旅人は語る
鎧戸に遮られた、ほのかな陽射しの、なか、目を、覚ます。
どうして、寝ているの、だったか。
空腹を、覚えて、身を、起こす。
そうだ、夜番の、あと、旅人と、話している、途中で。
ふと、ヒトの気配を感じて、視線を、めぐらせ、肩を、跳ねさせる。
ここは、わたしの、部屋で。わたしは、布団に、寝ていて。
その、布団の、横。壁にもたれて、旅人が眠って、いた。
部屋は別に、用意されていた、はず、なのに、どうして、ここに。
思わず床を這って近寄れば、気配を感じたか、旅人が眉を、寄せる。眠っていても、険しい、顔だ。
「ん……」
小さく唸った旅人が、まぶたを、開いて。
目が、合った。
「イウ、ジェナ……」
「あ、の、お、はよ、う?」
「ああ、夢か」
夢じゃないが?
どうやら寝ぼけて、いるらしい、旅人が、わたしの腕を、掴んで、引く。
「おはよう、イウジェナ」
腕を引かれ、頭を引かれ、唇を啄まれる。そのまま、腕のなかに入れられて。
「ああ、良い、夢だ」
だから夢じゃない。
ペシペシ、と、旅人の肩を、叩く。
「どうか、したか?」
「起きて、欲しい」
ちゃんと。
「おれは、起きて、」
旅人が、固まる。
数拍のあと、そっと、腕を、解かれた。
「すまない、寝ぼけて、いた」
そらされた、顔が、赤い。
「どんな、夢を、見た、つもりで?」
「それは、その」
赤い顔が、ますます、赤くなる。面白い。
思わず身を乗り出した、わたしの背が、引かれる。
「うわ」
体勢を崩して、後ろに、転がる。ふわりと、背中が、温かい毛皮に、包まれた。
「シウィ」
わたしを巻き込んで、シウィが座る。バサリ、と、振った尻尾が、旅人を、叩いた。
「すまない、シウィ。やましい気持ちでは、ない、とは、言えない、な」
もういちど、ベシン、と、シウィの尾が旅人を、叩く。
ええと、怒って、いる、だろうか。旅人に?なんでだ?
「その、勝手に、寝顔を見て、すまなかった。その上、眠って、寝ぼけて」
「べつに、構わない、けど」
シウィがいたから、なにか問題が、あれば、撃退してくれた、はずだ。
「構ってくれ。きみは、年頃の、女、だろう。男に、隙を、見せるな」
「大抵の男より、シウィの方が強い、から」
「それは間違いない、が……いや、こんな話は、今はいいんだ」
旅人が居住まいを正し、
「怪我した、足を、尻に、敷かない!!」
「いやしかし」
「敷 か な い」
「……わかった」
旅人は、あぐらを組んで、背筋を伸ばす。
「すまなかった」
わたしの、目を見て、言って、おもむろに、頭を、下げる。
「構わない、って」
「その話では、なくて」
顔を上げた、旅人の表情は、真剣、だった。
「イズラク殿と、ジェニアナ殿の死に、気付かず、すまなかった」
「え?」
「知っていれば、すぐにでも、迎えに来た、ものを。こんなに、遅くなって、すまなかった」
「ど、して?」
そんなもの、この旅人が、謝ることでは、ない。だって、迎えに来る、ような、義理は、なにも。
「おれは」
歯痒そうに、旅人が、言い淀む。
「きみの、父親を、知って、いる」
「ちち、おや」
「育ての親、ではない。血の、繋がった、父親、だ」
思い、がけない、言葉に、思考が、止まる。
「彼は、おれの、故郷の、女王の、兄だ」
旅人が、吐き出す言葉が、意味をなさぬまま、頭をすべって、行く。
「おれの故郷は、女系の土地で、たとえ直系長子でも、男に継承は、許されない。だから、彼は、故郷を捨て、旅に出た。旅の途中、出会った女性に、恋をした。その女性が、ジェニアナ殿だ」
ジェニアナ。母の、名だ。
「彼も、ジェニアナ殿も、若かった」
そうだろう。当時母は、結婚前で。今のわたしよりも、歳は下だったはずだ。
「家を捨てたとは言え、彼は女王の血族。ジェニアナ殿も、許嫁との結婚を控える身。けれど、ふたりは恋に落ち、身体を繋げて、しまった」
それを悪いとも不義とも言わず、旅人は淡々と続ける。
「己が望みのままに、身体を重ねて、それから、我に返った。もしも子供を、授かっていたらと。彼は、ジェニアナ殿を、妻にすることは、出来なかった。もし、生まれた子が白銀の髪の娘だったなら、王位争いに、巻き込まれることに、なるから。愛した女性と、その子供を、争いに巻き込むことは、彼の本意ではなかった」
女王の血を引く、白銀の髪の娘だけが、女王を継ぐことが出来る、と、旅人は謳う。
「だから、彼は、首を落とされる覚悟で、ジェニアナ殿の婚約者、イズラク殿に、頭を下げた。自分のことは、好きに罰して構わないから、ジェニアナ殿のことは、咎めないで、欲しい、と。イズラク殿は、彼のことも、ジェニアナ殿のことも、咎めることはせず、婚約も破棄せず、ジェニアナ殿を妻にすると、言った」
「どうして」
「イズラク殿の気持ちは、わからない。けれど、」
旅人の目が、わたしを、見る。険しい顔立ち。けれど、わたしを見下ろす、目は、暖かかった。
「生まれる子に、罪はないと、思ってくれたのではないかと、思う。だから、彼に代わって、父親として、子供を守ろうと」
「……父さん」
自分とは、似ても似つかぬ、子。不義の、子。
けれど父が、わたしに冷たく接したことは、一度も、なかった。大事に、大事に、育てて、貰った。
「彼は、父親を名乗らぬ、代わりに、愛するひとと、生まれるかも知れぬ子を、守るようにと、自分の旅の相棒を、イズラク殿に預けた。それから、困ったときに、使えるようにと、ジェニアナ殿に、立派なユキオオカミの毛皮を。冬に羽織れば寒さをしのげ、いざとなれば、売って金に、替えられるようにと」
シウィが頬を舐めて、初めて、自分が、泣いている、と、気付いた。
「彼は、子供の誕生を待たず、イズラク殿とジェニアナ殿の、祝言だけ見届けて、村を去った。そうして、また一年、当て所もなく放浪してから、故郷に戻った。故郷で命じられた婚姻を結び、いまは、女王の補佐を、している。妃とのあいだに、子供も授かった。イウジェナ。きみの幸せを、壊すことが、ないように」
勝手だ。母も、実父も。だって、父の気持ちは?妃の気持ちは?すべて、踏みにじっている。身勝手に、溺れた恋の、ために。
「おれは、二代前の王兄の曾孫で、女王の血を引いてこそいるが、王位継承権を持つほどじゃ、ない。ただ、姉が、白銀の髪で生まれた」
「それ、は」
「髪色のせいで野心を持った姉が、反逆罪で、捕まり、連座でおれも、故郷を追われた。とばっちりを憐れんだ彼が、出国間際に十分過ぎるほどの路銀をくれて、その代わりにと、頼みごとをして来た。『もし、リンと言う村に行くことがあって、ジェニアナと言う女性に出会ったら、その女性と、子供がいるならその子が、無事に暮らしているか、確かめて欲しい。もし、不幸になっているなら、助けてやって欲しい』と」
勝手だ。やっぱり。
「十年前、この村に来て、きみを見付けて、その母親が、ジェニアナ殿と知って、彼の言う『ジェニアナ』がジェニアナ殿であると、確信した。それくらい、きみは、彼によく似ている。イウジェナ」
視線を落とせば、父にも母にも似ない、白銀の髪が目に、入る。これは、やはり、実父の色、なのか。
「イズラク殿と、ジェニアナ殿は、仲睦まじい夫婦に見えたし、イウジェナ、きみも、両親に大切にされて、幸せそうだった。だから、大丈夫、だと」
旅人は、ひどく悔しげに、顔を歪めて、いた。
「まさか、一年後に、ふたりが、亡くなっていた、なんて、思いも、しなかった。こんなことなら、もっと頻繁に、様子を、見るように、していれば」
「そんな」
実父が勝手な頼みをした、だけで、旅人は、なにも、責任はない。
「あなたの、責任、では、」
旅人が身を乗り出し、わたしの、口を、ふさぐ。
「おれの、背負うものに、させて、欲しい」
どうして。
視線で問えば、苦笑した旅人は、問いを、返した。
「十年前、『なぜ、旅をしているのか』と、きみに問われて、おれがなんと答えたか、覚えている、だろうか」
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