狼の誘い
「ああ、騎士はもう、出たんですね」
食事のあいだに聞かされて、息を吐く。品は良くても古いものだったから、それでは駄目だと、言われる可能性も、考えていた。
国王へ献上しても良いような、素晴らしい品を、残してくれた、親に、感謝する。
けれど、そうか。元の持ち主が王族だと、言うなら、そんな品であることも、おかしくないの、だろうか。
どちらにせよ、もう、手放してしまった。もう、関係ない。
食事を済ませ、部屋に戻り、黙々と、レースを編む。血塗れで編むわけにも行かないので、昨晩は結局進められなかったのだ。今晩も夜番なので夜にも進めるつもりだが、その前に遅れは取り戻しておきたい。
集中して進めて、どうにか許せるくらいまで、編み終えた。夜番のために、少し早い夕食を、摂り、さて出掛けようと思った、ときだった。
「?」
村のものでは、ない、ユキオオカミの、気配が、外に。
なにごとかと外へ向かえば、昨日の、最高位の、ユキオオカミが、いた。
名前は、そう。
「ラズウェル、さま」
「敬称は要らぬよ、我らが姫。不躾に訪ねて、すまない。これよりしばし、時間を貰えぬだろうか」
時間。なにか用が、あるなら、応えたい、ところだが。
「今日は、夜番で」
「イウジェナ」
どうしようと、迷ったイウジェナに、声をくれたのは、ロトカだった。
「戻るまでは、我とシウィで、櫓番は勤めよう。気にせず行くと良い」
ロトカの言葉に、ロトカと並んで土間に寝そべっていた、ラディが、立ち上がる。温泉に、一緒に行ったから、仲良くなった、らしい。
「それなら、オレも一緒に行くぜー。まだしばらくは滞在するんだから、良いだろ?」
「ならば、おれも、」
「お前は動かずとっとと足治せ、うすのろ」
ラディは取り付く島もなく、旅人の申し出を、却下した。
「イウジェナのこと、頼むなー、ラズウェルさん」
「ああ、任されよ」
「じゃあさっそく行こうぜ!櫓って、意外と見張らし良くて、楽しかったんだよなー」
うきうきと、軽やかな足取りで、出て行くラディを、シウィとロトカが、追う。
「あ、ありがとう、ロトカ、シウィ、ラディ」
「良いってことよー」
ふりふりと、尻尾を振って応える、ラディ。連れ立って歩く、三頭を、見送って、ラズウェルへ、視線を、戻す。
「では、行けると言うことだろうか、姫」
「あ、はい。行け、ます」
「そうか。ありがたい。では、良ければ我が背に。早く戻れた方が、良いのだろうから」
すっと横を向き、膝を折ろうとした、ラズウェルを、止める。
「そのままで、大丈夫」
地面を蹴って飛び上がると、ラズウェルの背に、手を突いて、背にまたがる。
「ふむ、身軽だな。素晴らしい。では、動くゆえ、しっかり掴まってくれ。振り落とさぬようにはするが、なにぶん、あなたの相棒と違って、ヒトを乗せた経験がないものでな」
「大丈夫、落ちない」
ラズウェルの背は、シウィよりずっと高く、広かった。脚でしっかりと、胴を挟み、肩に掴まる。
「苦しく、ない?」
「問題ない。行こう」
速い。
シウィも、村のユキオオカミのなかでは、足が速い方、だけれど、ラズウェルは、それより、さらに、速かった。けれど、上下の揺れは、少なく、滑るように、視界が後ろへ流れて行く。
まるで、飛んでいる、みたいだ。
思わず気持ちが沸き立つも、速いだけに目的地に着くのも早く、あっと言う間に、ラズウェルは、足を止めた。
「着いたぞ、姫、酔ってはいないか」
「大丈夫。ありがとう」
ラズウェルの背を降りれば、足に感じるのは、雪を踏み締める感触では、なく。
「ここは」
辺りを見渡して、わたしは、ラズウェルを振り向いた。
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