櫓の狼たち
「おっ、おかえりー、イウジェナ」
「大事なかったか、イウジェナ」
「ただいま、ラディ。うん、大丈夫だったよ、ロトカ。シウィ、なにか、変わったことは、なかった?」
ラズウェルに送られて、櫓へ戻り、櫓の上にいた、シウィたちへと、声を、掛ける。
『ヒトに、しがらみがあることは、我らも理解している。だから、今すぐとは言わない。考えておいておくれ』
ラズウェルもまた、旅人と同じく、わたしを、急かすことも、責めることも、しなかった。
みな、わたしに、選べと、言う。
いっそ、手を引いて、無理矢理にも、これを選べと、言って、くれたら。
ああ、やっぱり、わたしは、ずるい。
寄り添ってくれるシウィに、身を預けながら、歯を食い縛る。
「なー、ラズウェルさんの用事って、なんだったんだー?」
そんなわたしの顔を覗き込み、ラディが首を、傾げる。
可愛らしい、仕草だ。
思わず手を伸ばし、頭をなでる。ユキオオカミより、細いが、硬い毛だ。手触りも少し、ごわついてる。
「イウジェナ?」
「あ、ごめん」
「いや、なでるくらい良いけど。あいつはあんまり、なでないから、新鮮だ」
ラディが目を細め、イウジェナの手に擦り寄る。
「でも、シウィが怒んない?」
「え?シウィは、大丈夫、よね?」
普段もよく、ユキオオカミはなでている。シウィは怒ったりして、いないと、思っていた、けれど。
シウィが、わたしを見やって、ふすん、と鼻を鳴らした。
「……イウジェナの浮気にはもう慣れたって」
「えっ、うっ、そ、そんな、つもりじゃ」
「みんなのイウジェナだから、仕方ないってさ」
そんな風に、思われていたのか。
「し、シウィが、いちばん、だよ?」
ラディから手を離し、シウィを両手でなでる。触り慣れた、太いけれど滑らかで、ふわふわなのに、しなやかな毛。純白で、黄ばみひとつない。
ラディが愉快そうに、クツクツと笑う。
「弁明する浮気男の台詞だな!イウジェナ」
「ええっ?」
困り果てて、黙ってシウィを、なでる。ラディにかかれば、なにを言っても、浮気の言い訳にされて、しまいそうだ。
「いっぱい触ったから、言えるよ。シウィがいちばん、毛並みが良い」
「えっ、遠回しに、オレの触り心地はイマイチって言ってない?ひどい、傷付いたー」
「あまり、イウジェナを困らせるな、ラディ」
騒ぐラディを、ロトカが嗜める。
「イウジェナ、ユキオオカミの毛皮を、持っているな。それは」
「昨日の、子供の、親」
「そうか。見付かったのか。よかった」
ロトカが呟いて、目を細める。
「死後とは言え、親子がまた、巡り逢えたのだな」
ああ、どうして。
シウィの毛に、顔を埋める。
どうして、ユキオオカミは、こんなに、優しいのだろう。
誰も、わたしを、責めない。
なにも出来ず、なにも、救えなかった、役立たずの、わたしを。
「……さて、イウジェナも戻ったことだから、我らは戻るか、ラディ」
「えっ」
驚いた声を上げたラディから、物言いたげな視線が、向けられているのを、感じた。感じた、けれど、顔は、上げられない。
「……そだな。じゃ、イウジェナ、シウィ、あとよろしくな!」
ぽふん、と、ラディの前足が、わたしの、頭に触れる。
うん、と、顔を上げないままに頷く。
ラディはやっぱり、なにか言いたげ、だったけれど。
「また、明日な」
ぽんぽんと、わたしの頭を、叩いて、櫓を降りて行った。
「……ありがとう」
ラディとロトカが去ってから、呟いた声は、やっぱり、みっともなく濡れていて。
ラディの前で、喋らなくて良かったと、ずるいわたしは、思った。
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