医者の目から
結局シーラはその日、街の中に水晶球の気配を感じることは無く、その後数日かけた街人への聞き込みも徒労に終わる。この街では、水晶球の欠片を見付けることは出来なかった。
聞き込みをしたのはセルだ。その間、シーラはアシュヒトに魔法の種類や使い方を教わっていた。今後絶対的に必要となるからだ。
アシュヒト自身、かつてはゼシスに魔法の指導を受けていた。それを彼の娘に返すだけだと笑い、だが自分の時のようにゆっくり時間は取れないのでかなり厳しくもなるだろう、と。
それでもシーラは構わないと言った。ただ、あの魔物との戦いで、何も出来ないままに戦線離脱したのが悔しかった。自身の親の仇をセルに討たせてしまったことが、心苦しかった。そして悔しかったのだ。
朝、街の内部へ行くセルと、街の外れに行くシーラとアシュヒトとに別れる。それぞれのすることをして、夜に宿で合流する。それなりに広い街だ、三日はかかっただろうか。
特にこれといった収穫が無かったと、次の地へ行こうと言ったのはセルだった。
「同じ方向に向かってる間は、お嬢さんの魔法の特訓にも付き合うぜ」
カラカラと笑って言うアシュヒトに、セルも「助かる」と微笑む。勿論シーラも同じように思った。
とにかく街を出る前に、先日の医者のところで身体の具合を再確認してから出ようということになり、診療所へ向かう。何せあれだけの力を持った魔物との戦いだったのだ、万が一にも後遺症など残っていて後々に響いても困る。
診療所の扉を叩くと、出て来た男性の表情は三人の姿を見て明らかに喜色を帯びた。
「やあ、いらっしゃい! どうかしたのかな?」
正確には、シーラを見て、のようだ。あからさまに彼女に向けてだけ声をかける男性にセルは苦笑し、アシュヒトは小さく「ロリコン」と呟く。
先日、シーラを治療した彼こそが、この診療所の医者だ。勿論、治癒術師としては知識も技術も一般人とは比べ物にならない。それでも彼は「人」だった。他と何も変わらない、一人の「男」。
「先生、先日の治療後の経過を見て欲しいんです。出来れば今日、出発しようと思っているので」
「えっ……」
変わらず苦笑を浮かべたままでセルが言うと、またあからさまな様子で男性は肩を落とした。行ってしまうのか、と。これほど分かりやすく言動に出て、仕事に差し支えは無いのだろうか。
「そうだね、シーラちゃんは特に問題無かったよ。その後痛みが出たりは?」
「無いわ」
「じゃあ大丈夫。セル君はアシュヒト君がしたから大丈夫だとは思うけど、一旦確認させてもらってもいいかな? 中入って」
キッパリと切り替えた表情や言動に、これがプロかと関心する。普段がいくらだらしなく見えても、こういう所が信頼される一因なのだろう。
促されるまま中に入り、診療台に腰掛けるセルの横に、同じようにアシュヒトも座るように言われて従う。その時の彼が「何でバレた」などと呟いているのがシーラの耳にも入った。
「まずセル君ね。……うん、問題なし。でも気を付けてよね、いくら人より丈夫に出来てるからって、無理を続けると早死するよ」
「肝に銘じておきますよ」
「そういう言葉は信用出来無いんだよね、君。はい次アシュヒト君、セル君にバレたくなかったらちゃんと人払いした時に来なさい。僕の目は騙せないよ」
「いやー、セルも気付いてたっぽいな」
「だったら尚更、心配かけない」
身体の状態を確認しながらそれぞれに言った男性は、アシュヒトの服を捲り始める。その左腕は、既にかさぶたになってはいるものの、何かが掠めたような赤い線状の傷がいくつもあった。
気付いてた? とシーラがセルに目線を送ると、彼はアシュヒトの方を向いて一つ頷いていた。
「アシュヒト君の治癒魔法を使っても、これだけ残ったの?」
「いや、オレ自分に治癒魔法かけるの苦手なんだよね。利き腕だったし」
ふぅん、と口元で言いながら男性はその傷をまじまじと見つめる。
「残ったのがここだっただけで、他にも傷があったね? それにこの傷、最初は抉れてたんだろう。確かにセル君の方が傷も多くて重傷だったけど……君もなかなかだったんじゃないか」
やれやれと息を吐き出しながら治癒魔法をかける男性に、アシュヒトもただ苦笑を返す。もしかするとこういう所は、この男二人は似ているのだろうか。
そもそも男は何故か傷跡を勲章と言う割に新しい傷は隠す。使用人たちがそうだったのを父がたしなめていたのを、シーラも何度か見ていた。呆れたように、だが心配そうにしながら治癒魔法をかけていた父の手が優しい色に光るのを、何度見たことか。
「はい、治療完了」
すっかりきれいな肌になった左腕を見て、満足そうな笑みを浮かべながらアシュヒトはその腕を回してみる。
「さっすが先生。サンキュ」
「いいかい? もう一回、二人ともに言うけど、無理は厳禁! そもそも君達は抱えているものが大きいだろう? 無茶をしてもしものことがあったら、遺された者が困る度合いが一般人の比じゃないんだから」
立ち上がろうとした二人に畳み掛けるように男性が言い、二人は困ったように顔を見合わせる。聞いてるの、と更に言葉を重ねる男性に「聞いてます」「それ以上は勘弁して」などとそれぞれ言うと、やっと解放されていた。
この医者の男性は、二人の事情を知っているようだ、ということだけがシーラにも分かる。ただ彼の言葉の意味は、やはり分からないままだった。
抱えているものとは、どういうことだろう。一般人の比ではないなど、それほど大きいものなのか。考えても分かる筈はなく、自分だけが蚊帳の外のような状況にシーラは不満を覚えるだけだった。
だけど魔王という立場上、それを顔にも口にも出せず、昔父が言っていた言葉を思い返しては余計に聞くことなど出来ず、ただ深くため息を吐いた。
──『男ってのは単純だからな。なかなか隠し事は向いてないんだよ。それでも隠し事をする時……特に真面目な奴ほど、それは相当の覚悟を持って隠してるんだ』
これまで見てきた印象として、どう考えてもセルは真面目だ。アシュヒトも、一見軽薄そうには見えるが魔法の特訓の時の様子を考えると、見た目よりはよほど真面目だ。
そんな二人が隠していることなら、父の言葉を思うなら、安易に聞くことは出来なかった。
「さて、じゃあ出発しよう」
微笑むセルの表情は優しい。今は、彼の「見える姿」を見つめているしかないのだろう。その姿を信じるしかないのだろう。




