生きた皮 死んだ皮
ラディは、皮鞣しに興味が、湧いたらしく、旅人に頼んで、仔狼の皮の、鞣しが終わるまでは、リンの村に滞在したいと、ねだったようだ。
旅人も、少し休息したいとは、思っていたようで、村長が滞在を許すなら、と、ラディの願いを、聞き入れた。ひとの良い村長が、旅人の申し出を、断ることはなく。
「この液って、触っても大丈夫なのか?毒とかないのか?」
「大量に飲んだりしたら、毒だろうけど、触るだけなら、大丈夫だよ。危ないものは、入れていないから」
「へー」
わたしが、仔狼の皮から、肉片や皮膚を、削いでいる横で、ラディは熱心に、鞣し液に浸った親狼の皮を、見つめている。
見ていても、なにか劇的に変わることは、ないのだけれど。
「見てても、面白いことは、ないよ?」
「うん。そんな気はしてた」
振り向いたラディが、言う。
「変えるためじゃなく、変えないための作業だもんな、これ」
「そうだね。出来るだけ、生きたままに近い状態を、保つための処置だから」
革ならともかく、毛皮なら、結局、生きた獣が着ているものが、いちばん美しい。
美しく、触り心地が良くて、温かい。どんな高価な毛皮より、シウィの毛皮が、いちばんだ。
「毛皮と言えばさ!」
不意に、ラディが憤慨した口調で、言う。
「昨日、オレがイウジェナに毛皮の手入れして貰ったって聞いて、あいつどうしたと思う!?」
嫉妬されそうだと、言っていたけれど。
「どうしたの?」
「あの朴念仁、無断でなで回した挙げ句、違いがわからないとか言いやがった!オレ、狼生イチ、ツヤッツヤでフッカフカなのに!!あいつは駄目だ!!」
タシタシ、と、前足で床を叩いて、訴えている。本狼は真剣なのだろうが、なんとも、可愛い姿だ。
「ラディ、すごく変わったのに、ね」
「そう!オレ的にはめちゃくちゃ劇的な変化があったのに、褒め言葉のひとつもなし!あんな甲斐性のない男とは、見損なった!」
昨夜、ブラッシングを終えたあと、ラディは自分の毛皮の仕上がりに、いたく満足したらしく、言葉を尽くして、わたしの手腕を、褒めてくれた。
そんなラディだからこそ、賞賛のひとつもなかったことに、怒っているのだろう。
「村長と奥さんは、すぐ気付いて、褒めてくれたんだぜ!あれこそ、良いオスの甲斐性と、良いメスの気遣いだぜ!ロトカも、丁寧に手入れして貰えて良かったなって言ってくれたし。それに比べてあいつと来たら!もう、相棒解消して、イウジェナのオオカミになってやろうかと思った!!」
そこまでか。
苦笑して、なだめる。
「村のひとは、毛皮も大事な、稼ぎだから。見る目が肥えて、いるんだよ」
「えっ」
衝撃を受けた顔の、ラディ。
「もしかしてオレ、毛皮として、品定めされてる?剥かれる?」
「剥かないよ。ただ、ちゃんと目利きが出来ないと、適正な売り値も、わからないから。職業病なんだよ」
質の良し悪しや、需要を把握しておかないと、商人の口車で、不当に安く、買い叩かれる。食い扶持は、多く稼ぎたいので、それでは困るのだ。
「村長は、皮を鞣すのが、巧いんだ。村いちばんの、腕だよ。わたしも、いろいろ教わった」
「へー!そうなのか」
「うん」
だから、この皮も、村長に鞣しを頼もうかと、考えもした。その方が、わたしが鞣すより、良いものになる、だろうと。
それでも、自分で鞣し作業を、しているのは。
そうすべき、と、思ったのと。
「生きた毛皮の手入れなら、わたしの方が得意だけどね」
「それはほんとにそう!オレ昨日自分の毛皮見て、これが、オレ……?ってなったもん、まじで!散々、遠回しに、傷んでるとか汚いとか言われたの、納得した!」
ラディは素直で可愛い。わたしとは、違って。
「ありがとう」
「こっちこそありがとう!イウジェナに手入れして貰って、良かったぜ!」
生きているオオカミの手入れは、好きだ。温かいし、手を入れただけ、良くなる。
死んだオオカミの手入れは、哀しい。冷たくて、薄い皮に、もうない命を、思い知らされる。
それでも、この皮は、わたしが最後まで、やらないと。
「そう思って貰えたなら、手入れした甲斐もあるよ」
そうでないと、ユキオオカミの毛皮を、売らない、なんて、出来はしないから。
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