四十八話 入学編その三(他意はないです。いや、本当に)
あけましておめでとうございます。
長らく更新出来ていませんでしたが、今日から再開します。取り敢えず、今日明日は更新です。月曜日、祝日ですがこちらは間に合えばになります。ご了承下さい。
一月十日付け。
引き離された唇から透明な糸がぷつりと途切れるのを眺めながら、俺は思わず笑った。恥ずかしさでルビーの顔など見れない。確実に今、俺は真っ赤だ。
俺が何故こんな真似をしたのか。それはルビーの種族が関係していた。ルビーの種族はサキュバス。そして、サキュバスは主食を精力と魔力としている。精力は主に性行為から得て、魔力は契約をした者から得る。
では、その契約方法とは一体何か。答えはすでに示した。つまりはそう言うことだ。他意はない。あくまでも、契約の方法がそれだっただけだ。
それよりも何故今その契約を行ったのか。そして、その契約は果たして正しく執行されたのか。この二つが重要だ。
まず、何故今その契約を行ったのか。これについてはラファエロの力が関係してくる。
ラファエロの力、それは精神支配。この力は文字通り、人間の精神を支配して操るものだ。発動には特定の条件が存在するらしいが、流石にそこまでは分からない。
そして、この精神支配に抗う、または破るために必要なのは精神力ではない。存在の強さ、己の格を上げる必要がある。ルビーの場合、それは魔力の高さに比例している。
つまり、ルビーと契約を交わすことで、ラファエロの力から脱する事が出来るのだ。理論的には。
そして、これが成功したのかを答えよう。この答えはルビーが自ら示してくれるだろう。成功ならば普段のルビーに、失敗したならば俺は殺されるだけだ。
「クロ……」
果たして、俺は勝利をもぎ取った。賭けに勝ったのだ。気恥ずかしさよりもその思いが上回り、ルビーの顔を見る。
潤んだ瞳には光が戻り、紅潮した様には恍惚としたものさえ窺える。惚けながらも俺の名を口にする口から吐息が掛かり、甘い香りが漂ってくる。
元に戻った。ルビーを見れば、一目瞭然の答えだった。
「魔王が捕らわれるな、ばーか」
それを見届けた俺は、ルビーに文句を言って静かに崩れ落ちた。
流石に無理をし過ぎた。腹には風穴、片腕からは骨が飛び出し夥しい出血が今も続く。
倒れて腹を触れば、いつの間にかこちらからも出血していた。いや、当然か。塞がってもいない傷であれだけ動けば血も噴き出す。
「クロ!!」
ルビーの悲鳴が届く。続いて、クリス達が俺の名を呼ぶのが分かった。そのまま、ルビーに抱き起こされ、滴が顔に落ちてくる。
「ああ、どうしてだ。クロ、何故私を助けようなどと。こんな無理をしてまですることではないだろう?」
ルビーが涙に濡れながら告げてくる一つ一つの言葉が、取り戻したのだと実感を与えてくれた。同時に、不思議と意識ははっきりしていて、俺はその涙を拭う事が出来た。
「馬鹿か。何してでも、助けるに決まってる。言ったろ、何が何でも関わってやるって」
「……すまない、クロ」
「謝るなら、全部終わってからな? その時は盛大に説教してやる。覚悟しとけよ?」
「全部終わってから……、分かった。その時は素直に怒られよう。出来れば、ベッドで頼む」
「反省する気ないだろ、おい」
未だ、涙を流すルビーだったが、その中でくしゃくしゃの笑みを浮かべる。俺も釣られて笑うが痛みに阻まれてしまい、苦い笑みになる。
それでも、これでルビーは大丈夫だ。残すはハル達と、この事態を招いた諸悪の根元、ラファエロのみ。
俺は自分を奮い立たせ、身体に力を入れ直す。激しい痛みに再び苛まれたが、逆に気付けになる。とは言え、血を流し過ぎて立つのも難しい。ルビーに支えられなければ、危なかっただろう。
「クロ、大丈夫か」
「大丈夫、問題ない。クリス達も心配ないからな!」
気遣わしげに支えられながら、俺は全員に告げる。クリス達がこちらに来なかったところを見ると、心配はしていても信じてくれていたのだろう。現に、俺の言葉に視線を向けて頷いてくれている。
そこから部屋の奥に視線を移せば、ラファエロの姿が。依然として椅子に座ったままだ。何があっても見物に徹するということか。
ラファエロを一瞥して、再びルビーを見やる。支配されていた後遺症だろうか。あまり体調は良くないように見えた。
「ルビー、もう大丈夫。俺一人で立てる」
「ふらふらの状態だろう。無理をさせるわけにはいかない」
「大丈夫。ようやく一つに戻ったから」
「何を言って」
気遣ってくれるルビーをそっと引き離し、俺はラファエロに向け足を進める。足取りはルビーが心配するほど、ふらついてはいない。徐々に、全身に力が戻ってくるような感覚だ。先程まで自力で立てなかったのが嘘のようだった。
「ラファエロ! 望んだ通りの展開だろ! 戦うなら相手になってやる!」
ナイフ片手に声を張り上げる。しかし、ラファエロは微笑むばかりで答えようとしない。普通の声量で届く範囲まで来て、ようやくラファエロは口を開いた。
「戦うつもりはないよ。戦ったところで意味がない」
「ここまでしといて、何がしたかった」
「それはもう分かっているだろう? 君は知ったはずだ」
「それだけのことで、こんな真似したって言いたいのか」
ラファエロが何を言いたいのか、俺には分かった。だが、それでもクリス達の方を見れば、理解はしてやれない。
未だにリリーはヤマ達を結界にて押さえつけ、アリアとクリスはハルと戦闘している。ルビーとシスも同様だ。俺とラファエロの様子を窺い、戦闘が始まればすぐにでも動くだろう。
理解してやれるわけがないのだ。この状況を作り出した張本人の考えなど。
「演出だよ。ただ君に促すだけではつまらなかったからね」
「良い趣味してる。おかげで反吐が出そうだ」
「そもそも、君があの方から離れなければこんな真似しなくても良かったのだけどね」
そこまでだった。俺は有無を言わさずにラファエロへと迫る。相手に戦う意志が無くとも関係無い。これだけの事を仕出かしておいて、何も無しなど都合が良過ぎる。
「全く、頭に血が上り過ぎだよ。今の力量差を考えるべきだ」
目を離したわけではない。だと言うのに、ラファエロに背後を取られた。振り向く暇もなく、背中から斬りつけられる。
少し離れた位置からルビーの声が届いたが、問題ない。今となっては、この程度の攻撃など大したことではなかった。
「そこに在りとて、在りはしない、か」
斬りつけた状態のまま、ラファエロはそう零す。その後ろで、俺はナイフをラファエロの首筋に添えていた。
「おかげさまで、力を取り戻したからな。有効活用しないと、勿体無いだろ?」
「一つに戻ってすぐにとは思わなかったかな。これは油断したよ」
予想外とばかりに振り返ろうとしてくるラファエロの首筋に、今度は強くナイフを押し当てた。薄く切れたのだろう。首筋から血が垂れる。
ここまで会話して、改めて説明しよう。俺がルビーとの契約をしたのにはもう一つ理由があった。こちらも賭けに近い理由だったのだが、それは俺と言う存在が一つに戻るためだった。
こう言ってしまうと混乱してしまうかもしれないが、簡潔に言えばそうなのだから仕方ない。俺はある時、魂とも存在そのものとも言えるものを砕かれた。原因も何も思い出せないが、砕かれた、その事実だけはラファエロに関する記憶とともに思い出した。
幾つに砕かれたのかは自分自身でも把握していないことだが、それはいい。大事なのは、その砕かれたものが様々な世界に散っていったと言うことだ。ルビーの世界もその一つだ。
そして、何故ルビーがそれを持っていると思ったかについてだが。これに関しては確かな証拠も根拠も無かった。ただ、そこに在ると感じただけだ。これは俺の勝手な見解に過ぎないが、共鳴か何かを引き起こし、引き合ったのではないかと思われる。
だが、それも今は確信を得られた。力と記憶、この二つを取り戻したのだから。ただ、まだ交わり切っていないのか、不完全さは否めない。力も記憶も断片的だ。戻った、と言う実感はあるのだが、こればかりはどうしようもない。
さて、そんな事もあり、俺はルビーとの契約を行ったわけだが。これすらラファエロの思惑通りだった事には溜め息が出てしまう。ラファエロの口からも言っていたが、断片的な記憶でもそれは証明されていた。
ルビーの世界で、俺の欠片は個としての生命を得ていたらしい。流れ込む記憶の断片には、ルビーとの出会いから別れまでのものもあった。飛び飛びの記憶故に、結び付かない個所も多々あり、繋がりも何も無いものだったのだが。
しかしながら、そこにはきっちりラファエロの存在も確認する事が出来た。俺やルビーと対峙するラファエロ。そのあとの記憶は、ルビーとの別れの時まで飛んでしまっていて詳細は分からなかった。ただ、その時のラファエロの姿も今のそれと同じだった事だけは覚えている。正確には、ラファエロが直接操っている人物が同じだった事を、だが。
「俺の力の本質は知ってるだろ。まだ奥の手も残ってる。大人しく降伏するべきじゃないか」
「そうだね、君の力は厄介だ。けれど、君は本当に力を取り戻しているのかな。実は無理をしているのではないか、と僕は考えているのだけれど」
押し当てたナイフを気にも留めず、ラファエロは口走る。何を言いたい、と更に力を込めれば、ラファエロは仮説を話し始めた。
「今はいい。核の君が欠片の君と交わることで、一時的に力が増幅したような状態になっているからね。ダメージなども無視して戦えるはずだ。けれど、それが終わってしまったら? 簡単だ、待つのは自滅。それだけだよ!」
「……っ!」
いつの間にか逆手に持たれた聖剣が迫り来る。間一髪で避けたものの、選択を誤った。ラファエロに気付かれた可能性が高い。何故、力を使わなかったのか、と。
答えは至って簡単だ。使えなかった。いや、これでは語弊があるだろう。正しくは、他の部分に力を割いてしまっていたために回避には使えなかった、だ。
「やっぱり、無理しているようだね。ボロボロの肉体で、しかも君は転生者だ。今の、一部だけの力でさえ扱い切れていない」
その通りだ。転生者はその大半が一般人だとは言っただろうか。それ故にあまり知られていないのだが、特有の力を持った転生者はその大部分において、力を十全には扱えない。これは魂に宿った力と現世においての器である肉体に原因があるとされている。
合わないのだ。魂に宿った力と器である肉体が。限りなく近い、波長が合う場合もあるが、それも稀だ。記憶持ちの転生者の場合だけ、と言えば分かるだろうか。波長が近い場合のほとんどが記憶持ち。逆に言えば、前世の記憶を持つのは波長が限りなく近い器の転生者だけだ。
そして、俺はその限りではない転生者だ。力の大半を器と魂の波長を誤魔化すことに当てている。これとて、普通は不可能なのだが、幸いにして俺の力はそれを可能にしていた。もっとも、かなり無理矢理なのは否めないのだが。
しかしながら、それを素直に話すのもまた馬鹿らしい。相手が気付いていようとも、こちらが不利だと伝える意味は無いのだ。
何より、だからどうしたと言うのか。一対一ならばともかく、今回ラファエロと戦っているのは俺一人ではない。
『現実は幻想に帰す』
『シュノラ・ホールド』
ルビーやシスが居る。ラファエロが幾ら俺の弱点を突いたとしても、二人がそれを阻むだけだ。
「と、これはなかなか」
厄介、と零すと同時に、ラファエロは二重に拘束されていた。一つはルビーの幻だろう黒い触手に、一つはシスの金色の環によって。
「クロ、考えは分かっている。今のうちだ!」
ルビーの声が届くとともに、走り出す。視界の端にはシスのゴーサインも見えた。ルビーは契約のおかげで考えを知ったのだろうが、シスはどうやって考えを読んだのか。少しばかり不思議に思ったものの、それを振り払う。
今はラファエロだ。多少の不思議は無視する。シスの思考など元々読めないのだ。気にしても仕方ない。
間合いに踏み込み、ナイフをラファエロの心臓に突き刺す。そして、その直後、ラファエロの身体は徐々に力を失っていった。




