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沈黙の蓋

※リーフィン視点

「おー、おはよー、リーフィン」

 昼食用の弁当を片手に櫓へ昇ると、櫓の梁で懸垂をしていたロマが、梁にぶら下がったまま笑った。

「また、片手間かよ」

「いやいや、ちゃんと見てるって」

 ぱっと手を離して床に降り立ち、ロマは、うーん、と伸びをする。

「でも、ずっとじっとしてたら、寒いし鈍るだろ。いざってときに動けるように、ほぐしておかないと」

「ロマは筋肉鍛えたいだけだろ」

「まあそうだけど。アズーロも見ててくれるし、大丈夫だよ」

 言いながら、ロマが相棒のユキオオカミをなでる。

「それより、リーフィンがこっち来て良いのか?騎士の面倒、見てなきゃだろ?誰かに櫓番替わるかと思ってた」

 朝や夕方のあわただしい時間帯を除けば、基本的に櫓番は二人体制だ。イウジェナは誰かと長時間一緒にいるのを嫌がって、ひとりで詰めていることが多いが。

「もう村を出るらしいから」

「そうなのか?」

 ロマが意外そうに目を見開く。

「王命でユキオオカミ狩りに来たんだろ?仔狼をイウジェナに取り上げられたから、もっと粘ると思ってたけど。ああ、もしかして、イウジェナが仔狼の毛皮を渡したのか?」

 ロマの言葉に、苦い気持ちが湧き上がる。

「違う」

「じゃあ、単純に諦めた?」

「いや」

 ユキオオカミの毛皮は高く売れる。だから、この村にとっては貴重な収入源で。心から感謝し弔った上で、行商先で売り払ってしまう。

 だから、この村に、騎士に渡せる毛皮はない。

 なにか思い入れがあって、売らずに残していない限りは。

「イウジェナが、元々持ってた毛皮を渡したんだ」

「元々って、それ、だって」

 狭い村だ。村人は、みんな顔見知りで、なにかあればたちまちに知れ渡る。

 だから、みな、知っているのだ。

 イウジェナが大事に持っている立派なユキオオカミの毛皮が、イウジェナの本当の父親が、生まれる子供のためにと遺したものであると。

「いや、確かに、あの毛皮なら、国王だって満足するだろうけど」

 ロマは態度や口調は軽くとも、気っ風の良い青年で。女だてらに商隊や櫓番に混じるイウジェナのことも、よく面倒を見て可愛がっている。

 この、一つ年上の青年より先に独り立ちを認められるのだと、リーフィンは躍起だったくらいだ。

「だからって、イウジェナは、大丈夫、ああ」

 今もイウジェナを心配して、けれど、途中でなにかに気付いたように言葉を止める。

「もう、必要ないのか」

「え?」

 言っている意味がわからず、聞き返す。

「迎えに来たんだろ、実の親の、関係者が」

「は?」

 意味がわからない。

「それ、どう言う」

 ロマが苦笑して、頭を掻く。

「いや、イウジェナが誰かと夜番なんて、珍しいなと思ったけど、あれ、昔一回来てイウジェナの家に泊まった旅人だよな」

「夜番?それに、昔来た旅人って」

「覚えてないか?ほら、まだイウジェナの両親が生きてた頃に、顔のおっかない旅人が来たこと、あっただろ?なんか見覚えのある顔だなって、思うわけだよ。顔が怖過ぎて、記憶に焼き付いてたわ」

 話に、ついて行けない。

「ロマ、なに言って、旅人?来てるのか?」

「あれ?リーフィン会ってないか?ああ、夜番開けだしすぐ寝たのかな」

 アズーロを背もたれに座り込んで、ロマは言う。

「朝の交代の時にさ、イウジェナと、知らない男が一緒だったんだよ。どうしたんだって訊いたら、怪我をしたから櫓で休んで貰ったんだって」

「櫓で?」

「ほら、昨日は騎士が泊まってたし、泊まることもないもんなと、そのときは納得したけど、にしたって櫓で一晩はないよなって。だからよほど、気を許してる相手なのかと」

 イウジェナは、村の者とだって、誰かと一緒に夜番はしたがらない。シウィがいるからと、いつもひとりで櫓番をしているのだ。

 いくら怪我人で、休ませる必要があったからと言って、一晩櫓で一緒にいるなんて、あり得ない。

「それが、十年前に来た旅人だったって?」

「じゃないかなって。さすがに十年前だからさ、はっきり覚えてるわけじゃないけど、たぶん同じひとだと思うよ」

 言ってロマが、あーあとアズーロに寄り掛かる。

「重たい」

「慰めてよ、アズーロ」

 アズーロの文句に、ロマは軽く返す。

「どこの馬の骨とも知れない男に、好きな子取られちゃったんだから」

「好きな子」

「気付いてたろ、リーフィン」

 あくまでさっぱりとした口調で、ロマは笑った。

「シウィ以外、誰も身内にする気はないのかと思ってたけど、違ったんだな」

「あの、旅人が、イウジェナの父親の知り合いで、迎えに来た、って?でも」

 十年前は、イウジェナを置いて行ったじゃないか。

「十年前とは、状況が違うだろ?」

 俺の思考を読んだように、ロマは言う。

「十年前は、イウジェナの両親が生きていて、ふたりとも、イウジェナを大事にしてた。イウジェナも、両親には懐いてたし、旅人のことは怖がってた」

 今は、イウジェナの両親は死に、祖父母も鬼籍だ。村長夫婦に引き取られ、それなりに可愛がられているが、イウジェナは早く独り立ちしたがっている。

「旅人のことも、ちょっと立ち話しただけだけど、怖がってる様子じゃなかったよ。むしろ、並んでいるのが自然に見えた」

「だからって」

「まあ、イウジェナが旅人と村を出る判断をするかは、わからないけど」

 ロマは肩をすくめる。

「でも、本人に会えるなら、よすがを持つ必要はなくなるのかなって、ちょっと思っただけ」

「なんで、いまさら」

 十年も、放って置いたくせに。

「まあ、両親が死んだことは、知れなかっただろうし」

 ロマが目を細めて、遠い山の向こうを見る。

「十七にもなれば、この村の娘なら結婚してるだろ?幸せになったことを、確かめに来たのかもしれない。それで、親もなくして、いまだに結婚もしてないって知れば、それなら一緒に来ないかって、なるだろ」

 まあ推測だよと、ロマは笑う。

「実際はどうかわからない。ただの赤の他人で、怪我を気にして櫓に置いただけかも。ひとと関わりたがらないだけで、真面目だし優しいからな、イウジェナ」

 イウジェナは真面目で優しい。否定するつもりはない。シウィに乗れるからと剣の腕を磨き、行商に混じっても足を引っ張ることはないと言う。かと言って、収入源であるレース編みの手を抜くこともない。村長夫婦のこともよく助け、支えている。

「でもさ、考えてもみろよ」

 笑みを消したロマが、俺を見る。

「十年前とは状況が違う。今もし、村を出ないかって誘われたら、イウジェナはどんな判断をするか。村に残ると、お前は思える?」

 もし、本当に、十年前の旅人が来ていたなら。

 答えられないリーフィンに、ロマはそれ以上答えを求めることはなく、だよなぁと笑った。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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