よく似た人
目を覚ましたのは、街の診療所、そのベッドの上だった。治癒魔法をかけてくれていたらしい男性が、シーラが目覚めたのに気付いて微笑む。
「ちょうど、治療が終わったところだよ」
「お嬢さん、起きたのか」
声とともに男性の更に向こう側からも術力を感じて、起き上がりながらそちらに顔を向けた。見ると、ベッドに横たわったセルと、彼に治癒魔法をかけている見知らぬ男性。
「クロム!?」
驚いてベッドから足を降ろすと、セルの方に居た男性はすっと片手を上げてシーラを制した。一方で彼女を治療していた男性も、シーラの肩に手を添え引き留めるようにする。
それから、大丈夫、と笑った。
「シーラさんだよな? セルから手紙で聞いてる。オレはアシュヒト・ルーベンスだ。よろしくな、お嬢さん」
「貴方が……」
不思議な感覚を持った男性だった。一方の手でセルに治癒魔法をかけ続けているアシュヒトは、見ての通り術力を持っている。そしてシーラには、彼が精力と生力の両方をも持っているように感じたのだ。
身近に人間の生力を感じたのは、とある身内以外では何だかんだで結局セルが初めてだった。だけど共に行動するようになって数日、それにも馴染んできた。
人生経験が浅いのも、父のような行動力や勇気が無かったために城の外をあまり知らないのも認めよう。だがそれにしたって、彼は一体どういう存在だというのだろう。魔族と人間の命の力を、両方持っているなんて。
「あの魔物、四年前の件で味をしめたらしくてな。死に際にひとつ、お嬢さんに向けて巨大な力を放ったんだ。それにいち早く気付いたセルがすぐにお嬢さんを庇って、お嬢さんよりも重傷を負っちまったってわけだよ」
ゆっくりとセルから手を離したアシュヒトは、彼の治療を終えたらしい。説明するように言ったそれに、シーラは表情を歪めた。
「な、に、それ…………また、あたしのせいで……」
「言った、だろ……俺が護るって」
いつの間にか目を開けていたらしいセルがそう言い、ゆっくりと上体を起こした。
「セル」
それを手助けするように、自然とアシュヒトの手が伸びる。そっとセルの背を支えるその手は、これまでどれほど彼を助けてきたのだろう。
二人の姿を見ながらセルの言葉を反芻すれば、旅が始まった日に彼が言った言葉も思い出した。確かに、「セシル様のことは、俺が護るから」と。父の墓標の前で、はっきりとそう口にした。
「ありがとう、アシュヒト。もう大丈夫だ」
微笑む横顔が、シーラから見えた。その表情が、どこかいつもの微笑みとは違っている気がして不思議な心地になる。
きっとセルは、アシュヒトのことを心から信頼しているのだ。だから出来る、そういう表情なのだと思った。
「シーラ」
今までアシュヒトを見ていたセルの視線が、ぱっとシーラに向く。
「君の『せい』なんかじゃないよ、これはただの俺のエゴだから。ただ俺が、ゼス兄の娘である君を守りたいだけ」
優しい笑みが、いつもと同じようにシーラに注がれる。いつもと同じ……その笑みに、何か優しいだけではないものを感じるのはどうしてだろうと、内心首を傾げながらも結局聞けなかった。
二人で積もる話があるから。そう言われて、とりあえず後回しになっていたこの街の水晶球の気配を探りに行こうかと病院を出た。
だけど治療が終わってまだあまり経っていないし、今になって慣れない旅での疲れが出たようだ。全身の怠さを感じては、病院の裏手に回り壁に背を預けては腰を降ろした。
「んで? 今も念の為、セルって呼ぼうか?」
「そうだな、アシュヒト」
壁越しに聴こえた声にはっとした。ここは、自分達が居た治療室の真裏だったようだ。
「つかお前さ、情報が足りねぇよ。来てびっくりしたわ」
「魔物の情報は渡してただろ?」
「お嬢さんのことだよ。あんなそっくりだと思わねぇじゃん」
「……ああ」
盗み聞きがしたいわけではない。その場を離れるつもりで腰を上げようとした瞬間、自分の話になった様子に驚いてシーラは思わず聞き耳を立てた。
そっくり? 何が? 自分が? 誰と?
「顔だけじゃない。背格好はこれからまだ成長するかもとしたって、声も、気もあんなにそっくりとか……同じ魂の持ち主なんじゃねぇの? ほら、生まれ変わりとか」
分からない。アシュヒトの声が発する言葉が分からない。だってセルは出逢ってから、ただの一度だってそんな話をしたことなんて無かった。
護ってくれるのはどうして? 前魔王であるゼシスの娘だから……だけではないというのか。その『誰か』に似ているからなのか。
「だから? 俺が彼女とシーラを混同するかもと?」
「いや、そうは言わねぇけど……あんだけ似てりゃさ」
「確かに初めは驚いた。でも見ていれば分かる。同じ魂を持った生まれ変わりかも知れないけど、彼女とシーラは別人だ。全く思うことが無いわけでもないが、だからと言って同一視してしまうのは彼女にもシーラにも失礼だろう」
声が、言葉が、優しいのに鋭い。
「シーラを彼女の代わりにするつもりはないよ」
「そっか。まあいくら似てるっつっても、昔の恋人とじゃやっぱ違いも分かるもんか」
ヒュッと、喉の奥が鳴ったような気がして、シーラは慌てて両手で口を塞いだ。
セルの昔の恋人と、自分が、似ている。生まれ変わりかも知れない。だからあんなに、護ってくれる?
同一視しないと言う彼の言葉が信じられないわけではない。それでも思うことが無いわけでもないと言うのだ。
「シーラはセシル様であり、魔王だ。そして俺には、ロスを護る責務がある。同じ道を歩むのは今だけだ」
「……それ、ゼス兄が聞いたら怒るぞ」
少し不機嫌そうな声は、アシュヒトのものだった。
「ゼス兄は魔族と人間の共存を望んでた。オレみたいなのすら生きやすい世界にしようって。そのゼス兄に近いところに居た人間のお前が、線を引くなよ。ロスもこの世界の一部だって言ってたじゃねぇか。『魔王』に距離を置くなよ。
……同じ道、歩いてこうぜ」
「カル──……ああ、そうだな、悪かった。お前の言う通りだ」
ところでさ、とアシュヒトが話を変えるのも耳に遠く、シーラはゆっくりと立ち上がってその場を後にした。
これは、自分が聞いてはいけなかった話だ。セルの大切な、過去の話だ。




