旅立ち
向かったのは、城から少しだけ歩いた場所にある小高い丘の上だった。その一番眺めの良い場所に建てられた、小さな小さな墓標。刻まれていた名は、確かにゼシスのそれだった。
「ああ……」
突然に、強烈に、彼の死が事実だと思い知らされる。力が抜けたように膝をついても、その墓標はまだ彼の目線よりもずっと低い位置にあった。
また、セルの目尻から雫が流れる。今度は一粒だけでなく、静かに、何度も頬を濡らす。
こんなに綺麗な涙を流す人を初めて見た、なんて、セシルはその横顔を見てぼんやりと思った。大人の男の人は、こんな風に泣くのか、と。
「……ゼス兄」
ぽつりと、声を零す。
「あれからロスは、落ち着いてるよ。ゼス兄が色々教えてくれたから……みんなが助けてくれたから」
語りかけるように言うセルの言葉の意味を、セシルはほとんど理解出来ない。ロスとは、地名だろうか……セルの故郷か何かの。そう思うだけで。
「もっと、教えてほしいことが沢山あった」
ゆっくりと伸ばされた手が、墓標に触れる。
「恩返しの一つも出来なかったな」
瞳に涙を溜めたまま、口元に何とか笑みを乗せた。
「しかも今日、馬鹿やってさ。セシル様の水晶球、壊しちゃったんだ。これから欠片を探す旅だよ」
しばらくロスには帰れそうにないな。
「でも……心配しないで良いからな。約束するから」
冷たい石の感触だけを覚えて、またゆっくりと手を離す。
「セシル様のことは、俺が護るから」
静かで、淡々としているようで、だけど本当はとても真摯で熱い言葉を紡いで。胸の前にまで引いた手をぐっと握っては目を閉じた。
祈るような、誓うようなその姿が、何故だかセシルの目にも焼き付いた。
少しの間そうしていて、やがて目を開けたセルが立ち上がってセシルを振り返る。もうその目に涙は無く、表情は凪いだ海のように穏やかだった。
「行きましょうか」
「……うん。でもその前に」
今のこの姿を見て、思ったことがあった。少し考えて、良い言い訳も思い付いた。
「ここから先は、敬語禁止」
「え?」
「外であたしが魔王だなんて知れ渡るのも面倒でしょ? ギトスの話から考えても旅の理由だってあんまり広く知られるのは厄介な感じだし。だから今からあたしに敬語使わないで。あと名前も、そうね……シーラとでも呼んでくれれば良いわ」
丁度いい言い訳。だけどそれは尤もな理由でもあって、何の疑問も持った様子は無くセルは頷いた。
シーラ──『桜風』の意味を持つ言葉だ。ぱっとセシルから顔を逸らして歩き出したセルがまた泣きそうな表情をしていたことには、終ぞ彼女が気付くことは無かった。




