思い出話と恋心
翌朝、二人が泊まっていた宿屋に、セル宛ての来客があった。レッカーに呼ばれたセルが顔を出すと、記憶の中のその人物とは少し違った少女の姿。
「もしかして……メグ?」
「おひさしぶりです、セルさま。母のお使いで来ました」
丁寧な仕草で頭を下げながらそう言ったのは、シーラと近い年代だと思われる少女だった。
「セルさまが街にいたとリタに聞いたもので、うちに招くようにと」
「そうか、リタとメグは従姉妹同士だったね」
「はい」
情報源に納得してセルは頷いた。リタの母親は早くに亡くなっており、出稼ぎに行っていて留守がちな父親の代わりにメグの母親が面倒を見ている。そしてそのメグの母親は、確かゼシスとはよく知った仲だった筈だ。
しかし彼女から呼び出しとは珍しいこともあったものだ。ゼシス絡みで知り合ったこともあり、以前より良くしてくれてはいたのだが、どこか一線を守っている様子も見られることがあったのに。
もしかすると今回は、シーラが共に居ることも関係があるのだろうか。
「とにかく行ってみよう」
振り返ったセルに、言われるまでもないとばかりにシーラはツンとして頷く。先を行くメグに付いて向かった先は、一軒の普通の民家だった。
ただいま、と声をかけるメグを出迎えるようにして現れたのは、一人の女性。成人以後は成長が極端に遅くなるか、一度止まってしまうという魔族は、見目から実年齢を測るのは難しい。ただ情報として、セルは彼女がゼシスと同年代だと知っていた。
「いらっしゃい、フレ──っと。セル坊や」
「いい加減『坊や』はやめてください、マーラさん。そんな歳ではありません」
「あらあら、そうだったかしらね」
顔を合わせるなりにこりと笑って言った女性・マーラに、セルは少し拗ねたような表情を向ける。だが当のマーラは意に介した様子も無く笑っただけだった。
「セシル様もお久しぶりね。お茶を用意するわ、お上がりなさい」
奥に入っていくマーラと、彼女を追うセルの背を見送る。何度か会ったこともあるマーラは、時折メグを連れて遊び相手をしに城へ来てくれていた。“セシル”が魔王になる前までの話だ。それ以降は、何度か城へ来てくれていた彼女らを、忙しいことを言い訳に何度も追い返した。
椅子に座り、目の前に差し出されたカップを取り上げる。顔に寄せると、甘やかな優しい香りが鼻をくすぐった。
「相変わらずそそっかしいわね、セル坊やは。何だって魔王の水晶球を壊すなんてことになるのか」
「弁明のしようもありません……」
ふふ、と笑うマーラと、眉尻を下げて困ったように顔を俯けるセル。何だか見ていて面白い光景だが、それよりも彼女がセルを呼び出した理由が気になる。
今の言葉から、先日セルが手紙を送った中にマーラも含まれているのだろうと予想は出来るが。
「マーラ、話を」
「ああ、そうね。まずは、ごめんなさい。水晶球の欠片についての情報は、わたしの所には来ていないわ。ただ、せっかく二人がこの街に寄ってくださったのなら、少し昔話をしておきたいと思ったのよ」
自分のカップを持って空いた椅子に座りながら、マーラはそんなことを言った。まるで、二人が共に居る時間が出来ることを、初めから分かっていたかのように。その時──今この時の為に、これまでは話さなかったとでも言うように。
そっと、カップをテーブルに置いて、ゆっくりと目を閉じる。
「私が城に召されたのは、八つの時だったわ。城内に、王子の遊び相手を出来る者が居ないからと、近しい年代の子供を数人集めて『お相手役』として召し抱えられることになったの」
当時は二人居た王子。その弟の方が随分とやんちゃで、城の者では手に負えなかったとのことだった。それがゼシス・レイナー──後に魔王となる者だった。
ゼシスは学面でも能力面でも優秀だったが、とにかく自由で奔放だった。十にも満たない歳で、城の警備の目を掻い潜っては抜け出し、ふもとの街へと遊びに行く。
当時は同年代の子供達の中でも内向的で、人見知りも強く大人しかったマーラはそんな奔放な王子のお相手役なんて絶対に無理だと思っていた。だけど当のゼシスは、そんなマーラにも当然のように手を差し出してきたのだ。
『変わった本を読んでるな。オレにも見せてくれよ』
楽しそうにはしゃぎ遊ぶ他の子供達と同じ輪に入れずいつも片隅で本を読んでいるだけだったマーラに、彼はそう声をかけた。
『でんか……』
『あー、やめてやめて、オレその呼ばれ方嫌い。ゼスって呼んでよ』
無邪気な笑みは、飾らない言葉は、一瞬にしてマーラの心を解いてしまった。
それから、唯一マーラが彼と同じ歳だったこともあったが、だからと言って彼の時間がマーラに割かれることは少なかった。他の子供達と遊んでいる時の方が生き生きとしていたし、例えマーラの傍に来ても、互いに黙って本を読んでいるだけだった。
その時間が、決して嫌いではなかったし、いつからか僅かばかりのその時間が、そしてゼシス自身が好きなのだと、マーラも思うようになっていた。
そうして六年ほどの時が流れた頃、城内では異変が起きていた。何も知らず、いつものように庭ではしゃぎ回り遊ぶ子供達の中で、ゼシス一人が突然止まりどこかに目を向けた。城内への扉の方向だったが、その扉よりももっと向こうを見ているような目で。
そして間も無くして、その異変の理由は分かった。ゼシスの兄である第一王子が反逆を起こしたのだ。理由は単純で、次の魔王に指名されたのが兄王子でなく、当時更に才覚を伸ばしており優秀さに磨きがかかっていた、弟のゼシスだったから。
まずは父王を殺し、城内の警備や臣下、召使いなどを次々と殺したのだという。最後にゼシスを殺そうと庭へ出て来た兄王子の姿を見て、恐れ慄いた子供達は彼を置いて逃げ出した。
『! バカ、俺から離れるな!』
『うるさい! お前なんか、王子じゃなきゃ遊んでねぇよ!』
『アナタなんかのために死にたくない!』
それぞれに罵声を浴びせては散っていく子供達の間を抜けて、伸ばしたまま行き場を失っていた手を握ったのはマーラだけだった。その間にも逃げる子供達は次々と兄王子に殺されていて、だけどその目にマーラが映った瞬間、ゼシスは彼女に視線を固定した。
『マー……』
『わたしは! はじめて殿下にお声をかけていただいたときに、殿下のために命を使うと決めています!』
誰より大切だと、叶わぬ恋心を抱いたその相手を、決して裏切りはしないと。自分が死しても彼を守ろうと、そう決めた。
抱え込むようにしてゼシスを庇ったマーラに、他の子供達を殺し終えた兄王子が容赦なく攻撃魔法を向ける。肩口から見えるその光景に、ゼシスは彼女の脇下から自分の手を出しては兄王子の方へとかざした。
『シルト』
耳元で、それまでマーラが聞いた事も無かったほどに冷たい声が紡がれた。それに驚く間も無く、マーラからは見えない位置で、兄王子の放った魔法がゼシスの手の手前で弾き返される。
そうして自分に返った自分の魔法で、兄王子は死んでしまった。
城に残されたのは、おびただしい数の死体と、ゼシスとマーラの二人だけだった。




