旅人の答
『なぜ、旅をしているの?』
そう、問い掛けたことは、よく、覚えている。
だが、その問いに対する答えは。
「おぼえて、いない……」
ポツリ、と答えたわたしに、旅人は、瞬間、残念そうな、顔を、して。けれど、すぐさま、表情を、取り、繕った。
「そうか。まあ、十年も、前のこと、だからな」
「尋ねた、ことは、覚えている、けど、答えが、思い出せ、ない」
「そのあとに、おれが、話した、ことは?」
なにを、話したか。
顔に、熱がたまって、両手で顔を、覆う。
「話の、内容は、覚えて、ない……」
されたことに、驚いて、全部、飛んで、しまった、のだ。
旅人が、はっとして、片手で顔を、覆う。はみ出た顔も、顔を覆う、手の甲すらも、赤かった。
「そ、れは、覚えて……その、すまない、おれも、ガキで……」
ガキ。
あの頃は、旅人は、大人なのだと、思っていた。
「あの、あなたは、いくつ、ですか?」
「今は二十四だ」
それなら、十年前は、十四だった、のか。
「いつから、旅を?」
「十で、故郷を追われた」
十で。
「故郷を追われるだけで済んだから、おれはまだ、易しい罰だった。姉や、両親は、首を落とされた、から。そうだな。きっと、彼が減刑して、くれたのだと、思う。供も、付けて貰った」
「供も?」
けれど、記憶が確かならば、旅人は。
「女王がそれで、おれを許しても、配下が納得するとは、限らない、からな。旅先で、何度も、命を、狙われた」
そんな、だって、罪を犯したのは、旅人の、姉で。
「あなたに、罪は」
「貴族とは、そう言うものだ。それに、親は、殺されたからな。おれが、復讐に走るのではないかと、危惧、したのだろう」
旅人の顔に、恨みの気持ちは、なかった。
「供だったひとは、何度目かの襲撃で、おれを逃がしたときに、はぐれた。生死は、わからない。おれは、命辛々逃げて、ユキオオカミに、救われたんだ。ラズウェル殿の、息子の群れに、匿われて」
「それで、面識が」
旅人が頷く。
「生き延びるすべを、教えてくれたのは、ユキオオカミだ。一年ほど、ユキオオカミと旅してから、また、ヒトの暮らしに戻った。一年で背も延びて、顔立ちも変わっていたから、見付かることもない、だろうと」
「ユキオオカミと、ずっと一緒にいれば、安全だったん、じゃ」
「確かにそれも、ひとつの手段だった。ユキオオカミたちも、それで良いと、けれど」
旅人が、目を細める。
「それでもおれは、ヒトだから。ヒトと共に在ることを、捨てられなかった」
「旅を、続けるのは」
「旅人は、誰にとっても他人だ。行く先の者にとって、非日常の異物。もし、おれをまだ殺そうとしている者がいたとして、周りがすべて他人なら、巻き込まれる必要もない」
「だから、ひとりで」
理不尽に、故郷を追われ、命を狙われても、このひとはヒトをまだ、愛しているのだ。
「ここ数年は、ラディと一緒だ。ほんとうは、ラディだって共にいるのは、良くないが、あいつは、強いから。人間相手に、やられはしない。足も速いし」
「良かった」
わたしにシウィが、いたように、このひとに、ラディが、いて。
けれど、十年前に聞いた答えは、そんな内容では、なかった、ように、思う。
「十年前は、別の答えを言った」
見透かしたように、旅人は言う。
「『旅人は誰かの非日常になることが日常だ。誰にとっても、非日常の存在。だが、いつか、おれと共に在ることを、日常としてくれる相手を、得たいと思って、そんな相手を探すために、旅をしている』」
聞くうちに、記憶が、蘇った。そうだ、あのとき、そう、このひとは語って。
「彼のやったことは、若さゆえの愚かな行為、そうとだけは、思えなかった。愚かとわかっていても、止められないほど、思いが、強かったのではないかと。そんな、過ちを犯すほどの思いを、おれも、持てるなら」
痛みのにじむ顔で、旅人は笑った。とても、寂しい、笑顔だった。
「成功などしない。失敗すれば、家族も友も無事では済まない。そう、わかっていながら、女王に逆らった。そんな姉の気持ちも、理解してやれるかも、しれないと」
「お姉さん、は」
「女王の息子と恋人だった。女王にはいま、銀髪の娘がいない。それなら、白銀の髪の王子に、王位を認めるべきだ、どうしてもそれが許せぬなら、自分が女王になると」
白銀の髪と、灰白色の瞳は、女神の色だと、かつて、聞いた。
女だ、男だと、とやかく言うのは馬鹿らしい、と、わたしは、思う、けれど。
「統治者が、女王でないと、許されない、のは」
「王家の始祖が、女神の血を引くと、言われている、からだ」
息を吐く。
宗教は、理論の外のもの、だ。
「あなたが、十年前」
声が、震える。
「わたしに、村を出ないか、訊いたのは」
そうだ、そう。わたしの問いに、答えたあとで、旅人は。
『きみが、その相手であれば、良いと、思う』
忘れていた、言葉が、頭の中で、響く。
女王の娘に、銀髪はいない。わたしが、王兄の、娘ならば。
「復讐の、ため?」
旅人や姉より、わたしは直系に、近い血だ。
もしも銀髪の娘がほかに、いないなら。銀髪の娘しか、統治者になれないと、言うなら。
女王の血を継ぐ銀髪の娘を連れ帰ったなら、旅人の故郷は、旅人を受け入れるしか、なくなるのでは、ない、だろうか。
旅人の姉は、王位を欲して、反逆者として、処刑された。
だがもしも、女王の側が、旅人の連れて来た娘に、王位を継いで欲しいと、願うなら。そして、その娘が、伴侶として旅人を、望むなら。
旅人は、姉が欲し、得られなかったものを、女王から得る、ことができると。
それはまさに、復讐に、なるのではない、だろうか。女王に、そして、その配下と、故郷のしきたりに、翻弄された、旅人は。
復讐を、望んで、いないだろうか。
思わず、顔をそらし、シウィの腹に、顔を埋める。
もしも、そうだと、言われたら。そして、今も、そのつもりだと、言われたら。
わたしは、一体、なんと、答えるだろうか。
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