猛々しくも愚かしく
作業場へ、入って来たのは、ロマと、リーフィン、それから、
「売価で、鞣し済みなら、その倍は、取って良い。同じ村の、人間だからって、価格が甘過ぎるぞ、イウジェナ」
「おっせーよ、お前」
「悪い」
やって来た、旅人を、ラディが睨む。
「櫓にいたはずの、イウジェナの方が、先に駆け付けてんじゃねーか。悪いで済むか。なにやってんだよ」
「いや、出掛けに、ロトカ殿と、揉めてな」
「え?」
なんで、ロトカと旅人が。
「どっちが、どっちに行くかで」
旅人は、困ったように、頭を掻く。よく見れば、丈足らずの寝巻きに、上着を羽織っただけ。長靴がしっかり履けているのは、それだけの時間、ロトカと揉めたから、だろうか。それにしたって、こんな夜に、これでは寒い、だろうに。
「イウジェナなら、間違いなく、ラディのところに、駆け付けている、だろうが、イウジェナの方に、なにかあって、櫓で困っている、可能性も、あるから、どちらが、櫓で、どちらが、ラディか、揉めた」
旅人が、少し笑って、ラディを見下ろす。
「最終的に、ラディはおれの、相棒だからと、譲って貰った。助かった」
「オレの心配なんかしてなかっただろ、お前」
「ラディは強いからな」
「そーだけど、釈然としねー」
それでも、旅人が来たことで、ラディはすっかり、落ち着いた。問題は。
「イウジェナが、あたしたちにオオカミを、けしかけたのよ!」
「縄で縛ったりして!痛いわ!!」
「怖かった!助けて!!」
リーフィンの登場で、露骨に猫被りを始めた、女たちの始末だ。本気で騙せると、思っているのなら、救い様もなく、頭が軽い。
「いや……」
リーフィンも、露骨に、げんなりした顔を、している。
「こんだけ、ユキオオカミに見られてて、嘘が通せると思うのか?」
「そそ。アズーロも見てたもんな。目撃者ばっちり」
待たせてごめんな、と、アズーロをなでながら、ロマも口添えする。
「同じ村の人間より、オオカミを信じるの!?」
「いやいや、アズーロは相棒だし、人間は嘘吐くし」
ロマが笑って、肩をすくめる。
「そもそもイウジェナは、手を汚すなら自分でやるよ。ユキオオカミに罪は被せない」
「イウジェナが望むなら、やぶさかではない。が、イウジェナはそのようなこと、望まないからな。あまり、我らが姫を愚弄するなら、その頭、咬み千切るが、覚悟は出来ているだろうか」
「アズーロ誤解生むようなこと言わないで」
ぽすぽすと、ロマがアズーロを叩く。
「詳しい話は明日の朝、落ち着いてから聞くとして」
年長者らしく取り仕切ったあとで、ロマが作業場の入り口を見遣る。
「ここで転がしとくと凍死しかねないし、あんたらの身柄は自警団長預かりかな。たぶん、もうちょっとで来るからさ」
ロマの言う通り、すぐに自警団長が姿を見せ、ロマとリーフィンとユキオオカミたちと協力し、盗人たちを連れ去った。
旅人と、ラディと残されて、息を吐く。
「ラディ、怪我は?」
「オレはないけど」
どこかしんなりした様子で、ラディが答える。
「ごめん、任されたのに、守れなかった」
「そんなこと」
驚いて、首を振る。
「ラディのお陰で、毛皮が連れ去られずに、済んだよ。ありがとう」
しんなりしてしまった耳を、なでる。
「血を、流さないように、気を遣ってくれたことも、ありがとう」
「でも」
「ラディで守れなかったら、シウィでも守れなかったよ。たまたま、ラディのときに、来ただけで、ラディは悪くないよ」
そんなに、大人数で来るとは、わたしも思って、いなかったのだ。
「むしろ、わたしこそ、多勢に一頭で、相手させて、ごめん。怪我がなくて、本当に、良かった」
なでるだけでは、飽き足らず、ラディを両腕で、抱き締める。
「ラディが、無事で、良かった」
「イウジェナ」
泣くな泣くな、泣くな。
唱えて、顔を上げる。
「櫓に、戻らないと。これだけ、騒ぎになったら、もう大丈夫だと、思うから、ラディは、」
「朝まで、いるよ」
「でも」
「今度こそ、守るから。お前は、一旦帰って寝て、朝にまた、来いよな」
後半は、旅人あての、言葉だ。
「わかった。イウジェナ、櫓まで、送る」
「え、でも、」
「こんな夜に、シウィも連れずに、ひとりで歩いたら、駄目だ」
「聞いとけ、イウジェナ。こいつの言う通りだ。騒ぎがあったからこそ、狙われることもあるから」
ラディに、厳しい顔で、言われると、なんだか、反発しづらい。
「わかった。お願い、します」
「うん。じゃあ、ラディ、また、朝に」
「おう。イウジェナも、また明日な」
「うん。ありがとう、ラディ」
ラディに、手を振って、作業場を出る。
不意に、緊張の糸が、切れて、身体が、重くなった。
「手を」
「え?」
歩くのが、やっとで、旅人の、言葉を、聞き逃す。
答えは、言葉でなく、行動で返った。
片腕を背負われ、腰を支えられる。
「疲れたろう。寄り掛かって良い」
「いや、そんな、そこまで、」
「なんなら、櫓まで背負うが」
それは嫌だ。
反論を諦め、大人しく、肩を借りる。
旅人は、なにも、言わない。
それが優しさであることに、気付けるくらいには、幼き日より、大人になっていた。
「……毛皮が、鞣し終わったら」
ぼそり、と、地面に、声を落とす。
「村を、出ようと、思います」
もしも、彼女らが、こんな手段でなく、婚礼用のケープが欲しいのだと、相談しに来て、いたならば。ケープの襟分、くらいなら、毛皮を分けることも、考えた、と、思う。それくらいの、恩義は、村に、感じている。
けれど、彼女らは、相談すらせず、盗むことを、選んだ。
毛皮を守る、ラディを、強引に、退けてまで。
それは、あの冬の日、両親を殺し、家と共に、焼いた、強盗と、変わらない。
「盗人と共には、暮らせません」
「ああ。それで良い。イウジェナは、なにも、悪くないから」
旅人は、静かに、同意した、あとで。たっぷり、躊躇って、言い淀みながら、続けた。
「その、もし、嫌で、なければ」
触れた身体から、荒ぶる鼓動が、伝わった。そう言えば、このひとは、ずいぶんと、薄着の、はずで。
「あの、寒くない、ですか?」
「へ?あ、いや、だ、大丈夫、だ」
「でも、すごく、薄着で。ここまで来れば、櫓まで、すぐなので、もう、戻って、温まった、方が」
「大丈夫。寒いのは、慣れている」
「やっぱり寒いんでしょう!風邪でも、ひいたら、」
「櫓にロトカ殿がいるはずだから。いまは、イウジェナとくっついていて、温かいし、帰りは、ロトカ殿にくっつかせて、貰う。それで、良いだろう」
ぐい、と、腰を引かれる。
「だから、少し、おれの話も、聞いてくれ」
「あ、はい」
「ありがとう」
ふー、と、深く息を吐いて、旅人が、話を、仕切り直す。
「イウジェナ、ラディは好きか?」
「え?はい。好きです」
可愛いし、優しい。気遣いも出来て、面倒見も良い。ちょっと悪いところも、あるけれど、善いオオカミだ。
「そうか。おれのことは、嫌いでは、ない、と、思っても、良いか?」
「えっと……そう、ですね。嫌いだと、思ったことは、ないです」
「それは、良かった」
そんな、しみじみ、と、噛み締めないで、欲しい。
「ラディは、イウジェナに、信頼、されているな?」
「そうですね」
ユキオオカミの、毛皮の番を、頼めるくらい、信頼して、いる。
「おれの、ことも、多少は、信頼、してくれて、いると、自惚れても、良いだろうか」
「え、あ、はい、まあ」
ラディが、旅人と共に、毛皮を見ていると、言っても、不安には、思わなかった。
旅人が、わたしから、毛皮や大事なものを、盗んだりしないと、そう言う、信頼は、ある。
「それなら」
旅人の目が、わたしの顔を、覗き込む。翠の、深い瞳に、視線が、囚われた。
「せめて、旅に慣れる、までは、おれに、きみを、補佐させて、くれない、だろうか」
「え?」
「もちろん、嫌なら、無理にとは、言わない。受け入れたとして、嫌になったら、いつでも、離れてくれて、構わない。ただ、その、帰る場所と、目的が明確な、行商と、終着点の定かでない、旅では、勝手が……あ、いや、そうか」
旅人が、わたしから、視線をそらし、頭を掻く。
「早とちりした。きみは、村を出ると、言っただけで、旅をする、とは……。どこか、移住のアテが?」
「いえ。とくに、行き先や目的を決めて、言ったわけでは」
まだ、鞣しが途中だ。少なくとも、あと数日は掛かる。
「毛皮が、鞣し終わるまでに、考えようと、思って」
「そう、だな」
旅人が、笑う。
「人生に関わることだ。ゆっくり、考えると良い。ただ、考えるなかに、おれの、手を取る選択肢も、入れておいて貰えると、嬉しい」
「それは」
「関係は、なんでも良い。友人でも、護衛でも、ラディのおまけでも。ただ、シウィがいるとしても、女性のひとり旅は、危険だ。旅慣れないうちは、旅慣れた道連れが、いた方が良い。その点おれは、旅人歴の長さには、自信があるからな。オオカミ連れの旅の経験もある。先輩役には、もってこいだと、自負している」
どんな自負だ。いや、言いたいことは、なんとなくわかる、けど。
うん。うーん。うむ。
「……考えては、おきます」
「ああ。そうしてくれ」
頷いた旅人が、ひょい、と、わたしを、持ち上げる。
「へっ?」
「櫓に着いた。上まで運ぼう」
気付けば背負われていて、旅人はそのまま、身軽に櫓へ、昇る。
「ロトカ殿、待たせてすまない。イウジェナは、無事だった」
「無事なら、なぜ、背負っている」
「疲れた様子だったので、階段は辛いかと思って」
持ち上げたときと同じく、ひょい、と、下ろされる。
「座って。シウィ、朝まで頼む。イウジェナ、朝にまた、迎えに来るから」
そんな、送り迎えが、必要なほど、疲れては、
「それじゃ、ロトカ殿、戻りましょう。村長も、報告を、待っているでしょうから」
「ああ」
けれど、旅人は、わたしの反論を、待たずに、さっさと、言葉を続けて、しまって。
「なにか、困ったら、吹いてくれ。それで、気付く」
その上、わたしの首に、小さな笛を、掛けさえして。
「わたしは、」
「ごめん、おれの、自己満足、だから」
くしゃり、と、頭をなでられれば、無下にも、出来ない。
「じゃあ、また明日」
「……また明日」
答えれば、どうしてか、旅人はどこか、泣きそうな、顔をして。
「どうか、しましたか?」
「いや、その」
旅人は、目を泳がせて。
「きみと、また明日と、言い合えるのは、嬉しいものだなと、思って」
「……ぇ」
「もう行く。気を付けて」
わたしの視界を塞ぐように、くしゃっ、と、わたしの頭に手を置き、そのまま旅人は、逃げるように、櫓から降りた。
「〜〜〜っ」
両手で、顔を覆い、シウィに、寄り掛かって、足をバタつかせる。
わたしは、そんな、挨拶ごときで、喜ばれるような、人間、では。
ふ、と、脱力して、シウィに、懐く。
「この、村を、出ようと、思うの」
シウィは、なにも言わない。言えない。
「シウィ、も、ついてきて、くれる?」
シウィは、なにも、言わない。両手で顔を覆えば、反応を、見ることも、
「……」
ぱすん、と、尻尾がわたしを、叩く。
顔を出さなければ、ぱすん、ぱすん、と、繰り返し。
「シウィ、痛いよ」
「クゥン」
鼻を鳴らされて、顔を上げると、馬鹿なことを訊くな、とでも、言いたげな顔が、こちらを見ていた。
ああそうだ。シウィは、頼まれて、いるから。
「ありがとう。ごめんね」
呟けば、呆れたように、もいちど、尻尾で叩かれた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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