旅支度
通された客室でギトスが淹れた茶を飲んでいると、間もなくしてセシルが顔を出した。
「準備が出来たわ。行くわよ」
旅装束に身を包んだセシルを見て、セルが小首を傾げる。
「セシル様……?」
「何よ」
「確かお歳は、十四でしたよね……?」
「レディへの質問として最悪のチョイスね」
「いや、えっと……」
戸惑ったのは、その若さに対してでは無い。その点に関しては既に先程充分に驚いた。そう、セルが言葉を濁したのは、彼女の旅装束についてだった。
元々ドレスのようなものを纏っていたので露出は少なくはなかった。なかったのだが、それにしても旅装束としては薄着にも程があるのではなかろうか。
「そういったお腹を冷やす服はレディとしていかがなものかと」
「何ジジくさいこと言ってんのよ」
少し冗談ぽく言っても、淡々と返される。こういう口の強さは父親によく似ているようだ。苦笑して、セルは自分のコートを彼女の肩にかけた。
「少なくとも旅装束としてはあまり良いとは言えません。街で買い物でもしてから出発しましょうか」
肩、腹、足を露出した今の服のままではとてもではないが旅など勧められない。あまりに無防備なその姿は、魔物に、暴漢に、襲ってくれと言っているようなものだ。共に旅をする以上は見過ごすことは出来ない。
やや不満そうにかけられたコートを一瞥したセシルは、ふとセルの腰元を見て気付いた。
「クロム、あなた剣士だったのね」
その腰には剣が差されているが、本当に使えるのだろうか、なんて思う。
「ん? ああ、これですか。旅をしていれば魔物にもよく遭遇しますからね、俺みたいに術力の無い人間は、こういうものはある程度扱えないと不便なのですよ」
「ふーん。まあ、それもそうね」
簡易結界などで守られている街などと違って、一度フィールドに出れば魔物という存在がある。本能で人を襲うその生き物達は、人との共存などの研究をされてはいるが実現には程遠いとされている。
そんなもの達に遭遇してしまうフィールドを歩くのだから、確かに自分で対処出来なければこの首都まで辿り着いてなどいないだろう。護衛や傭兵を雇っている様子も無かったことを考えれば、彼はその剣ひとつで身を守ってきたのだろうと判断出来た。
「見た目によらないってことね」
「それ、俺が弱そうってことですよね?」
「よく分かってるじゃない」
きっぱりと言い切られ、苦笑したセルはとりあえず動こうかと視線を部屋の扉の方へ向けかけて──気付いたことがあり、セシルに戻した。すっと伸ばされたその手に一瞬セシルはビクリとしたが、軽く髪に触れただけで離れていく。
彼の手には、小さな水晶球の欠片があった。
「ぁ……」
「すみません、許可も得ずに触れてしまって。光っているのが見えたもので」
割れて弾け飛んだ時に、この一欠片だけが引っかかって失われずに済んだのだろう。
「行きましょうか。まずは旅装束と必要な道具を揃えないと」
一人が二人になると、足りないものも出来てくるから。そう言ってにこりと笑ったセルは相変わらず気の抜けたような表情で。
こんな弱そうな人間が旅なんて出来るなら誰でも出来そう、なんてセシルは思った。
街に降りては服屋に入り、試着室から出て来たセシルはギロリとセルを睨み上げた。
「すみません、やりすぎましたね」
全身を覆う服、までは良い。モコモコと着膨れて逆に動きにくそうなその格好に、勧めたセル自身も苦笑しては素直に謝った。
「過保護……」
「だって……ゼス兄の娘なら俺にとっても娘みたいなものだし、実際セシル様かわいいから……」
「はぁ?」
小さく文句を言えば、どこか拗ねたような表情と声で返される。その口から出た言葉に、思わずセシルは頬を赤らめた。あまり慣れないことは言わないでほしい。
想定外の連続にいい加減言葉を無くしていると、セルはそんなセシルを見て穏やかに微笑んだ。
「…………お父様のこと」
「ん?」
「『ゼス兄』って呼んでるのね」
「ええ。彼にそう呼ぶように言われたのです」
聞いておきながら、ふぅん、とセシルは視線を逸らす。モコモコとした上着を脱ぎ、それなりにスッキリとした格好になってから支払いに向かうセルの背を見送った。
街の店で他にも買い物をして、旅の荷物とはこんなに多いものなのかと驚く。二人分だからとセルは笑ったが、半分と考えてもやはりセシルには多いように感じた。
各地の街や村で入手出来るものもあれば、出来ないものもある。だからここのような大きな街では、ある程度の物を揃えておく方が良いのだと。一方で旅の荷物になってしまう余分なものは買わないように、自分にとって何が必要かをよくよく考える必要もあるのだと。
聞けば納得もするがその区別がつくのはやはり旅慣れしてこそなのだろう、なんて、手際良く分別するセルを見ながら思った。
そうして、いざ出発しようかという頃。
「お父様の所には行かないの?」
ずっと気になっていたことを聞くと、セルは驚いた様子で振り返った。
「え……」
「だってクロムは、お父様に会いに来たのでしょう?」
「それは……はい。だけど魔王一族の墓でしょ? そうそう俺のような一般人が入って良いものかと」
言うのを躊躇っていた。そう聞けば、セシルも確かにと納得した。思いの外ちゃんと考えているようだ。水晶球を壊すなんて間抜けなことはしたが。
「墓地には入らせられないけど、行ける場所ならあるわ。お父様のお気に入りの場所に、墓標だけ置いてあるの。そこなら構わないわよ」
言えばセルは、とても驚いたような表情をする。それからまた、あの気の抜けるような笑みを満面に浮かべた。
「本当ですか。行きたいです」




