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四十一話 入学編その三(今日は驚かされてばかりです)

「ク、クリス!? 起きてたのか!?」


 急いで振り返った先には確かにクリスの姿があった。目立った外傷は無さそうだが、治療で眠らせたとリリーは言っていた。もう起き上がって平気なのだろうか。


「別に大した怪我はしてなかったから大丈夫だ。ちょっと内臓と骨にダメージ受けただけだからな」


 と、クリスは俺の考えを読んだのか答えた。


 それはちょっとの次元ではない。俺が言うのも何だが、リリーの治療があっても重傷だ。自分のこともあって、口には出さないが。


 そうすると、シスもクリスと同等の怪我を負ったのだろうか。同じくリリーに眠らされたのなら、そうとしか思えない。その事を尋ねてみたが、クリスは首を横に振った。


「シスは心配ねぇよ。あんなでも神様だってこった。怪我はしてねぇ。ラファエロだかを追うって聞かねぇから、リリーが無理矢理眠らせただけだ。今もぐっすり寝てる」


「良かった。なら、アリアは大丈夫か。リリーには聞いたけど、かなり深い傷負ったって」


 そこまで尋ねて、クリスの表情が変化したことに気付いた。リリーと同じような、悲しげで苦悶に満ちた顔だった。


 クリスはつかつかと俺の横に移動し、無言のままドアノブを回す。そして、静かに開け放った。


 部屋の中は明かりを弱くしてあるのか、薄暗い。クリスが中に入り、スイッチを押して部屋を明るくする。


「っ……アリア」


 正直、言葉を失った。辛うじて声に出せたのも、アリアの名前だけだった。


 俺はどこかでまだ楽観的だったのだ。リリーとクリスの表情や言葉を聞いても、アリアは大丈夫だ、と。ふざけるな。どこが、大丈夫だと言うのか。俺よりも重傷ではないか。


 アリアは、右腕の肘から先の部分が無くなっていた。ガーゼと包帯を何重にも巻いて、固定されているようだ。だが、不思議と血は滲んでいない。リリーが何かしたのだろう。


 それでも、痛々しい姿には変わりない。アリアの青白くなってしまった肌が、余計にそう思わせる。


「酷いもんだろ、兄貴。私を庇って、ああなったんだ」


 横でクリスが先程の表情のまま、言った。それは、悔いて自分を責める表情。まるで、自分がアリアを傷付けてしまった、と言わんばかりだ。


 違う、そうではない。責任は俺にある。そう言いたかった。事実、喉元までは出掛かった。だが、その前にクリスにその言葉を言った人物が居たのだ。


「クリスのせいじゃないよ。私が頭に血が上って油断しちゃっただけ。だから、自分を責めないでよ、クリス」


「アリア!? お前、起きて……」


 声の主はアリアだった。見れば、青白い顔のまま起き上がり、こちらを見ていた。当たり前だが、調子は良くなさそうだ。


 それでも、アリアは笑みを浮かべて俺達を見詰める。


「クロも起きたんだねー。良かった、あのまま死んじゃうのかと思ったよー」


 おはよー、と言わんばかりの軽い口調だった。このままベッドから降りて、歩いてくるのではないか思ってしまう。


 俺は一歩、アリアに近寄る。無意識だった。だが、その無意識もすぐに止まる。クリスが飛び出したのだ。


 アリアに向けて、クリスが駆け寄る。次いで、その勢いのままアリアを抱き締めた。


「わっ、クリス危ない……って泣いてるの?」


「ひぐっ、アリアがこのまま死んだらどうしようって。私のせいで死んじゃったらって思って。ごめん、ごめんなさい――――」


「うん、うん。大丈夫だよ。私は死んでないし、死なないから」


 泣きながら謝罪の言葉を口にするクリスに、アリアは残った片腕で抱き締め返す。しばらくの間、部屋にはクリスの泣き声が響き渡った。


 どうでもいいことだが、俺はどうすればいいのだろうか。まるで、空気と化してしまった気分だ。物凄く居たたまれない。


 と言うか、だ。俺もアリアの目覚めは嬉しい。嬉しいが、何故クリスは俺の時には泣かなかったのか。いや、こんな事を思うなど最低かもしれないが、どうしても腑に落ちないのだ。何だか、とても悲しい気持ちになる。


 その後、一頻り涙を流したクリスはそのまま眠りについてしまった。起こすのも悪いので、そっとしておこう。


 アリアから毛布を貸してもらい、クリスの肩に掛ける。


「ごめん、クロ。クロの十八番奪っちゃった」


「おい、それじゃあ俺がクリス泣かせるの得意みたいに聞こえるんだけど」


「あはは、違うよー。クリスが本当の自分見せるのって、クロだけだったから」


「そんな事ないだろ。十分アリア達にも心開いてるよ」


 クリスの様子を見ながら、アリアと軽い調子で会話していく。本来ならば、先に俺は謝罪するべきなのだが、どうにもそちらに話を持っていけていない。今もアリアのペースに乗せられてしまっている。


「それはそうなんだろうけどねー。でも、シスもそう思うよね?」


「……肯定……」


「っ! うわっ、いつの間に!?」


 シスの声がして振り向けば、眠そうに目元を擦るシスの姿があった。本当に驚いた。今日はあれか、背後に立たれる日なのか、と言いたくなる。


「……心外……最初……覚醒……」


「そうだよー、最初から居たもんねー?」


 シスとアリアが俺に半分冗談混じりの非難をしてくる。本当に仲良しな二人だ。シスがトコトコとアリアに近寄り、労る様を見ると尚更そう思う。


 そう言えば、アリアに限ってはみんなの呼び方についても変化があった。最初こそ、さん付けなどをしていたが、今では普通に名前だけだ。これを見ても打ち解けたのだと分かる。


「ありがとう、シス。大丈夫だよー、私はシスと同じだもん」


「……痛感……所有……」


「うん、それはねー。確かに痛いけど、これくらいは前にも何回かあったことだから」


「……ん? ちょっと待て。アリア、まさか前にも腕切り落とされることあったって言うのか!?」


 傍らで二人の会話を聞いていた俺は、アリアの発言に自分の耳を疑った。だが、アリアは更に衝撃的なカミングアウトをしてきた。


「あはは、腕だけじゃないよ。首以外は大体一回は切り落とされたんじゃないかなー」


「は……?」


 アリアが何を言っているのか、俺には理解出来なかった。思考の歯車が軋みを上げて停止しようとする。だが、直前で完全な停止には至らない。

 と言うのも、この世界にはハルのようなヴァンパイアの前世を持つ者や、常人から逸脱した転移者も存在する。それを考えれば、アリアの非常識な発言もまた有り得ることになるのではないか。そう考えたからだ。


「あっ、今のクロは知らなかったんだっけ。えっとね、私が竜なのは前に見聞きしてるから分かるよね。でも、私って実は普通の竜じゃないんだ。何と、神竜って呼ばれる神にも匹敵する凄い竜だったのだー」


「は……?」


「あれ? クロ? クロー……? 固まっちゃった」


 固まっちゃった、ではない。何を軽い感じで爆弾発言しているのか。いきなり聞かされた俺の身にもなってほしい。驚いて思考停止もする。


 とは言え、それも少しの間のこと。どうにかアリアのカミングアウトを飲み込んで、硬直を解く。本当は現実逃避の一つでもしてやりたいのだが、今は踏ん張るとしよう。アリアに詳しい説明を求める。


「あー、うん。取り敢えず、アリアが神竜なのは分かった。それで前にも手足切り落とされたのにその部分がある説明と、大丈夫な理由を教えてくれ」


「いいよー。えっと、一番分かりやすい説明をするね。私がシスと同じだからだよー!」


「……はい?」


 説明する気があるのか、と問い質したくなる程、理解不能だった。俺の質問を、どこをどう受け取ったらそうなる。


 意味が分からない。これは新手の暗号か何かか。アリアはこれで説明しきったと言わんばかりの様子だ。自信満々でもう一度聞くのを躊躇してしまいそうだ。だが、一体どうしたらこの暗号が分かると言うのか。


 脳をフル回転させて、答えを探す。もう頭の中をひっくり返しては散らかす勢いだ。しかし、答えは見付からない。


 そこに、シスが別の、だが、ある意味正しい答えを提示してくれた。


「……アリア……説明……不得手……」


 なるほど、シスは正解だ。そして、俺は間違っていた。安易に、アリアに難しい説明を頼んだ俺が悪かったのだ。


 何だか目頭が熱くなる。何に対してとは言わないが、涙腺はすこぶる元気だった。


 そこから、俺はシスの助言を胸に、アリアに立ち向かう。アリアの体調を考慮して、休み休み情報を得ていく。長丁場は覚悟の上だ。根気強く質問していこう。



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