共に歩けば
「イウジェナ」
ラディと並んで、作業場へと、向かう途中、呼び留められて、振り向く。
「なに、リーフィン」
「あ、え、と、話したい、から、一緒に作業場、行って良いか?毛皮には、絶対に、触らないから」
「話」
なんの話だろう、と、首を傾げて、そう言えば、と、思い出す。
「嫌なら追い払おっか?」
こそ、と、ラディが、言ってくれる、のに、首を振る。
「大丈夫」
これは、けじめだ。
「良いよ。話、聴く」
「ありがと」
それだけ答えて、リーフィンは、作業場まで、ひとことも、話さなかった。
「うわ、ほんとに釘抜けてる」
作業場に着き、なかを見た、ラディが、思わず、と言ったように呟く。
「すごいでしょう」
それに、笑って、答えながら、床に落ちた、釘を拾う。
「ああ、すごいな」
うんうん、と、頷き、ラディが、釘を集めるのを、手伝ってくれる。
「なんで」
そんな、ラディと、わたしを、見て、リーフィンが、問う。
「シウィじゃ、ないんだ?」
「シウィには、夜の、見張りを、頼んでるからよ」
徹夜で番をした、シウィは、わたしの、部屋で、休んでいる。
「だからって、なんで、旅人さんのオオカミを、連れ歩いて」
「イウジェナを責めるなよ。オレが見たいって頼んだんだ。皮鞣しに、興味がわいてな!」
言葉通り、ラディは、皮を引っ張って、釘を打ち直す、わたしの手元を、興味深そうに、見ている。
「そう、ですか」
「そうだぜ!皮鞣しの作業場なんて、入ったのも、この村に来て初めてだったからな!イウジェナに頼んで、見せて貰ってんだ」
「それは、良い見学相手を選びましたね」
オオカミと言えど、客人だからか、リーフィンの口調は、丁寧だ。
「イウジェナは、皮を鞣すのが、上手いですから」
「おっ、そうなのか?確かに手際が良かったな、っと、悪い、イウジェナに話があるんだよな。オレは黙っとくから、いないと思って話してくれ。なに聞いても、他言はしないって、約束するからさ」
「あ、ええと、気遣い、ありがとうございます」
ユキオオカミは、嘘を吐かない。リーフィンにも、その認識は、染み付いて、いるのだろう。余所者でも、オオカミだから、ラディの言葉を、あっさり信じて、お礼を言った。
「じゃあ話すけど、イウジェナ、お前、村を出るって、本気か」
「誰から聞いたの?」
「ロトカさん」
思わぬ、情報経路だ。
「ロトカが?」
「気遣いだよ。そんな顔すんなよ」
「気遣い」
「毛皮が鞣し終わったら出て行ってしまうから、悔いを残すなってさ。いつバレたんだかわかんなくって、無茶苦茶恥ずかしかった」
目を逸らして、呟く、リーフィンにとっても、ロトカの行動は、衝撃だった、ようだ。痛み分けと、思おう。
「そう。ロトカが言ったなら、わかるでしょ」
ユキオオカミは、嘘を吐かない。
「村長は、もうちょっと考えろって言ったんだろ。撤回する気は、少しもないのかよ」
「ない」
答えは、迷いなく、口を突いた。
リーフィンが、刃で切り付けられた、ような、顔をする。
「そんな、躊躇いもなく」
「迷いも、躊躇いも、ないから。考えるのは、そこじゃなくて」
「そこじゃなくて?」
考えなければ、いけない、のは。
「村を出たあと、どうするか」
迷うのは、そこであって、村を出ることは、確定事項だ。
「村を、出たあと」
「どこで、どうやって、生きて、行きたいか」
あるいは、どこを、死に場所に、するか。
こころの中で、付け足しながら、釘打ちを終え、鞣し液に浸った、仔狼の毛皮に、手を伸ばす。うん。もう、大丈夫そうだ。持ち上げて、水をきり、板に運ぶ。
「そんな、あてもないまま、村を出るなんて、決めなくても」
言葉の途中で、リーフィンは、首を振った。
「いや、気持ちは、わかるけどな。俺も、あんまりだと、思ったよ。いくら欲しかったからって、やって良いことと悪いことがある。まして、毛皮は、遺品なんだから、持ち主から盗むなんて、あり得ない。そんなことを平気で出来るようなやつが村にいるなんて、思ってもいなかったし、思いたくもなかった」
憤りを、吐き出す、ように、リーフィンが、鋭く、深く、息を、吐く。
ああ、リーフィンは、本当に、怒り、憤って、くれているのか。
「そんなやつがいる村になんざ居たくないって、俺も思うよ。ユキオオカミを相棒にしてるやつは、みんな思ってるんじゃないか?だってもし、相棒が死んで皮を遺してくれたとき、その皮を盗まれたらって思ったら、俺はとても、許せない」
それは、そうだ。
もし、シウィが死んだとして。その、遺品とも言える毛皮を、盗もうとする者が、もしいたら。
八つ裂き程度では、とても足りない。生きたまま、爪を剥ぎ、歯を抜き、毛を毟り、生皮を剥いで、肉を削いでから、焼き殺す。それも、いきなり一気に、火を点けたり、しない。全身に、余す所なく、溶けた蝋を、垂らして、覆って、その上で、火を点けてやる。
でも、だから村を出る、わけじゃ、ない。
「でも、だからって、いや、だからこそ、なんでイウジェナの方が、村を出なきゃいけないんだよ」
だから、リーフィンのこの、疑問は、的外れだ。
「……犯人の方が、村を出れば良いって?」
ユキオオカミにも、頼れなければ、貨幣価値も、知らず、お金を、儲ける手段も、ない。犯罪歴が、あると聞けば、引き取ってくれる、村も、ない、だろう。そんな、人間、この村が、養わなければ、野垂れ死ぬ。
「無理でしょう。そんなのは」
村長は、わたしですら、見捨てないのだ。
「それは」
「それに」
違うのだ。
「傷付かなかったから」
「え?」
「毛皮泥棒が、出ても、ああ、やっぱりか、としか、思わなかったのよ」
高価な、毛皮を、大量に手にして。その、毛皮を、鍵もかからない、作業場で、鞣す。
誰かが、盗みに、来るだろう、と、思っていた。だから、シウィとわたしと、交互に作業場に詰めた。ラディと、旅人とに、番を頼んだ。
「わたしは」
九年、形見の毛皮を、盗まなかった、村長夫婦、以外の。
「この村の、人間を、信じていないのよ」
強盗と化した、村人を見て、なんにも、意外に、思わなかった。それが、自分の、認識なのだと、気付いてしまった。
「盗みに、入ろうが、入るまいが、関係、ないの。並べて、等しく、わたしは」
この言葉が、彼を傷付けると、理解している。
「この村の、人間を、味方では、ないと、思っているの。だから、村を出るの」
「並べて、等しく、って」
「村長と、奥さん以外、は、全員よ」
釘を打つ、手を止め、顔を上げ、リーフィンを、真っ直ぐに、見て、言う。
「俺もかよ」
「そうよ」
リーフィンが、顔を歪めて、唇を、わななかせる。
深く深く、息を吐き出し、吸い込み、また吐き出して、喉を、震わせる。
「イウジェナが、村を出るなら、俺もついて行く、って、言おうと思ってた」
「やめて」
端的に、望みだけ、告げ、釘打ちに、目を戻す。
「なんで」
リーフィンが、顔を覆い、しゃがみ込む。
「なにが、悪かったんだ」
「なにも」
なにが、悪かったとか、間違えたとか、そう言う、話じゃない。
「わたしが」
濡れた皮を、引き伸ばし、釘を打ちながら、言う。
「人間を、信頼出来ない、だけ」
「なら、ひとりで旅するのか?危ないだろ。死ぬ気かよ」
独り旅は、危ない。その通りだ。
「シウィがいるから」
「ずっと一緒には、いられないだろ。今だって、離れてるのに」
「それでも」
それで、独りぼっちに、なったと、しても。命を、落としたと、しても。
「人間と一緒より、マシだわ」
「それでも!」
顔を上げた、リーフィンの瞳から、雫が、落ちる。
「お前は、人間だ。人間なんだ!」
「うん」
わかっている。それでも、この村のひとたちが、わたしを、人間でいさせて、くれたこと。
「だからだよ」
リーフィンは、わたしを、人間で、いさせようと、する。
それが、わたしには、
「だから、ここには、いられない」
苦しい。
リーフィンの、手を取れば、共に歩けば、きっと、人間らしい、生き方が、出来るの、だろう。なぜか、わたしなんかを、好きだと言う、リーフィンは、わたしを、大事にしてくれる、つもりなの、だろう。
だからこそ。
「リーフィンの、手は、取らない」
彼と、共には、歩けない。
話は終わりだと、口を閉ざす。コンコン、と、釘を打つ、音と、リーフィンが、鼻をすする、音だけが、響く。
黙っておく、と言う、言葉を、守ってか、ラディも、なにも言わず、わたしの、手元を、眺めている。
「お前が、好きだ、イウジェナ」
どれほど、黙りこくって、いただろうか。
不意に、リーフィンが、ぽつり、と、言った。
「お前が好きなんだ、イウジェナ」
それが、真実だとしても、わたしは、リーフィンの手は、取らない。
ならば、なんと答えられるだろう。
「……そう。ありがとう」
返した呟きは、我ながら、白々しい、声音だった。
ガバッ、と、リーフィンが、立ち上がり、
「おっと」
振り向いた、リーフィンと、わたしの、間に、ラディが、割り込む。
「お触りは禁止だぜ、坊主」
「っ」
「悪ぃな、シウィに託されてっからさ」
リーフィンは、き、と、ラディを、睨んだ、あとで、
「いや、助かりました。ありがとうございます」
ぐ、と、拳を、握り締めて、低く言うと、頭を、下げた。
「もう、出てくよ。邪魔して悪かったな。聞いてくれて、ありがとう」
「え、あ、うん」
そのまま、踵を返して、出て行く、リーフィンを、見送って、息を吐く。
「イウジェナ、モテモテだな」
「顔は、綺麗、らしいから、ね」
「え」
ぽかん、と、されて、ああ、と、頷く。
「ラディから、見れば、そんなこと、ないかも、しれな、」
「いやニンゲンと旅してるし、ニンゲンの美醜の基準くらい理解してるけど。そうだなイウジェナはなかなか見ないくらいの美人だぜ、間違いない」
わたしの、言葉を遮って言い、でも、と、ラディが、続ける。
「イウジェナ自身がそのことを把握してると思ってなくてさ。なんつーか、イウジェナ、他人からの評価に疎そうだから」
「ラディと、一緒だよ。行商に、行くから、一般的な評価も、わかる。それに」
顔を歪めて、苦笑を、浮かべる。
「わたしが、矢面に立つと、高く売れるし、安く買えるし、おまけもして、貰えるの」
「うわ」
ラディが、衝撃を受けた、と言う顔で、こちらを見た。
「イウジェナ、予想外に、世慣れしてんのな……」
「ひとり旅も、出来そう?」
「それは勧めないけど」
手厳しい。
「美人だから、得も多けりゃ、危険も多いぜ。ユキオオカミと一緒だ。その見た目は、金になる」
「うん」
わかってる。
だからこそ、行商の長は、わたしに、厳しく、戦い方を、教えた。わたしが、いちばん、危険だと。
「うん」
わかってる。それでも。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
間が空いてしまって申し訳ないです……
続きも読んで頂けると嬉しいです




