
夜番なんて、申し出なければ、ちゃんと夜に、布団で眠れる、のに?
「ごめん、なさい。助かります。ありがとうございます」
このひとは。どうしてこんなに。
これが、愛だとでも、言うのだろうか。わたしは、このひとの、親兄弟を殺した女の、兄の娘、だと言うのに。いくら愛されても、人間になれない、わたしでは、愛を返せは、しないのに。
「気にせず、イウジェナは、ゆっくり、休んでくれ。ラディも。おやすみ」
「おう、あと頼むぜ!」
「おやすみ、なさい」
ああ、けれど。
ラディと、歩き出しながら、思う。
いつか。
彼が、生まれ故郷に、帰りたいと、思ったときに。
わたしだけは、彼に命懸けでなく、故郷の地を、踏ませられるかも、しれないのだ。
もちろん、わたしですら、反逆者として、殺される、かも、しれない。
けれど、旅人が、ひとりで、故郷に帰るより、たぶん、生き残れる、可能性は、ずっと高い。
わたしは、いつかの彼の、往復切符に、なれる。
愛は返せない、けれど、それだけは、返して、あげられる。それで、わたしは、彼の故郷に、囚われることに、なるかもしれない、けど。
でも、どうせ、捨てても良いと、思った命だ。どうせなら、愛でなくても、たったひとりでも、なにか、返せたなら、無為に散らすより、きっと良い。
「ねぇ、ラディ」
「うん?」
「昼間の、道連れに、なってくれるって、本当?」
ラディが、振り向いて、こてん、と、首を傾げる。
「本当だぜ!」
「そっか」
もしかしたら、これは、ラディと、離れたくない、わたしの、考えた、言い訳、かもしれない。
でも、そう。いつか、役目が、来るかも、しれないと、思えば。
この村で、人間を続ける、よりも。ユキオオカミの群れで、守られる、よりも。
わたしは、わたしを、許せる、だろう。
「わたしも、ラディと、一緒に、行って、良い?」
ラディの、目が、わたしを、見つめる。真っ直ぐな目。すべてを、見透かして、しまいそうな。
ひゅ、と、思わず、息を、飲んだ、次の瞬間。
「おう!オオカミに二言はないぜ!」
ラディは、力強く、肯定の言葉を、返した。
「ありがとう」
「へへ。どういたしまして」
笑ったラディが、前に視線を、戻すのを、見て、ほ、と、息を吐く。
「なら、村を出る、準備も、進めないとな!」
「うん。そうだね」
村長に、改めて、村を出ることを、告げて。呪い師と、行商の長にも、挨拶を、しないと。
持って、行けないものは、処分して。必要なものを、集めて、まとめて。
「馬と、馬車を買うのも良いかもな!」
「え?」
「みんなで旅するならさ」
ラディが、楽しそうに、語る。
「馬車があれば、野宿でも屋根になるし、移動しながらイウジェナは、レースを編めるだろ?あった方が便利じゃねーかな」
「でも、馬車だと、通れる道が、限られる、んじゃない?」
「小さい馬車なら、結構どこでも行けるぜ!預り所もあるし、邪魔になったら売れば良いし」
ふさふさと、ご機嫌に、尻尾を揺らして、ラディは歩く。
「馬車旅って、一回やってみたかったんだよな!駄目?」
「駄目では、ないけど」
ここは、寒い土地だから。
「馬、この辺では、売ってない、よ?」
「え」
「生きられないから」
「あー、そっか、だから、ユキオオカミ、なんだったな」
「うん」
馬も牛も、養えるだけの、飼い葉が、育たない。毛織のための、山羊ですら、秋に多くを、間引いて、肉と革に、してしまう。
「イウジェナが、頼んだら、ユキオオカミが、馬車くらい、牽いてくれないかな」
「たぶん、頼めば、やってくれる、だろうけど」
馬車を牽ける、大きさの、ユキオオカミを、連れ歩いていたら。
「あー、検問で止められるな。ちぇっ」
言う前に、ラディが気付いて、地面を蹴る。
「ソリなら、シウィでも、牽けるけど」
「屋根無しかー」
「そんなに、屋根が、欲しいの?」
確かに、屋根があれば、雨も風も、しのげるけれど。
「だってイウジェナ、せっかく綺麗な髪なのにさー」
「え?」
わたし?
「雨風で傷んだら、もったいないじゃんか。ただでさえ、野宿じゃ手入れだって十分に出来ないのに」
「べつに、わたしの、髪なんて、」
言葉の半ばで、じと、とした目を、向けられて、口をつぐむ。
「ええと、頭に、ショールを、被るし、出来るだけ、風雨に、晒されない、ように、まとめる、から。手入れも、ちゃんと、するよ」
なんで、オオカミは、こう、わたしの、髪や肌に、こだわるの、だろうか。
ラディは、それでも、しばし、じと、と、わたしを、見つめた、あとで。
「ま、手に入るとこに着いたら、買えば良いか」
ひとり、結論付けて、うんうん、と、頷いた。
「そんな、でも、買うのも、維持するのも、お金がかかるでしょう、馬車なんて」
「あれで、あいつ、金は持ってるぜ。強いからさ、護衛したり、犯罪者捕まえたり、害獣退治したりで稼いでてさ。イウジェナとシウィくらいなら養えるし、馬車も買って維持出来るよ」
はは、と、笑って、ラディは、続ける。
「もう一生分の不幸を使いきってるのか、運だけは良いんだよな、あいつ。たいてい、良い仕事が向こうから来る。揉め事に遭うこともすくねーし」
笑い事だろうか、それは。
「足滑らせて災難と見せかけて、イウジェナに逢うしな。あいつが転んだとこなんて、オレ初めて見たぜー」
「それ、は」
いよいよもって、女神の手のひらで、転がされている説が、濃厚、なのでは、ないだろうか。
「ほんとは、疎ましく、思って、ない、のかな」
愛している、なんて、嘘で、騙して、復讐、しようとは、思っていない、だろうか。
「あ?んなわけねーだろ。見るからに」
なにを言っているんだ、と、言いたげに、ラディが、否定する。
そうだろうか。
「そっか。ごめん、変なこと、言った」
べつに、それなら、それで、構わない。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
作者ながら
いやなんでイウジェナさんこんなひとりで
ドツボにはまって行き詰まっているのかと
頭を抱えています
でもこう言う主人公を書きがち
続きも読んで頂ければ嬉しいです




