中編
「どんどん進めましょ。次は桧山ね」
成田に先を促され、桧山はコホンと一つ咳ばらいをしてから話しはじめた。
「僕は先の二人とは違って、身体的特徴のほうに意識がむいたようだ。エビフライって言われてまず思ったのが、あれって真っすぐに揚げるためには手を加える必要があるんだよなってことだった」
そう言いながら桧山は両手で一本ずつ、机の上のエビフライを持ち上げた。一つはデパ地下で買ってきた有名惣菜屋のエビフライ。もう一つは成田と村井が、ここに来る前に揚げてきたものである。一口にエビフライと言ってもそれぞれ思い浮かべるものは違うかもしれないという話になって、手に入るだけのものを集めてみようということになったのだ。そのため成田と村井はここに来る前に村井のアパートで、冷凍のエビフライ――下処理は終えてありあとは揚げるだけのもの――とスーパーで購入した生のブラックタイガーをイチから調理して揚げてきたのだ。いっぽう男性陣は可能な限りスーパーや惣菜屋をめぐり、エビフライを買い集めてきた。
こうして並べてみると、やはりそれぞれ違いがあるものだ。とくに顕著なのが、売り物と手作りとの違い。
「僕が思い浮かべたのは、洋食屋なんかのメニューの写真にあるようなエビフライだった。市販の惣菜とほぼ同じ見た目のね。つまり、ピンとまっすぐ伸びたもの。そこから、例の女はバレエ経験のある人に見られるような、とても姿勢の良い人物なのではないかと考えた。しかしだ」
そう言って、手作りのエビフライを持ったほうの手をより高く上げる。
「君たちの作ってきてくれたコレを見て思い出したよ。僕の母が作るエビフライも、ほとんどがこのように丸まっていた。聞くと素人にはまっすぐ揚げることはなかなか難しいようだね。作り慣れている人は別として」
「そうよ。私たちだっていちおう切り込みを入れたり引っぱったり、手は加えたの。でも処理が甘かったみたいね」
そう言う成田にむかって桧山が首を横に振る。
「いいや、むしろこれで良かったんだ。でなきゃ僕は偏ったものの見方をするところだった。もし対象が、丸まった、家庭のエビフライを想像していたとしたらどうだ?」
「そうか。それだと姿勢の良い女性とは百八十度違う人物像になっちゃうね」
「腰の曲がったばあさんってことか」
胸の前で腕を組み、頷きながら神妙な顔で桐谷が言った。
「そうだ。ただ、対象がどちらのタイプのエビフライを想像していたかどうかはわからない。したがって僕の意見をまとめると、注目したのはエビフライの形で導き出したのは女の姿勢。そこから、背筋の伸びた姿勢の良い女か、あるいは腰の曲がったおそらく老齢であろう女性にターゲットを絞ることが可能である……といったところだ」
「なるほどね。確かに私たちにはない視点だったわ。やっぱりこうやって自分以外の人の発想を聞くのって勉強になるわね」
「そんなこと言われると緊張しちゃうなあ、次は僕なんだから。みんなが納得できる説をお届けできるかどうか」
緊張感とは無縁に見える、にこやかな顔で野崎が言った。
「またまたご謙遜を」
「そうだぜ、そんな顔して鋭い観察眼をお持ちの野崎さんよ」
男性陣から次々と茶々が入る。この五人はまずまず友好な関係を保っているようである。意見をぶつけ合わなければならない状況下に長いこと置かれると、意見の相違から、次第に人間関係が険悪になってゆくケースもよくあることだ。その点に関して、彼らに問題はなさそうだった。
「弱ったなあ、あまり期待しないでくれよ。僕が辿りついた考えは、いままでのものと似ているようで、それでいて少しずつ違ったものだと思う。桧山くんの話をちょっとお借りすると、僕が想像したエビフライもまっすぐ伸びている売り物タイプのものだった。そして、連想したのは衣だった」
「野崎くんも衣だったんだ」
「うん。でもそれを服と見なしたわけではないんだ」
衣を服とイコールで繋げなかった。そのことは、また衣か……と思っていたその場の全員の興味を引くにはじゅうぶんな言葉だった。
「どういうことですか?」
それまでひたすら書記に徹していた村井が訊ねる。
「やっぱり家庭のエビフライとの違いってことになっちゃうんだけど、よそで食べるエビフライってすっごく大きくない? もっと正確に言えば、長いんだよね。仕入れてるエビが良いとかそういうのもあると思うんだけど、たとえばスーパーで結構な大きさのエビを買ってきて家でフライにしたとしても、やっぱりお店のような長さにはならないんだ」
「わかるかもしれない。外で食べるフライ系のものって、基本的に家で作るよりも衣が分厚わよね」
「確かにな。俺、母ちゃんが作るフライで胃もたれしたことないのに、外で食べると絶対もたれるぜ。あれ、分厚い衣が吸った油のせいなんだよな」
「僕は惣菜屋で買ってきた揚げ物は必ず家のトースターで温めなおすことにしているよ。ものすごい量の油が出てくるんだ。それをそのまま食べていたらと考えるとゾッとするね」
意外にも衣への関心は強いようで、次々と衣に関するエピソードが披露されていく。
「やっぱりみんなもそう思う? 売り物って衣が厚いよね。それはきっと、美味しく食べてもらうっていうよりも少しでも立派に見せようという店側の心理が働いていると思うんだ。とくにエビフライってもともと縦に長いから、衣でさらに大きくしたらより一層華やかになるよね」
「確かにメニューでミックスフライなんかの写真を見ても、いちばん目を引くのってエビフライよね。縦に長いと目立つもの」
つけあわせのキャベツに立てかけてみたり、どんぶりからはみ出させてみたり。その長さを活かした盛り付けもエビフライの存在感を際立たせるのに一役買っていると言えるだろう。
「だからね。僕は、例の女性は見栄っ張りな性格なんじゃないのかなって思ったんだ。桧山くん的な視点でいえば、本当は身長が低いのに背筋を伸ばして高くみせようとしているとか。成田さんと桐谷くんのように洋服にたとえるなら、高級ブランドのものばかり着ている……とかね。とにかく、その人の見栄っ張りな部分を指して対象は『エビフライ』と表現したのかなあって。ただこの考えには穴があって、対象が思い描いたエビフライが売り物のほうでなければ成立しないんだけどね」
そう言って野崎は小さくお辞儀をした。これで自分の話は終わりです、という意味らしい。
「さすが野崎だな。確かに条件を満たす必要がある説かもしれないが、見てくればかりに注目していた僕たちとは違って内面に目をむけるとは。やはり心配には及ばなかったようだね。実に勉強になったよ」
桧山が素直に称賛する。彼は自分の思ったことをそのまま正直に発言するため、ときどき聞いているほうが恥ずかしくなるようなことも平気で言う。
「勘弁してくれよお」
照れくさそうな笑みを見せる野崎。この表情は顔つきによるものではなさそうだ。
「おーおー、照れてる照れてる」
そう言って茶化す桐谷も、どことなく嬉しそうだった。
「さて、最後は村井ね。よろしく頼むわよ」
ノートに走らせていたペンを止め、村井が話し手にまわった。




