迷惑な客人
目を離したのがいけなかった。そうセシルが後悔したのは、事が起こってからだった。
いつも身の回りの世話をしてくれる使用人──従者のギトス・グランザスを探して視線をセルから離した。父を恩人と言う者なら、きっと敵では無いだろうと。迷ってこの城に入り込んだのも事実なのだろう、と。
だけど、セルの気配が動いた後、大きな音と部屋からの突風、それに乗って流れた光と気配に、油断したことを大いに後悔し反省した。
視線を戻すと、彼は中途半端に伸ばしていた手を見つめて呆然としていた。
「な……っん、てことすんのよ、この間抜け!」
思わずセシルが声を荒らげると、セルはビクリと震えてまた彼女を振り返った。何が起こったのか分からない、といった様子で。
伸ばされていたセルの手の先にあった筈のものが無くなっているという事実だけがそこにある。
「お前まさか、本当はこれを狙って来たのではないの? 魔王一族の力を狙う逆賊なんじゃ──」
「それは有り得ません、魔王様!」
ギロリとセシルがセルを睨んで言っていた時、彼女が言葉を終えるのも待たずに息を切らせながら現れた男が、はっきりと否定した。
「「ギトス!」」
両膝に手を添えて腰を折り、息を整えているその男の姿を見て二人が声を揃える。
自分の声と重なったセルのそれに驚いたセシルは彼を見て、男・ギトスに駆け寄るのを止められなかった。
「お久しぶりです。……“セル”様、でしたね」
「あ、ああ……」
眉尻を下げて弱々しく笑みながら、そのままの体勢で顔だけを上げてセルを見上げるギトスの表情に、警戒は無かった。
「済まない、こんなことになるとは思わなくて」
「意外と好奇心が強いところは相変わらずのようですね。あれは魔王一族以外が安易に触れて良いものではなかったんです」
困ったように狼狽えるセルに、ギトスは何故こうなったのかの説明をした。
この部屋は保管庫だった。魔王特有の、制御不可能になるほど大きな力を水晶球に封じ込め、保管・管理する為の部屋だ。通常ならば精力や術力に反応して、触れた者に害が及ぶ。だが結界と同じで、生力には効果が無かった。
きっとセルが触れてしまったのだ、その水晶球に。そして生力しか無い彼の力に逆反応を起こし、水晶球の方が耐えられなくなったのだ。水晶球は割れて砕け散り、その反動で吹いた突風によって散ってしまったということだった。
「そう……だったのか。済まない」
話を聞くなり、しまった、というように表情を歪めたセルが、まだ呆けていたセシルに向き直っては深く頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、セシル様。散った欠片は何とか回収して……」
「確かにセル様のしたことですし、責任は取られた方が良いかと思いますが……セル様お一人では難しいでしょう」
恐らく欠片は世界中に散ってしまった。何千年も前に一度きり同じことがあった時のことが、この城の書物には残されている。そこから考えられることだ。
「魔王様のお力は強大です。それは水晶球の欠片といえど変わらぬこと。そして欠片となった水晶球は術力を持つ者には扱えてしまうのです」
そして世界中で、水晶球の欠片をめぐって争いが起きた。当時の水晶球の持ち主である魔王と、強力な魔法を扱える術力の使い手が協力して、何人もの仲間と共に数十年かかってようやく全ての欠片を集め争いを収束させた。
書物にはそう記されているという。
「そもそも水晶球に込められた魔王様のお力は、強い術力の持ち主にしか分かりません。術力の無いセル様お一人では、探すことさえ困難を極めるかと」
「つまり何、あたしにも行けってこと?」
「他に方法は無いと思います」
説明に続いた肯定に、セシルは愛らしい顔をぎゅっとしかめる。
「こんな得体の知れない奴と?」
「セル様のお人柄は私も保証しますよ。前魔王様の『お気に入り』でしたしね」
「お父様の?」
父の存在を出された途端、ぱっとセシルの表情が緩んだ。ギトスが、何より父が心を許しているというのなら、もう疑う必要などないだろう、と。
じゃあ仕方ないわね、と口では平静を装って腕を組む。
「分かったわ。準備をするから待ってなさい。ギトス、とりあえずクロムを客室へ入れておいて」
「かしこまりました」
すっとその場を離れるセシルを見送って、セルはもう一度水晶球のあった部屋の奥を見る。今は一つも無く、先も一つだけだった。水晶球は魔王一族の力の証だ。
一つということは、そこにあったのはセシルの水晶球のみだったということだ。そしてそれが、彼女の言葉が事実だったことを物語っている。
「……フレン様」
「殺しても死ななそうな人だと思ってたんだがな……」
「そうですね」
先程までのセシルの前での様子とは打って変わり、トーンすら変わって静かで淡々としているようなその声は、聞く者が聞けば深い悲しみを宿していることに気付いたことだろう。




