それは甘やかな
ラズウェルが、わたしを、連れて来たのは、昨日も訪れた、洞窟、だった。
十数頭の、ユキオオカミが、わたしを、見ている。
「どうして、ここに?」
「姫が、気にしているかと、思ってな」
ラズウェルが、わたしを、奥へと、誘う。
洞窟のなか、奇跡のように咲き誇る花園。そこに、二頭のユキオオカミが、横たえられて、いた。
「こ、れは」
眠るように、目を閉じた、ユキオオカミ。
ぱっと見たところ、目立った外傷は、ない。が、触れた身体は氷のように冷たく、固かった。
昨日のような、幼い子供では、ない。決して大きくはないが、十分に育った、この二頭は。
「昨日の子供の、親だ」
「どう、して」
「雪解けを待つと、腐ってしまうやも知れぬ故、昨晩のうちに、探しておいた」
いくらユキオオカミとは言え、雪崩に巻き込まれれば、ひとたまりもない。雪に埋まった遺体の、捜索など、ひどく危険な、行為だったはずだ。
「姫」
だと言うのに、ラズウェルは、ただ慈愛深く微笑んで、わたしに頼む。
「連日で済まないが、彼らの弔いを、頼めるだろうか」
断る、理由が、ない。
頷いて、剣を抜く。
死後、どれほどの時間、冷たい場所にいたのだろうか。皮を剥げば、血肉は凍り付いていた。凍った身体は昨日のように、溢れる血で服を汚すこともない。
二体の皮を剥ぎ、ラズウェルへ目を向ければ、無言で頷かれる。
胸を割き、心臓を抜き出す。身体の大きさに比例して、心臓も大きい。ひとつで、昨日の子狼の心臓の三倍以上もあるだろうか。息を深く吐き、口を開けた。
冷えきり、凍った心臓。身の内に入れれば、みるみる、身体の熱を、奪われて、行く。それでも、冷えた肉を身の内に、詰め込めば、心に、命の灯火が、移って行く。
無心で、ひたすら、手と口を、動かし、続けた。
やっと、平らげて、冷えきった身体を、震わせる。
「無理をさせて、すまない、姫」
知らぬ間に、ラズウェルの毛皮で、包まれて、いた。凍えた手と口を、温かい舌に舐められて、生き返る心地が、する。
「だい、じょ、ぶ」
冷えて、うまく動かない舌で、答える。
「手を温めなさい。凍えて、死んでしまう」
うながされるまま、ラズウェルの豊かな毛の合間に、手を差し入れる。温かい。
わたしを腹に、抱き込んだまま、ラズウェルは、二頭の頭を食らった。心臓よりもよほど大きい塊を、ラズウェルはあっと言う間に飲み込んでしまう。
ラズウェルが、頭を食べ終わると、周りにいたユキオオカミが、寄って来て、二頭の肉を、食らって行く。
「彼らの、群れの仲間だ」
ラズウェルが、わたしを毛皮で、温めながら、言った。
「二頭を見付け、掘り返したのは、彼らだ。姫」
ラズウェルが、わたしに、頬を、擦り寄せる。
「感謝する」
わたしは、感謝される、ようなことは、なにも。
「初めての子育てで、気が立っていたのだろう。若い番はあまりに、群れから離れ過ぎた。離れ過ぎたが故に、群れの誰も、若い番が雪崩に巻き込まれたことに、気付けなかった。小さな命が取り残されたことも、その命が、失われたことも」
ラズウェルの青灰色の瞳が、静かに、わたしを、見下ろす。
「姫のお陰で、気付き、弔えた。親と子を、せめて墓だけでも、同じ場所に入れられた。子らを、取り返してくれたこと、心より、感謝する」
「でも、もっと早く、気付いて、いれば」
ラズウェルが、首を振る。
「群れのものも、我も、気付かなかったのだ。姫が己を、責めるべきことではない」
「でも」
まだ小さい、若い番。その二頭より、はるかに小さな、六頭の子。守って、やりたかった。
なにか、もっと、出来たのでは、ないか。救う手が、あったのでは、ないか。
もう、どうしようも、ないと、わかって、いても。思わずには、いられない。もしも、もしもと、たら、れば、ならを、積み重ねて、行く。
「ありがとう、姫」
ラズウェルの舌が、頬を舐める。
「姫が弔い、泣いてくれただけで、我らがどれほど、救われたか」
わたしが、泣いて、なんの意味が、ある。
ラズウェルの首に、かじり付く。
泣きたかったのも、苦しかったのも、わたしじゃ、ない。
止まれ。止まれ。止まれ。
「姫。自分を責めないでおくれ」
ラズウェルは、優しくわたしを、受け止める。
「泣いて良い。自分を責めなくて良い。姫は、やれるだけのことを、やってくれた。みな、感謝している」
首を振る。なにも、出来なかった。救えなかった。
「それでも、後悔するなら、姫」
ラズウェルが、わたしに、顔を寄せて、問う。
「我と共に、来るか、姫」
「え……」
驚いて、顔を上げる。驚きが、過ぎて、涙も、止まった。
「村を出て、ユキオオカミの群れにお入り、姫。失われた仲間の、埋め合わせをしておくれ」
優しい声で、ラズウェルは、わたしを、誘った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
雪の下の遺体は凍るのか凍らないのか
教えて有識者さん
続きも読んで頂けると嬉しいです




