象牙色の狼
その夜は夜番で、当然のように、ラディが一緒に、ついて来た。旅人には、怪我がまだ良くなっていないだろう、と、すげなく留守番を、言い渡して。まだ、怒っているのかもしれない。
「なんで二頭」
「村長の家に、泊まっている、旅人さんの、オオカミだよ」
「懐かれたのか。お前、ほんと、オオカミに好かれるのな」
昼番と、そんな会話を交わして、交替する。
吹きさらしの、櫓の上でも、前後をオオカミに取り囲まれれば、温かい。
シウィはいつも通り、背もたれと肘掛けに徹し、ラディは興味深そうに、レースを編む、わたしの手元を、見つめている。
「レースって、露天とかで売ってるのは見たことあるけど、こうやって出来てたんだな」
「ラディはなんにでも、興味津々だね」
「そりゃ」
さもありなん、と、ラディが頷く。
「オレが旅してるのは、それが理由だからな!」
「そうなの?」
「ああ」
語るラディは、楽しげだ。
「せっかく自由に動く足があるんだ。いろんなところ行って、いろんなもの見た方が、楽しいと思ってな!あいつはひとつところに留まったり、同じところを周回したりしないから、一緒に旅するには良い。行ったことない場所や、見たことないものに、たくさん出会えるぜ!」
自由に動く、足。
わたしにも、あるはずだ。自由に動く、足が。
「ひとつところに留まって」
手元のレースに目を落としながら、問う。
「仲間と暮らしたい、とかは、少しも思わない?」
それが本来、オオカミの生き方のはずだ。自分に合った土地で、生涯を、過ごす。多くのユキオオカミが、そうであるように。イワオオカミだって。
「それこそ、灰色の毛並みが岩に馴染む美狼と、番になって、子供を授かって、ずっと、一緒に」
「そーだな」
ラディは、軽い口調で、答える。
「まだ番が生きてたら、そうしてたかもな」
「……え?」
あまりに、軽い口調で言われて、咄嗟に意味を、取り逃がす。
番が、生きて、いたら?それは、つまり、
「ごめ、」
「あー、いーいー。知らねーもんは、気遣いようもないだろ。それにな、そんな、なんつーか、悲劇みたいな感じじゃ、ねーんだよ」
顔色をなくして顔を上げると、ラディは気にするなとでも言うように、ぽに、と、わたしの頬を触った。
「灰色じゃなく、象牙色の毛並みなんだけどな。なんつーんだっけ?センテンテキ、シキソケツボウショウ?ってやつ、だったんだろうな。目も、赤くてさ。でも、めちゃくちゃ美狼だったんだぜー」
語るラディの口調は、あくまで明るく軽い。
「仔狼は五頭も産んだし、乳離れまでちゃんと育ててくれたけど、そこで、力尽きちまってさ。いまは、いっとう眺めの良い岩の下で寝てる。仔狼はオレに似てみんな元気で、たぶん、いまごろは自分の番を見付けて仲良くしてんじゃねーかな」
ぽにぽにと、ラディが前足で、わたしの頬をこねる。
「たぶん長生きしないってのは、お互いわかってて、それでも番になったし、子供も授かったんだ。まあ、たとえば、ニンゲンに飼われたりしたら、もっと長生きしたかもしんねーけど。でも、不自由に長生きするくらいなら、短命でも自由が良いって」
珍しいものを欲しがる好事家は、どこにでもいる。アルビノのオオカミなんて、引く手数多だろうし、大切に大切に飼われるだろう。
檻に入れて、鎖に繋いで、アルビノの天敵である日光から、出来るだけ遠ざけて。
「ニンゲンは嫌いだったみたいだしな。だから、ニンゲンには辿り着けないような、断崖絶壁の上に隠したんだ。でも」
ぽに、と、ラディは両の前足で、わたしの頬を、挟む。
「イウジェナだったら、レニィも気に入ったかもな。そしたら、皮を、鞣して、形見に出来たかな」
「形見」
「イワオオカミは、同胞を食べたりはしないんだ。地に埋めて、生命の循環に任せる。でも、ニンゲンを見てると、なんか、形見を持っても良かったんじゃないかって、思うんだよな。忘れないって思っても、どうしたって、記憶は薄れる」
そう言ったラディが、寂しげに見えて、伸ばした腕で、ラディを抱き締める。
なにを言って良いか、わからない。両親の、形見でもある毛皮を、あっさり手放したわたしに、なにか言う資格があるのかすら。
「どうせ薄れるなら、楽しいことで上書きしようと思ってな!それに、レニィがもし、灰色の毛皮だったら、きっと旅をしたと思うんだ。その方が、故郷でレニィを想いながら、子供の成長を見てるより、オレたちらしいなって」
わたしの頭に、頭を寄せて、ラディは言う。
「誰かから見りゃ、短命だったり、早くに番をなくしたり、可哀想なオオカミかもな。イウジェナは、可哀想だって思うか?オレと、レニィのこと」
「思わ、ない」
なんでだろう。涙が出そうになって、言葉が途切れる。わたしが、泣くのは、おかしい。
「ははっ」
ラディが笑う。
「イウジェナは、泣き虫だなー」
「ごめん」
「うん?謝るこたないだろ?まー、なんつーかさ、だから」
すりすり、と、頭でわたしの、頭をなでて、ラディが言う。
「オレっていま、余生なんだよ。だから、まー、ちょっと変わったニンゲンと一緒に、旅するのも良いかなって、見守ってんの、あいつのこと」
「うん」
ラディが、また笑って、わたしの背中を、ぽにぽに、と、叩く。
「見守ってっから、幸せになって欲しいなとも、思ってっけど。あいつも、イウジェナもさ」
「ラディ」
「好きに生きろよ、イウジェナ。他人にどう見えたって、お前はお前の幸せを、求めて良んだよ」
ああ、お父さん、の、言葉だ。
無性に涙があふれて、なにも言えない。
「オレに出来る手助けなら、やってやるし。ユキオオカミだってみんな、イウジェナの味方だ。いざとなりゃ、ほかのニンゲンには追いかけて来れないとこまで、オレが背負って走ってやるよ」
どうして。
どうしてオオカミは、こんなに、優しいのだろう。
「……あり、がと」
顔を上げることも、出来ず、くぐもった声で、呟いたわたしに、ラディは、おう!と、元気に答えてくれた。
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