許されぬもの
「シウィ」
階段を昇りながら、後ろをついて来るシウィに声を掛ける。
「シウィは、ごはん、食べて来て、良いよ」
わたしに付き合う、必要はない。そう思っての言葉だったが、シウィは従わず、鼻先でわたしの背を、押した。
「ごめんね」
真実は、知らない。けれど。
シウィも、あの毛皮も、わたしが生まれる前に、この村を訪れたと言う、旅人が残した、もの。
あれは恐らく、シウィの親の、毛皮だ。
「ごめん」
シウィが話せないのを、良いことに、わたしはシウィから、親の形見を奪った、のだ。
シウィは鳴きも唸りもせずただ、わたしを自分の部屋へと、押し、やった。
部屋へ入り、扉を閉めようとした、その時。
「イウジェナ」
扉に手が、かかり、名前を、呼ばれた。
「あ」
痛みを含んだ表情をした、旅人が、こちらを見下ろして、いた。
そうだ彼は、足を怪我、して。
ここなら明るいし、道具も薬も揃って、いる。暗い櫓よりはマシな、手当てが、出来る。
「足。手当て、します。入って」
旅人の、手を引き、部屋へと、引き込む。
「え?足?いや、そんなことは、いまは、」
「手当てをおろそかにして、悪化したら、どうするんです。さあ、座って」
丈の足らない、部屋着だから、痛めている足首が、よく、見える。湿布どころか、包帯も、巻いていない、ではないか、この、ひとは。
湿布薬と、包帯を取り出し、湿布薬を付けた足首を、包帯でしっかり、固定する。
「きちんと、治さないと、癖になり、ます。ちゃんと、固定、して、安静に」
やはり呪い師の、ところに、行って貰った方が良い、だろうか。
「ああ、すまない。気を付ける。が、おれの怪我など、どうでも、いいんだ」
「良くないです」
「……怪我は、気を付ける。手当ては、終わった。話を、移させて、くれ」
旅人が、わたしの肩を、掴む。
ただでさえ、険しい顔立ちが、より険しく、なって、まるで鬼の、ようだ。
「あれは、大事なもの、だろう」
「あれ?」
「あの、毛皮」
ぐ、と、息を詰めて、シウィに目を、やる。
「それは、でも、」
塩漬けにした仔狼の皮を見る。騎士たちがいるあいだに、見せるわけには行かないから、簡易的だが防腐処理をした。
「仔狼の皮は、渡したく、なくて、だから、」
「両親の、ものは、ほとんど、遺っていないの、だろう。それに、あれは、きみの父親の」
「でも!」
自分勝手でも。シウィの親の形見を奪っても。
「ユキオオカミの、毛皮が手に、入らなければ、次はなにを、されるか、わからない!」
「だからと言って」
「シウィに償いは、これから、必ず、する」
「シウィだけの話な、ものか。あれは、きみにとってだって」
「なら!」
それでも仔狼の皮以外に、差し出せるものは、あれしか、なかった。
旅人の胸に掴み掛かって、噛み付くように問う。
「ほかに、どう、出来たの!」
しがらみがなければ。ここ一帯のヒトの命を考えなければ。いくらでもやりようはあった。
ユキオオカミは、ヒトが立ち入れないような、極寒の山奥でも、生きられる。もちろん獲物の多寡や、住みやすさに違いは、ある。けれど、ヒトに煩わされるのを、厭うなら、ヒトのいない、ところに、彼らは行ける、のだ。
あるいは仔狼の仇を全員咬み殺すことだって、ユキオオカミには出来る。それで人間がユキオオカミを殺そうとしたとして、大人のユキオオカミならば、人間ごときにそうそうやられはしないのだから。
やらないのは、やらせないのは、そうすればここ一帯の人間は死ぬことが、わかっているから。
顔が歪む。きっと、いま、ひどく、醜い顔を、している。
わたしは、わたしの自己愛で、シウィの心も、親の思いも、踏みにじった、のだ。
「わかってる!」
償えるような、ことではない、と。
「わかって、る……」
許されるような、ことではない、と。
それでも、仕方ない、と、言い訳をして、わたしは。
「イウジェナ」
旅人が、うつむいたわたしを、呼ぶ。
「すまない。責めたかった、わけじゃ、ない」
背を引かれ、硬い腹に顔を埋められる。
「きみは、悪くない。なにも。間違って、いない」
力強い腕が、身体を、包み、大きな手が、背中を、なでる。
「イウジェナは、悪くない」
子供を、あやすような、穏やかな、声。
「すまない。イウジェナ、すまなかった」
静かな、声は、子守唄の、ようで。
そんなに、謝らなくて、いい。
そう、告げる、前に。
「知って、いれば、もっと」
わたしは、眠りに、落ちて、いた。
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