百枚の金貨
騒ぎは、背後で起こった。
「?」
激しい吠え声。聞き覚えのない、これは、もしや。
「ラディ?」
どうして、こんなに、吠えている、のか。
「シウィ、ここ、頼める?」
「わふ」
シウィの了解を得て、飛び降りるように櫓を降り、声の方へと駆ける。
「ラディ、大丈夫?ラディ!?」
吠え声は、止まない。それどころか、増えて、いる?
ラディが、危ない?でも、ラディが?
声の発生源は、皮鞣しの、作業場、だった。
ラディは、ヒトの言葉も忘れて、ひたすらに、吠え掛かっている。
ユキオオカミたちも、集まって来たのは、ラディと敵対するつもりでは、なかったようだ。ラディの味方として、ラディが吠え掛かる先に、唸っている。
「ラディ、どうしたの?怪我は!?」
ざっと見て、どのオオカミも、血が出ている様子は、ない。
ひとまず安堵して、状況を、見極めようと、
「……それはまだ、鞣し途中よ」
仔狼の皮を、浸した桶に、手を入れようとしていた男に、冷たく言う。何度か、ラディに突き飛ばされでも、したのだろう。格好はボロボロで、打撲痕もあった。
「なんで、こんな夜中に、ひとの作業に、横槍を?」
肩を掴み、桶から引き離す。ひとりではない。中年男と、若い女が、数人ずつ。
「良いじゃない。そんなにあるんだから、一枚くらい、貰っても」
「だから、盗むの?」
ラディは、毛皮を、守ろうとして、けれど、村人を、噛むことは出来ず、それでは、複数の侵入者を、退けられなかったのだ。だから、吠えて、異常を、知らせた。声を聞いて、集まった、毛皮の、持ち主を知る、ユキオオカミたちも、ラディの味方を、した。
「お金が、いるの?毛皮が、欲しいの?どちらにせよ、盗む前に、もっと、出来ることが、あったでしょ」
毛皮を、譲る気はない。けれど、相談されれば、出来ることを、考えるくらい、した。
だが、彼らが、わたしに、なにか、相談したことは、ない。それでは、わたしも、なにもして、やれない。
こんなこと、する前に、話し合おう、とは、
「何枚あっても、盗人に、渡せるものは、ないよ」
思わなかったから、こうなっている、のだ。
息を吐いて、首を振る。
「取り押さえて。殺さなければ、怪我しても良い」
呟けば、それまで、唸るだけだった、ユキオオカミが、いっせいに、盗人へ、飛び掛かる。
「ラディ、ありがとう。もう大丈夫、だから」
ユキオオカミに、取り押さえられて、動けない盗人たちの手足を、縄で縛り上げながら、興奮冷めやらぬ様子の、ラディに、声を掛ける。
「なんで、あんた、ばっかり!!」
「黙れ」
ラディに落ち着いて、欲しいのに、不粋な、横槍が、入った。
「大丈夫。ラディ、こんなの、慣れてる」
昔からだ。同年代の、人間の女には、好かれない。
立ち上がって、唸るラディの、頭をなでる。
「なんで、わたし、ばっかりって?そう言うのは、オオカミに、触れるようになってから、言いなよ」
肩をすくめる。
忍び込んだ盗人全員、この村の人間のくせに、ユキオオカミに触れもしない奴らだ。恩恵だけ受けて、敬意がない。だから、ユキオオカミからも、認められない。
「ユキオオカミの皮は、ユキオオカミから、譲って貰わない限り、手に入らない。常識でしょ」
怒るラディの背に乗って、脚を組む。
歯を剥き出して唸っていようが、ラディを怖いとは思わない。彼はわたしを、傷付けない。
「ここのオオカミ、みんなが、この皮の持ち主は誰か、よくわかってるよ。そんな状況で盗んで、どうするつもりだったの?」
縛って転がした盗人、ひとりひとりを睨め付ける。
「そもそも、あなたたち、自分で皮を、鞣すことすら、出来ないじゃない。未完成の毛皮を、盗んだって、駄目にするだけ、でしょ。馬鹿じゃないの?」
「結婚するのよ!」
女のひとりが言い返す。
「結婚式に、白いケープが必要なの!あんた、予定もないんだから、譲ってくれたって、良いじゃない!」
「譲る、と、盗む、の、違いもわからないくらい、軽いの、その頭は」
話にならない、と、頭を振る。
「ユキオオカミに、乗れもしない男の妻に、ユキオオカミの毛皮のケープなんて、不相応よ。見栄を張っても、みっともないから、毛織のケープで、我慢なさいな」
お情けで、一人前と認められたような、ロクでもない、男たちだ。
「まあ、買うって言うなら、考えてあげないことも、ないけど?ユキオオカミの毛皮、一頭分、いくらするか、わかってる?」
わかるはずがない。だって、彼らはみな、隣町にすら、行ったことがないのだ。貨幣価値を、知らない、どころか、下手すれば、貨幣すら、見たことがない。
「たくさんあるんだから、」
「たくさんあっても」
もはや聞く必要もないと、切り捨てる。
「この枚数程度なら、値崩れなんて、しないのよ。ユキオオカミの、毛皮なら。希少価値と、需要があるの。あなたたちに、くれてやるなんて、もったいないわ。一枚で、どれだけ小麦が、手に入ると、思って?」
胡椒と同じ価値だ。質の良いユキオオカミの毛皮は、同じ重さの金と、取引される。それだけの金があれば、一家族が数年暮らせるだけの、小麦が手に入る。
ラディを、なでる。少しは、落ち着いた、みたいだ。
「金貨、百枚よ」
「え?」
「金貨、百枚。それだけ払うなら、譲ってあげる」
「そんな、ぼったくり」
「いや、妥当だよー。オレが保証する」
「むしろ、安過ぎる。卸値だろう、それは」
「てか、なにやってんだよ、こんな夜中に」
第三者の声に、ぎょっとしたのは、床に転がる男女だけだった。
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