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八話 邂逅編その二(目的地に着くまでは油断大敵。着いても油断大敵です)

 あれから、どうにかこうにか駅まで着いた俺達だったが、またもや一つの問題に遭遇していた。それは――。


「――だーかーら! こいつらの身分証は今から登録しに行くんだっつってんだろ!」


「いえ、ですからこちらとしましても、身分証が無ければ通行カードは発行出来ないんですよ。それより、何故身分証をお持ちでないのか伺いたいんですが」


「それも言ったろ!? 色々事情があんだよ!!」


「ですから、こちらとしましてもその事情を仰って頂けなければ対応のしようがないんですよ」


 と、こんな感じだ。今はクリスが掛け合っているが、原因はやはりルビー達。


 この駅――と言うか全駅で――は通行カードと言う物を発行しなければ、改札口を通れない仕組みになっている。転生者や転移者の多い、この国のテロ対策の一環と言うのが最大の理由で、通行カードが発行されない限り駅側も通す事は出来ない。


 ただ、まぁ、例外も存在するわけで。例えば、この国で都心部以外に転移者が現れた場合は、確認が取れ次第、関係機関が保護するための特別措置が発動する。転移者の数の関係上、滅多に無いが。何より、その確認が長いこと長いこと。一月二月は当たり前で、仮に確認が取れてもその後の特別措置に対する申請もまた長い。更に言うなら、転移者のその後に待ち受けるその他諸々の申請も無駄に長かったりと、とにかく何にでも長いのがこの機関の特徴だ。対象者が少ないと言う弊害なのかもしれないが、正直待つ側は良い迷惑だ。


 俺達もそんな悠長に待つつもりはない。だからこそ、クリスも敢えてルビー達の事を濁して掛け合っているのだし。だが、そうは言ってもこのままでは埒が明かないのもまた事実。


 そこで、この場合に登場するのが、例外その二だ。俺として出来るだけ使いたくはない例外だが、そうも言っていられない現状。使えるなら使っておく事にする。


「クリス、ストップ。俺が代わるよ」


「だから! って、兄貴。何だよ、もう少しで落とせそうだってのに」


 うん、何か使わなくても良さそう? いやいや、警備員でも呼ばれたら厄介だし、やっぱり使おう。何事も穏便に、が一番だよね。にしても、凄いねクリス。真っ正面からルールをねじ曲げようなんて。どこの恐喝のプロですか? 何気に、駅員さん青ざめて震えてますよ? この短い間にどうしたの? いや、マジで。


 と、そんな事より今はクリスを落ち着かせるのが先だ。


「あ、うん。ごめん。でもな、クリス。ここは穏便に行こう。面倒事は出来るだけ回避で、な?」


「……だけど、兄貴はそれ使いたくないんだろ? だからこうして私が丁寧に頼み込んでんだし」

 睨みを利かした表情から一変、俺を案ずるクリス。丁寧や頼み込んでなどは聞かなかったことにして、俺は肩をすくめて軽口で返す。


「会いに行くんだ。今更、このくらいじゃ気にしないよ。てなわけで、選手交代な」


「あ、ちょっ、兄貴」


 また何か言われる前に、クリスを後方に居るルビー達に向けて押し出す。次いで、俺は駅員に出来るだけ柔らかい笑みを向ける。流石にここまで相手が萎縮していると、話し合いも何も無いためだ。


 それが功を奏したのか、ただ単にクリスが居なくなったからなのか、駅員の顔色も若干だが戻ったように見える。これなら、まだ何とかまともに対応してもらえるかもしれない。そう思った俺は、すぐに駅員にクリスの非礼を詫びる事にした。


「妹が大変失礼しました。大丈夫ですか」


「ええ、まぁ。それで、どう致しますか。こちらとしましては、やはり身分証が無ければ通行カードの発行は出来かねるのですが」


 これで対応の仕方を変えられ、ぞんざいな扱いをされるようなら厄介だったが、そこはやはり社会人。若干顔が引きつっているものの、笑顔で理不尽にも堪えてくれた。まぁ、振り出しに戻っただけの話なのだが。


 俺はこれ幸いと、後ろポケットから長財布を取り出してある物を探す。


「ああ、すみません。それについてなんですが。えっと、どれだっけ? あ、これだ。これ、まだ使えると思うので調べてもらって良いですか。あ、あと、これも」


 俺が取り出したのは一枚の少しばかり特殊な通行カード。それとポケットに突っ込んでいた所々折れ曲がっている招待状。この二つだ。


 これを受け取った駅員の反応は最初こそ怪訝なものだったが、次第にそれが何なのか分かってきたらしく、二つを凝視し始めた。そして、少し席を外す旨のことを告げ、足早にカウンターから引っ込む。大方、上司にでも確認しに行ったのだろう。


 そうして待つ間、クリス達が暇だったのか俺の傍らに寄ってきた。


「兄貴、その財布こっちに寄越せ」


 そう言うなり、俺から財布を奪うクリス。俺が何か言う暇もなかった。


「いや、いきなり何だよ! ちょっ、中身見るな!」


「……毎度の事ながら、よくもまぁ、こんなグチャグチャに出来るなぁ。たくっ、レシートは溜め込むなってのに。カードも必要無いのとか整理しろよな」


 と、そんな事を吐き捨てながらクリスは俺の財布を弄くり回し、整理整頓をしていく。何気にルビー達も興味津々と言った様子で周りを囲み、奪い返すことも出来ない。


 見るな! 頼むから!


 そんな俺の願いが届くわけもなく、クリス達に財布は丸裸にされていった。いや、自分では整理出来ないのだから有り難い事なのかもしれないが、こんな公共の場でやらないでほしい。恥ずかしいと言うか、情けないのだ。女子にカツアゲされているようにしか見えないから。


 てか、本当にやめれ。レシートの中には確認されたら年齢的にヤバいのもあるんだよ! 頼むから返して! ……シス、止しなさい。それをポケットにしまい込むのは止しなさい! 何だ、その笑みは! 脅迫か!? 脅迫なのか!?


 クリスにバレないようこっそり動くシスに、俺は何も言うことが出来ない。言ったら最後、クリス達にバレる。冷たい眼差しを受けるのは確定だ。ただ、それだけならまだいい。それ以上に心配なのは、公衆の面前でそれが露呈すること。そうなったら、もう二度とこの駅には近寄ることも出来ない。いや、外を出歩く事すら俺は拒否するだろう。つまり、それだけは何としても防がなければならない。


 俺はシスと無言の応酬を繰り広げる。だが、それはシスの独壇場でしかなかった。俺が否定や拒否の意を表せば、シスはそのポケットからレシートをソッと出してくるのだから。勝ち目などあるはずもない。最初から俺は負けていたのだ。


 うなだれる俺と強かに微笑を浮かべるシス。それに区切りを付けたのは、そそくさと戻ってきた駅員だった。


「お待たせいたしました。確認が取れましたので、こちらはお返し致します」


 そう言って、駅員は営業スマイルとともに通行カードと招待状を手渡してきた。どうやら顔色も通常のそれに戻ったらしく、こちらとしても何よりだ。


 それでは、また顔色を悪くさせてみよう。ただし、出来うる限り穏便な方法で。


「ありがとうございます。それで、次に俺が言いたいのはですね。この通行カードと招待状からも分かる通り、知り合いなんですよ。招待状の奴と」


「ええ、はい。伺っております。ご家族でいらっしゃるんですよね? そちらの方々の通行許可も存じております。こちらに連絡が来ていなかったもので、先程は申し訳ありませんでした。只今、そちらの方々の通行カードを発行中ですので少々お待ち下さい」


 ……うん?


 ……え? ここから追い込んでからの顔面蒼白は?


 え、無しですか? そうですか……って納得出来るわけないだろ! ちょっと楽しみにしてたのに! 何その完璧に仕事をこなしてます感! これじゃ俺がただ自慢してるだけみたいじゃん! あんな奴と知り合いなんて死にたいくらいなのに! 何だよ、そんな怪訝そうに見るなよ! 泣くぞ!? 泣いて走り去るぞ!?


 などと嘆いたところで結果は変わらず、逆に俺が顔を真っ赤にしたり蒼白にしたりしていた。駅員は訝しげに見てくるだけで、通常運行だ。穴があったら頭から飛び込みたい程恥ずかしい失態だった。悪いことは考えたりするものではない。そう痛感した瞬間だった。


 その後、今度こそ問題も全て解決し、ルビー達にも通行カードが配布された。とは言っても、一時措置の通行カードで、裏に書かれた仮の字が一際目立つ仕様だったが。


 何はともあれ、ようやく改札口を通れる。そこさえ通ってしまえば、あとはゲートを潜るだけだ。それで目的地に到着出来る。便利な代物だ、まったく。


「これはどういう仕組みになっているんだ? クロ」


「これって?」


「このゲートと言うものだ。見たところ、ダンジョンなどの転移陣と似たような造りのようだが。改札口と言うものも興味深いが、やはりこちらも気になる。いや、この世界の物はどこもかしこも気になるのだがな」


「あー、えーと、そうだなぁ……。取り敢えず、ゲートな。ゲートは……、うん、ゲートだよ?」


「はぁ、分からないなら分からないって言えよ。バカ兄貴」


 クリスはこう言うが、逆にゲートの原理や仕組みなど知っている人を探す方が難しいと思うのだが。


 いや、分かっている。クリスの言いたいことは。茶を濁すような物言いはやめろ、と言っているのだ。ただ、だからと言って、期待したように聞かれて素直に知りませんでは、男として格好が付かないと思ってしまったのだから仕方ない。男心も意外に複雑なのだ。そこを分かってほしい。それに、だ。


「じゃあ、クリスは答えられるのかよ」


「無理に決まってんだろ。年端もいかねぇ女子中学生に何求めてんだよ。そんなだから兄貴はモテねぇんだよ。私に責任転嫁すんなよな」


 返す言葉も無い。いや、言い返すくらいは出来ただろうが、あまりに情けない事になりそうで反論出来なかった。その代わりと言っては何だが、捨て台詞とともにゲートに飛び込むことにした。


「ハッ、自分だって彼氏いないくせに! バーカ、バーカ!」


 ええ、逃げましたが何か。勝てないなら逃げる。当然のことだろう?


 だが、そのあとに気付いた。自分がまさに子供じみた噛ませ犬のようだった、と。ゲートに飛び込んですぐのことだ。いくら何でも惨め過ぎるだろう、俺。


 更に俺は気付く。クリス達も同じゲートを通るのだ。目的地が同じなら、ゲートの出口も同じ場所。つまり、俺は噛ませ犬だけでは飽き足らず、捨て台詞を吐かれたクリスの反撃さえも受けるはめになる。どうやら自分で思っている以上に、俺は馬鹿だったらしい。あまりのことに顔を手で覆ってしまう。


 そしてゲートの出口に着く数秒間、俺は自分の考えなしを呪うのだった。


 そうだ。自分を呪うついでにゲートの形などを説明しておこう。ゲートは紋様の入った金属製の大きな輪の形をし、その中心に空間の歪みがある。その中に入るとゲートが起動し、対となったゲートに数秒で行けるのだ。先に言った通り、その原理や仕組みについては分からない。少なくとも、一般常識ではない。学校で習うこともないレベルだ。


 ちなみに、小さな駅だとゲートは一つか二つ。駅が大きくなるにつれ、ゲートの数も増していくのだ。料金もお手軽で、支払いは通行カードにチャージか銀行からの引き落とし。この二つから好きな方を選べる。ただし、未成年者は総じてチャージしか選べないが。


 さて、通行カードの説明はこのくらいにして、顔を覆っていた手を離してみよう。そうすると、視界が広がるのは当たり前なのだが、おかしい。俺の視界に広がるのは、黒、黒、黒の視界。はて、目を閉じているわけでもないのにこれは一体。


 いや、自分を誤魔化すのはやめておこう。きっと得をしない。それならしっかり現実は受け入れるべきだ。


 俺は今、黒服姿の強面の方々に囲まれている。そう、筋肉隆々な方々に、身動きが取れない程至近距離で。ゲートの出入り口、まだまだ肌寒い季節だと言うのに暑苦しいことこの上なかった。


 どうしよう、何気にちょっといい匂いするんだけど。この黒服さん達。


 そんな事を思いながら、俺は次にとるべき言動をどうするか思案する。騒ぐ。これは妥当だ。不審者に対して効果的だろう。今の状況にもピッタリだ。だが、他にも一応考えておこう。選択肢は多い方がいい。


 興奮してみる。論外だ。そんなことをしたら、ルビー達と大差ない存在になる。では鼻息を荒くしてみる。やはり論外だ。ただの変態だ。深呼吸してみる。論外。喘ぐ。論外。抱きついてみる。論外。論外。論外!


 駄目だ。身動きも取れない状況で、息もし辛く暑い。とにかく暑い上に、頭に酸素が回らないせいで変な考えしか浮かばない。このままではいずれ逆上せて気絶してしまいそうだ。


 そうなる前にやはり選択その一を実行しよう。騒ぐ。無駄に選択肢を考えるからいけなかった。最初からこれで良かったのだ。


 そう結論付けた俺は、騒ぐに必要な息を深く吸い込む。そして、あとは吐き出すだけ。


「はい、ストップ。息は止めておいてね」


 突然、そんな台詞が耳元で聞こえてきたせいで、それは叶わなかったが。それどころか、噎せてしまって咳が止まらない。まなじりに涙が浮かび、それと同じくして苛立ちと怒りが湧き上がってくる。


 それもこれも、全てはこの声の主のせいだ。よくよく確認してみれば、黒服の一人が俺の耳元に携帯を近付けているのが分かる。そこまではまだ許せる。だが、許せないのはその声の主だ。俺が一番毛嫌いしている人物だったのだ。そう、生物学上の父親と言うだけのあいつだ。


 俺はどうにか咳を止め、怒りの声を携帯に吐き捨てる。


「クソ親父ぃ。何のつもりだ、これは」


「えー、サプライズだよ。せっかくクロ君が来てくれるみたいだったから、お迎え送ったんだぁ。あっ、もちろんクリスちゃんの方にもあとから送るから心配しないでね」


「ふざけんな! んなもんいらねぇんだよ! さっさとこいつら撤収させろ!」


「ほらほら、言葉遣いが乱暴になってるよ? そんなだから、クリスちゃんに真似されるんだよ。あの可愛かったクリスちゃんが言葉遣い荒くなっちゃって、僕悲しいんだよ?」


「知るかっ! そんなもん、クリスの勝手だろうが!」


 駄目だ。我慢出来かねる。怒りを抑えようにも、常に俺をおちょくってくるような態度に、我慢など出来るものか。ありとあらゆる罵倒をぶつけてやらねば、俺の気が収まりそうにない。


「はぁ……、仕方ないなぁ。黒服、クロ君を連れてきて」


「承知しました」


 そんな俺の思いでも感じ取ったのか、それともただ単にこれ以上の会話を諦めただけか、この生物学上の父親は溜め息を吐いて黒服に命じてきた。黒服も何やらインカムらしきものに返答し、携帯をしまう。こっちにも聞こえたのは、わざとか偶然か。いや、きっとわざとだ。そう言う奴なのだ、こいつは。


 そして、そこからの黒服の動きは早かった。既に取り囲んでいる俺の至る所を掴み、強制的に連行しようとしてくる。


「はっ!? ふざけんな、離せ! おい、こら! どこ掴んでんだよ! よせ、そこはやめろ! やめて下さい!!」


 思わず敬語で叫んでしまう程度には、ヤバい所も掴んできた。それもガッチリ、と。何がとは言わないが、あまりのことに萎んだ。


 また、辺りには俺の悲鳴と黒服の移動する音が響き渡っていた。その周囲に人は居たが、助けを求めても見て見ぬ振りだった。この事だけは多分一生忘れないだろう。


 そして、時は進みあの悪態を吐く冒頭に戻る。



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