渡り鳥の誘い
「運命を、呪った?」
思わぬ言葉に、目をまたたく。
呪うなど、穏やかな言葉では、ない。それも、自分の運命を、呪う、なんて。しかも、わたしと、会った、せいで?
「偶然、足を滑らせて、斜面を落ちて。その先に、偶然、きみがいて。偶然、姿が見えない状況で。偶然、ユキオオカミだけが、おれに気付いて。偶然、きみの顔を見る前に、怪我の手当てに、連れて行かれて。そのおかげで、きみが誰か、知らないままに、恋に落ちて。偶然、手当てを受けていた場所に、イズラク殿が来て。偶然、家に泊めてくれることになって。そうして、恋した相手に、再会したら、偶然、おれから故郷を奪った王族の、御落胤だった、なんて」
ああ、そうか。偶然も、ここまで、重なれば。
「操られた、運命みたい、だろう」
わたしから、手を離し、旅人は、自分の身体を、抱く。
「ヒトを、恨む気持ちは、もう、あまりない。だが、もしも神がいるならば、そいつの、ことは、怨めしい。神が、統治者を銀髪の女と、定めなければ、王兄も、姉も、姉の恋人も、もっと心安く、過ごせて、こんな、歪んだ状況にも、ならなかった、だろう」
このひとは。加害者とも言える者まで、神に振り回された被害者と、許すのか。
自分だけを、被害者と思い、すべてを恨んでしまえば、どれほどか、楽、だろうに。
「だからこそ、まるで、女神の手に、転がされたような、状況が、腹に、据えかねた。こんな気持ちは、まやかしだ、間違いだと、思おうとした。けれど、想いは揺らがず、それならば、いっそ、きみから、切って、貰えればと」
「それは」
つまり、最初から、断られる、つもりで?
「きみが、逃げてくれて、ほっとして、いた。すまない」
十年目にして、知った衝撃の、事実に、ぽかん、と、気の抜けた、顔をした。
「……ファーストキス、だったんです」
家族とユキオオカミ以外に、口付けをされたのは、初めてで。
「……すまない」
言い訳もなく、旅人は、頭を、下げた。
「村を出て、会わなければ、もっとべつの、良い出会いがあれば、忘れられると、思った。忘れて、そののちに、もういちど、きみの幸せを、見届けようと。だから」
頭を上げた、旅人の視線に、射竦められる。
「いま、この村に、来るつもりは、なかった」
その、論を、通す、なら。
「けれどおれは、また足を滑らせて。落ちた先には、きみが、いた。変わらず、ユキオオカミと、親しみ、ユキオオカミに、愛される、きみが」
旅人が、深く、深く、息を、吐く。
「おれは、故郷に帰るつもりはない。きみを、連れて行けば、手のひらを返したように、歓迎されると、しても。あんな馬鹿げた掟が、まかり通る場所の、渦中にきみを、巻き込みたく、ない」
でも、と旅人は、自分の手のひらを見下ろす。
「これが、女神に造られた気持ちなのだと、しても。きみが、愛しい。恋しい。おれの日常に、きみが、いて欲しい」
目を閉じ、手を握り、そしてどちらも開いて。旅人は、わたしに、手を、差し出した。
「どうか、おれと共に、村を出て、共に人生を、歩んでは、くれないだろうか」
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