人間の国
「ところでさ、お前、お嬢さんの前で魔物と喋ったな?」
ぱっと話を切り替えたアシュヒトにそんなことを言われ、一度首を傾げる。それから先の魔物との戦いを思い出して、「あっ」と声がもれた。
やってしまった。なんて頭を抱えても、もう遅い。
「視えたか?」
「さっき、治癒魔法かけてる時にな。お前……迂闊すぎるだろ」
「近くにあの気配しか無かったから、油断していた……」
情けない話だ。
「同一視しないなんて偉そうに言っておいて、結局これだ」
「まあ……オレがお前の立場ならもっとやらかしてそうだし、あんま強くは言えねぇけど」
はぁー、とアシュヒトが深いため息を吐く。彼女一人にしか知られていないなら、口止めすればどうにかなる可能性はある。
世界中の研究者達が、魔物との共存が出来ないかと研究を進めている。共存と言っても、狩りや荷運びに魔物の力を使った方が楽そうだというだけだが。その先駆けとなっているのが手紙鳥だ。
比較的大人しく育て方ひとつで人の言うことも聞くキルファという種の魔物で、温厚故に一番に彼らの研究の成果として挙げられた。とはいえこれは、巣から落ちたキルファの雛鳥を飼っていた一般人の協力があったからこそ叶ったことなのだが。
そんな状況で、魔物と会話が出来るなんて研究者からしてみれば喉から手が出る程に欲しい人材となる筈だ。そんな人が存在したなどという過去の記録もどこにも無いし、現存するという情報も流れてはいない。協力するのが嫌なわけではなく、単にセルは忙しい身で彼らを手伝う余裕なんて無い。
「気を付けろよ。お前は人間の王なんだから」
「ああ……」
いつの間にか、人間達の間で『王』となることを求められた。そしてその王としての本当の名は、各地の人間達は勿論、その周囲の魔族も知っている。強力な術力を持った人間が王であると。
だから故郷の外では偽名を使うし、術力があることをひた隠しにして動くのだ。魔王程でないとは言え、彼ほど強大な術力を持っている人間など、他には居ない。
そもそも術力を持っているのを誰にも感じさせないどころか、セルは完全に消してみせる。そんなことが出来る者もそうそう居ないのだから、初めに会った時に消しておけば、誰も彼がそれほどの力を持っているなんて思わないだろう。
「それにしても、まさか魔王と人間の王が一緒に旅することになるとはなー。誰も思わなかったんじゃねぇの?」
「その旅の原因が俺のポカなのはゼス兄が笑い飛ばしそうだけどな」
「間違いねぇな」
その姿を想像すれば、笑いがもれてくる。ああ、あの人はいつも明るくて、何でも笑い飛ばしてくれる人だった。
だけど思い出せば同時に苦しくて、アシュヒトはふっとうつむいた。
「正直オレ、まだ信じらんねぇよ。あんな強い人が、あの程度の魔物に……」
「そうだな、俺もだ」
伸ばした手を、どちらからともなく握り合う。温かい。この温もりが、彼にもあった筈なのに。亡くなったという、そのほんの少し前に会ったところだったのに。
度々会いに来てくれていた彼が来なくなって、珍しく時間が空いてしまったので、様子を見たかった。だが自分達も忙しく、それぞれの場所を離れられずに四年も経ってしまっていた。魔王としてゼシスだって忙しかっただろうに、どれだけ彼の自由さに甘えていたのかと今更ながら気付いた。
「……一番始めまで話を戻してもいいか?」
「おお。何だっけ」
またどちらからともなく手を離し、手紙でしか触れていなかった本題に戻す。
こうしてシーラと旅をしなければいけなくなった今、水晶球の欠片を集め終えるまではそうそう故郷には帰れないだろう。だからその間、アシュヒトにその地を治めてもらいたい、ということだった。
勿論、王と呼ばれる以上はセルにも側近や護衛、召使いなどが居る。だが彼らはあくまで臣下として優秀なのであって、王の代理として人々の上に立つにはいささか不安要素が拭えないのだ。その点についてもアシュヒトなら安心ということだった。
そこまで改めて言われて、当のアシュヒトは「うーん」と悩む様子を見せる。
「別に嫌とは言わねぇんだけどさ……オレにとってもあの場所こそが故郷なわけだし。でもそもそもあそこは今もう『人間の国』として確立しちまってるわけで、まだ魔族との関わりに積極的じゃないだろ。人間じゃない俺が王の代理ってのは、認められるかどうか……」
「そうだな。あそこが国として独立した経緯を考えれば、難しいかも知れない。でもお前がよく俺と一緒にいた事は皆も知っているし、俺としては、俺の代わりを頼むならお前しか居ないと思ってる」
状況は分かっていた。
住人のほとんどが人間の街。セルとアシュヒトの故郷でもあるその場所が、当時の魔王であるゼシスによって国として独立することを認められるまでに、本当に色々あった。そしてその「色々」を原因として、国民のほとんどが魔族を嫌っている。いや、憎んでいると言っても過言ではないだろう。
それでも、人間でないアシュヒトに、自らの代わりとなってもらいたい。そう思うくらいには、セルはアシュヒトを信用していた。否、その素質がある者で信用出来るのが、アシュヒトしか居なかったのだ。
「俺が壊してしまったことでシーラの水晶球が争いの元になるなら、俺がそれを無視して帰るわけにはいかない。それらの争いにシーラが巻き込まれる可能性を分かっていて気付かない振りは出来ない。いくら魔王として力を持っていたって、あの魔物との戦いで確定化された通り、彼女はまだ歳若い少女なんだ」
だから、自分は帰ることが出来ない。それでも未だ不安定なあの国を留守にするわけにはいかない。
「……分かったよ。やれるだけのことはやろう」
はあー、と深くため息をつき、少し乱暴に自分の後ろ髪を掻いてアシュヒトはついに折れる。この、まっすぐな強い意志に弱いんだ。いつもそれに引っ張ってもらっていたから。
例に漏れず今回もまた、引っ張られることになった。自分は嫌われ者だと悲観してしまうところで、いつだってこうして、彼が手を差し出してくれる。引っ張り上げてくれる。
強さが、優しさが羨ましくて、そしてそんな彼に『友』と呼ばれることが、どうしようもなく嬉しかった。
「その代わり、今度は守り切れよ。『力が無い振りをしていた』なんて言い訳は通用しねぇぞ」
「分かってる。いざとなったら、俺の中の術力に気付かれるくらいは些細なことだ」
守ると誓った。まして、ゼシスの墓前でだ。彼にとって、それを破るなどということは絶対にあってはならないのだ。




