愚者への反乱
※近衛騎士隊長視点
少女から渡された毛皮を持ち、国王陛下へ献上するために王都を目指す。
村長は村の境界の櫓まで、見送りに出てくれた。
「お気を付けて、お帰り下さい」
頭を下げる村長を、本当にそうは思ってないだろうなと思いつつ見下ろす。養い子とは言え共に暮らす少女から、親の形見を取り上げた相手だ。
「本当に」
正当な代金を支払うと申し出たにもかかわらず、村長は受け取ろうとはしなかった。
「代金を払わず貰って良いのか」
毛皮はイウジェナのもので、持ち主が対価はいらないと言っているのだから、代金など受け取れないと。
「ええ。イウジェナは一度決めたことを覆したりはしませんから、あとから対価を求めることもありません。どうぞそのまま持ち帰り、叶うことなら、イウジェナの願いを、叶えてやって下さい」
「願い」
二度と、ユキオオカミを狩るために、この地を訪れるなと。
「加えさせて、頂くならば」
村長が、静かな目で私を見上げる。
「間違っても、イウジェナを王に献上しようなどと、思わないで頂きたい」
美しい娘がいたと知れば、国王陛下は確実に欲するだろう。それを避けるには、少女の存在を、国王陛下に知られないようにせねばならない。
我等全員が口を閉ざせば、少女が脅かされることはない。
「……善処する」
私に言える、精一杯がそれだった。
目礼し、馬の頭を道の先へと向ける。
「一晩、世話になった。感謝する」
「どうぞ、間違いなく、毛皮を国王陛下へ届けて下さいますよう」
ああ、それで無事にと言われたのか。納得して、頷く。
今持つ荷物は、ただの成果物ではない。ひとりの少女の、掛け替えのない宝なのだ。道中誰かに奪われたり、亡くしたり、私が死んだりして、国王陛下に届かないなんてことは、許されない。
「ああ。肝に銘じておく」
答えて、走り出す。
視線を感じて振り向けば、櫓の上から、ふたりの青年と二頭のユキオオカミが、こちらを見下ろしていた。
「よろしいのですか」
部下から投げられた問いに、振り向く。
「なんの話だ」
「あの娘の話です。陛下に報告すれば、」
アオォォ……ン
オォォ……ン
アオォォ……ン
遠吠えが響く。近くから、遠くから、何度も。
「これを聞いても、同じことが言えるか?」
「それ、は、ですが、」
「報告すれば、ならば連れて来いと命じられるのは、十中八九我々だ。違うか」
国王陛下は簡単に欲し、簡単に命じる。
想像に難くなかったのか、答えは返らなかった。
「それに」
向けられたからこそ、牙の鋭さはよくわかる。
「あの娘は苛烈だ。激昂すれば、王にさえ剣を向けかねん。剣を奪っても己の身体で、仇敵を殺そうとするだろう。我等はあの娘にとって子殺しの悪鬼。陛下は悪鬼の親玉だ。連れて行けば好機とばかりに、陛下の首を咬み切ろうとするかもしれん。そうなったとき、連座で罰されるのは我々だ」
たとえ我々が、危険だと主張し止めたにもかかわらず、国王陛下が聞き入れなかった結果だとしても、責任の所在は我々にされる。常に誰かを蹴落とす機会を伺っているのが、あの場所なのだから。
「お前たちも、とばっちりで処刑されたくはあるまい」
問えば、反論は上がらない。わかっているのだ、自分たちが身を置くのが、どのような場所か。
「それに、あの少女は、旅人と共に村を出るかもしれないからな。探しに来てもいなかったなんて、馬鹿馬鹿しいだろう」
それだって、我々の咎にされるのだ。ならばまだ、言われたことしかこなせないとでも、思われていた方がマシと言うもの。
ああけれど、そうして守った地位の、なんて虚しいことだろう。
もっと自分に素直に、己が正義のままに生きられたら、どれほど良いだろうか。
せめて。
近衛と知りつつ少女の身で、騎士の集団に斬りかかる、あの少女が。
折れず、曲がらず、己の思うままに。生きていられる場所で、ずっと暮らせると良い。
そんなことを思いながら、私は馬を走らせた。
道中、野盗に遭うことも、野生動物に出会すこともない、平穏な旅路だった。
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