三十枚の銀貨
「……?」
仔狼の皮を撹拌しながら、首を傾げる。
予想より、浸透が遅い。
このくらいの大きさの生き物なら、今日くらいには、十分浸透が終わるはずだけれど、仔狼だと違う、のだろうか。
この分だと、あと二日三日、浸していた方が、良さそうだ。
「イウジェナ?」
相変わらず、わたしの作業を見ているラディが、どうかしたか、と、寄って来る。
「ううん。なんでもないよ」
仔狼の皮の撹拌を終え、親狼の皮に触れる。
こちらはもう、大丈夫だ。
鞣し液から、皮を引き上げる。
「お、もう浸さないのか?」
「うん、こっちは大丈夫」
「そっちは?」
「そっちはまだ」
「明日まで?」
「ううん」
水を吸った皮は、重たい。よいしょ、と、持ち上げながら、ラディに答える。
「明後日か、明々後日までは、掛かると思う」
「仔狼の方が、時間が掛かるんだな」
「そうみたいだね」
若いから、だろうか。若い方が、身体の作りは、簡単な、はずだけれど。
「あれ、知ってたわけじゃないのか?」
「うん」
重たい皮を、乾燥用の台に、拡げ、引っ張って、固定する。このまま、ある程度乾かして、肉面に脂を足す。それから、しっかり乾かして、調えたら、やっと終わりだ。
「仔狼の、皮を扱うのは、初めて、だから」
仔狼は普通、親に守られている。だから、死ぬことは、あまりない。死なないから、皮が手に入ることも、ない。
「あ、そっか、そうだよな」
「うん」
コンコン、と、釘で、拡げた皮を、板に打ち付けながら、頷く。
「なんで釘?」
「乾くときに、縮むから、縮まないように、留めるの」
「なるほど」
コンコン、コンコン、と、板に釘を打つ。
「……めちゃくちゃ釘刺すのな」
「これだけ打っても、引っ張られて抜けるよ」
「そうなのか」
「皮って強いんだよ」
「肉を守ってんだもんな。そりゃそうか」
うんうん、と、頷いたラディが、大変そうだな、と、呟く。
「重労働では、あるね」
「あいつ、呼んで来ようか?喜んで手伝うと思うぜ」
「大丈夫。ありがとう」
笑って、首を振る。
「イウジェナ、力持ちだよな」
「まあね」
皮鞣しが、男の仕事なのは、力がいるからだ。けれど、それを言うなら、糸紡ぎだって、染色だって、腕力はいる。
「ずっと、やって来たから」
両親が死んで、九年だ。なんでも自分で出来るなんて、馬鹿なことを言うつもりはない、けれど、ある程度のことは、シウィとふたりでこなせるように、なった。
「イウジェナは」
珍しく、ラディが、言葉に、迷った。
「誰かと、生きたいと、思ったことは、ないのか?」
「シウィが許して、くれるなら」
笑う。
「ずっとシウィと、一緒にいたいよ」
「そうじゃなくて」
「うん」
わかってる。
わかってるけど。
「ないよ」
シウィがいれば、それで良い。それで良い人間で、在りたかった。
よいしょ、と、もう一枚の毛皮を、持ち上げる。重たい。けれど、持ち上げられない、わけじゃない。
皮を拡げて、板に打ち付ける。
「……父親に、会いたい、とかは?」
ああ、そうか。まだ、生きているん、だったか。
「ないよ」
釘を打ちながら、首を振る。
愛してくれるひとが、いない、とは、思わない。それは、いままで、愛してくれたひとに、失礼だ。
けれど。
わたしを、愛していない、わたしは。
誰かが愛して、くれたとしても。
「ない」
愛される、ことは、出来ない。
「ラディ、お願いが、あって、あのね」
「うん」
「わたし、今日、夜番で、だから」
「いーよ」
みなまで聞かず、ラディは頷いた。
「オレとあいつで、イウジェナとシウィが来れないあいだは、毛皮を見てるから、安心して行って来いよ!」
「ありがとう」
「ま、あいつにも点数稼ぎさせてやんないとな!」
そんなこと、思ってないくせに。
オオカミは、いつだって、わたしに優しい。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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