前編
とある建物の一室で、スーツ姿の五人の男女がぐるりと机を囲んでいる。
それぞれ年齢は異なるようだが、みな二十代である。
椅子は用意されているものの誰も腰を掛けず、机の中にしまわれたまま。椅子に座るという行為そのものをすっかり忘れてしまったかのように、五人は考えることに夢中になっていた。
そんな彼らの目線は、机に置かれた『あるもの』に釘付けだ。
エビフライ
異なる者の手によって仕上げられたことが伺える、少しずつ特徴の違うエビフライ。それが数本ずつ――集まるとかなりの数であるのだが――紙製の大皿の上に置かれている。
彼らがいま最大の関心を寄せているもの。それこそが、このエビフライだった。
「エビフライのような女……ってどういうことかしらね」
成田がそう切り出す。彼らをはじめて目にする者の全員が全員、この女性がリーダーだと言うだろう。なんでもテキパキとこなす彼女は、いつ見ても、自信に満ち溢れている。周囲をぐいぐいと引っぱっていく典型的なリーダータイプだ。
「私はいままで生きてきて、人のことをエビフライみたいって思ったことなんて、一度もないですけどね」
成田とは対照的におとなしそうな女性――村井というが――が控えめにそう続ける。この村井と成田が女性、残る三人は男性だ。
「俺だってねえよ。普通に考えたらそんなふうに思うヤツのほうが少なくねえか? エビフライに似てる人間なんか、そうそういないと思うんだがな」
「おい桐谷。こういうことを考えるときほど、普通という概念にとらわれるのは危険だぞ」
そう苦言を呈するのは、子どもの頃に一度はガリ勉と呼ばれたことがありそうな、眼鏡で色白の桧山だ。某有名私立大の出身らしく、若い割になかなか博識である。
そんな桧山に桐谷と呼ばれていた男のほうは、その巨躯と乱暴な言葉遣いから初対面では恐れられがちだが、実際は人好きのする陽気な性格の人間だ。彼の周りには自然と人が集まる。
「でも逆に突拍子がなさすぎて、それほど先入観を持たずに考えられそうでもあるよね」
やわらかい笑顔で野崎がフォローする。いつ見てもニコニコしていることで有名な彼だが、それは、たとえ無表情でもどことなく微笑んでいるように見える彼の顔つきのせいだった。しかし野崎はその個性を逆手にとって、自身の心情を人に悟らせないことに成功していた。「なに考えてるかわからない」とよく言われるそうなのだが、それは彼にとっては褒め言葉であるらしい。
「野崎くんの言うとおりね。まずは一人ずつ、『エビフライのような女』って言われてどんなことを想像したか挙げていってはどうかしら」
そう言ってほかの四人を見回す成田。意外にもこういうとき、五人の中でいちばん人の反応を窺うそぶりを見せるのが彼女だった。自分の考えが正しいかどうか、確認せずにはいられないタチらしい。そのような裏打ちがあるからこそ常に自信満々でいられるのだろうか。
全員の同意を確認したところで、まずは言い出しっぺの自分から、と成田が話しはじめた。
「私がエビフライって聞いてまず思い浮かんだのは、尻尾だったわ。真っ赤な尻尾。そのイメージを女性と繋げようとしたとき、次に頭に浮かんできたのは赤いハイヒールだった。そうしたらね、エビフライの形が急に女性の体のように思えてきたの。赤いヒールを履いて、体の線を強調する……たとえばマーメイドドレスのようなものを着た女性」
なるほど、というようにそれぞれが小さく頷いた。これこそが真実だ! というような、視野を狭めるような考察はもっての外だが、かといって可能性を広げようとしすぎてこじつけだらけの説になってしまってもいけない。話を聞いた者を納得させられるだけのものを提示できなければ、その説は可能性の一つにはなり得ない。
ほかの四人の反応を見るかぎり、成田はこれに成功したようだった。
「その説で考えてみると、女の職業まである程度見えてくるな」
関心したように桧山が言う。
「はあ? なんでそうなるんだよ?」
「考えてもみなさいよ。たった一度だけ抱いた『エビフライのよう』だという印象が、人の呼び方として定着すると思う? 絶対にないとは言えないけれど、可能性としては低いはずよ。対象はその女と何度も会っていたし、もっと呼び名としてふさわしい特徴を目にしていてもいいはずなの」
そう言う成田から引き継いで、やはり笑顔で野崎が続ける。
「そうだね。スケジュール帳に『エビフライと会う』なんて書いてあるのを覗かれでもしたら、逆に怪しまれちゃうよ。適当に田中とか鈴木とかどこにでもいそうな呼び名にしておいたほうが、たとえ盗み見られたとしても目立たない。それにもかかわらず女のことをエビフライと呼んでいたということは、つまり『エビフライのよう』だという印象を上塗りするものがないくらい頻繁にそう感じていたと考えるのが妥当なんじゃないかな」
「言い換えればそれは、その女がそういう服装で人と会うタイプの人物だということだ。人目を忍んで会わなければならなかった二人の間柄を考慮すると、普段着であるとは考えにくい。目立つからね。するとそれは仕事用ということになる。人前に出る際に、ドレスのような衣服を身に着ける職業の人間といえば……」
「キャバクラの姉ちゃんってことか!」
合点がいった、と言わんばかりに桐谷が興奮気味に答える。
「キャバクラに限定する必要はないけどね。水商売の女性って考えるのが、ごく自然に導き出せる可能性……のうちの一つだと思う。マーメイドラインのドレスの良く似合う、赤いヒールがお気に入りの女」
最後にもう一度自分の考えをおさらいするかのように、村井を見ながら成田が言った。
村井はもくもくとノートに記録を取っている。彼女はこのグループの書記係を担っていた。話し合いで決めたのではなく、自然な流れでそうなったようだ。彼女は情報を分類して記録するという作業が好きらしい。ゲームを攻略している気分に近いと言う。実際彼女のつけた記録はたいへんわかりやすくまとめられていて、学生時代にはテスト前になると彼女のノートのコピーを欲しがる者が続々と現れ、お小遣い稼ぎになるほどの人気だったそうだ。
「それぞれの説に関しての考察はあとでまとめてするとして、先に全員発表してしまおう。時計回りでいいよな。それじゃあ次は桐谷」
桧山が先を促す。
「よしきた。俺も成田と同じで、エビフライって聞いて浮かんだイメージは服装だったぜ。エビフライの特徴と言えばなんてったってあの衣だろう。だから俺は、茶色いロングコートを着た、背の高い女を想像した」
「背が高いっていうのがミソだね」
野崎がにっこりと頷く。
「ああ。あとロングコートってところもな。ただの茶色いコートならコロッケとかとんかつとか、ほかにも言い表せるものがたくさんあるだろ。でも、エビフライだった。それが意味するなにかがあるんじゃないかと思うんだ」
「確かにありそうな話ね。そこにさっき私が言った赤い靴を履いていた可能性を付け加えてみたとしても、水商売とはまた違った人物像が見えてきそう」
「さっき野崎が言ってたように、印象が上塗りされない程度にコート姿を目にしていたんだとしたら、会うのはだいたい外だったってことだよな」
「ずっと外にいたわけではないにしろ、会う度にコート姿を目撃していた可能性は高いな。対象が女と会っていた期間はだいたい十一月の半ばから、年をまたいで二月の頭ぐらいまで。季節的にも合致する」
眼鏡を中指で押し上げながら桧山が言った。とくに集中しているときに見られる、彼の癖だった。
どうやら桐谷も、四人を納得させるだけの説を唱えることに成功したようだ。




