必要な悪
盥一杯に用意された湯に浸かる前に、洗面器に湯を移して、髪を浸す。血を含んだ髪を浸せば、たちまちに、お湯は真っ赤に、染まった。ほとんどの血は、髪と服に吸われていたが、所々は、肌まで血で、染まっている。
それだけ血が、流れたのだ。
深く息を吐き、部屋の隅に置いたユキオオカミの子供の毛皮を見る。
あれを渡せば、騎士は引き下がる、だろう。階下にいた騎士は、シウィやラディを恐れているようだった。ユキオオカミの恐ろしさは身に、染みていて、だが、王命だけに、諦めるわけにも、行かない、のだ。
お湯を変えて、もう一度血を流してから、髪と身体を洗う。どこもかしこも、血の匂いが、染み付いていた。
仔狼の皮を渡せば彼らは王に言い訳が立つ。無理にほかのユキオオカミに、手を出す必要もない。
けれど。
無垢な毛皮を強欲で愚かな王の手に、渡したくない。
ざばり、と、頭からお湯を被る。流れ落ちたお湯は、まだ、赤かった。
もう一度、髪と身体を洗い、お湯を被る。
ようやく、お湯を赤く、染めなくなった身体を、盥の湯に、浸ける。
「シウィ」
石鹸の泡を嫌がって、離れていたシウィ、を呼べば、ととと、と、近付いて、来た。
「ねぇ、許して、くれる?」
シウィはまだ、話せない。ラディは、よく喋っていた、から、ラディの方がシウィより、年嵩、なのだろう。
明確な答えがないのを、良いことに、許されたと思う、ことにする。
「ありがとう」
盥のふちに背を、預けて、目を閉じる。どこかから、遠吠えが、聞こえた。
「ごめんね」
呟けば、ペロリ、と、頬を、舐められた。息を吐いて、笑う。
「ありが、とう」
この村には、恩が、ある。親を亡くした、不気味な髪の、子供を、捨ても売りもせず、ここまで育てて、くれた。
だから、仕方、ない。
仕方ない、のだ。
パシャリ、と、お湯で顔を、洗う。
飛沫の流れ弾に当たったらしいシウィが、クン、と、鼻を鳴らした。
「ごめんごめん」
謝って、濡れた手でシウィをなでれば、露骨に、迷惑そうな顔を、された。シウィは綺麗好きだ。
仕返しとばかりに、洗ったばかりの顔中を、舐められる。
「やめてやめて」
反撃に、パシャン、と、お湯を、跳ねさせる。
「大丈夫。泣いて、ないよ」
もう一度、お湯で顔を洗って、盥から抜け出す。待っていたとばかりに、シウィが残り湯に浸かった。盥にお湯を張ったときは、いつもこう。シウィは綺麗好きだ。
お湯に真っ白な毛を揺らす、シウィを、横目に、濡れた身体を拭く。いまいちど、隅の毛皮を見て、息を吐いた。
放って置いても痛むばかりだ。きちんと洗って、鞣さないと。
長く深く、息を吐き出して、呟く。
「大丈夫」
仕方ない。わたしには、シウィがいる。だから、大丈夫。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




