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四十話 入学編その三(夢と目覚め、です)

 夢を見た。遠い、果てしなく遠い記憶の夢を。


 白い空間だった。そこにはぽつりと檻が置かれ、人が一人閉じ込められていた。


 その檻に近付くとある人物が居た。鉄格子ぎりぎりまで接近し、彼は言う。


『やあ、またあの方に刃向かったんだって? 君もよくやるよ』


『間違ってる事を間違ってると言っただけだ』


『あの方に間違いはない。神は何をしてもいいんだ。間違っているのは君の方さ』


『人は自分の足で立てるようになった。もう、神は見守るだけでいい。手を出すべきじゃないんだ』


『その回答は論点がズレてるよ。神は何をしてもいい。世界の理に縛られない。何故なら、理を創ったのは神だから。神が望むなら、それは間違いではないんだよ』


 俺はぼんやりとした感覚で、二人の会話を上から見下ろして聞いていた。二人の人相は分からなかったが、予想はつく。過去の俺と、ラファエロだ。漠然としたものだったが、俺には確信そのものだった。


 二人の会話はまだ続く。


『お前に何を言っても、彼女の肯定をするだけか』


『神だからね。君も否定するのはもうやめておきなよ。いくらお気に入りでも、度が過ぎれば意志を消される。人形になるのは嫌だろう?』


『彼女が俺の言葉に耳を貸して改めてくれるまで、否定し続ける。例え、それで俺と言う存在が無くなっても』


『君に何を言っても、無駄か。利口になりなよ。今の君は愚かだ』


『お前もな。彼女の真似事ばかりして、何が楽しいのか。俺にはさっぱりだ』


『君には分からない。お気に入りの君には、ね』


 そこまでだった。不意に上に引っ張られる感覚が俺を襲う。夢から覚める。直感だが、分かった。


 しかし、下では未だ話が続いている。まだ駄目だ、もう少し、そう思いながらも最早会話を聞き取る事も叶わず、俺に抗う術はなかった。


 光が俺を包み込んでいく。眩くも、暖かい光。それを認識した時、俺の意識は遠のいていった。


 次に俺が目覚めたのは、自分の部屋だった。眠りから覚めてぼやける視界。真っ先に目に入ったのは天井だ。次いで、腹の部分に重みを感じ、首を持ち上げて視線をそちらに移す。


 目に映るのは眠りについたリリーの姿。一体何故こんな状態なのか。まだ起きて間もなく、意識が混濁していてはっきりしない。


 俺はぼんやりとまた天井を見詰める。何があったのか考えるうちに、次第に意識がはっきりとしだしてきた。そして、思い出す。


「ルビー! ……っ!」


 勢い良く上体を起こし、俺は痛みに悶えた。痛みの根元は腰から腹にかけてだ。そこは確か、ラファエロに刺された位置だった。


「ん……? クロ!? 目覚めたんですね! 動いてはいけません! まだ怪我が治っていないんです!」


 俺の叫びと悶えた際に大きく揺れた動きで、リリーが目を覚ます。その後、すぐに俺の状態にも気付き、ベッドに寝かせる。


「リリー……。ルビーはどこだ。あれからどうなった」


 俺はリリーに寝かされながら尋ねた。しかし、リリーは傷の様子を探るだけで答えてはくれない。口を噤み、答える事を拒否しているようだ。


 だが、それが答えでもある。リリーが口を噤むような事態。つまり、それは最悪の事態に陥ったと言うことに他ならない。


 詳しい顛末までは分からないので話してほしいのだが、こうもあからさまな態度を見せられるとそれも難しい。今はリリーの治療が終わるのを待って、それからもう一度話を聞こう。


 リリーが腹の部分を探っている間、俺は先程まで見ていた夢の事を考える。ぼんやりとしていた夢の中より、今ならはっきり分かる。


 檻の外に居たのがラファエロ、中に居たのが俺だ。やはり、因縁は存在した。だが、ここで分からないのはあの空間と会話内容だ。


 俺は彼女と言っていたが、まさかルビーではあるまい。ルビーは魔王であって、神などと大それた存在ではないのだから。


 そうなってくると、あれはルビーとは関わりのない記憶なのだろうか。決め付けるには早いかもしれないが、俺の中の何かがそう訴えかけてくる。


 ルビーと関わる以前にも、俺には前世かこが存在し、ラファエロとの関わりがあった。しっくりくる。すとん、と心の中にそれが収まった。


 そこまで考え、他にも疑問を解いていこうとしたが、不意に下半身がこそばゆくなる。この流れは大体読める。


「リリー、股間を弄るってのは仮にも怪我人に、それもこんな非常事態にやることか?」


「っ! 私としたことが! あまりに無防備だったので、つい」


「つい、じゃないだろ。怪我の具合確認したなら、みんな呼んできてくれよ。顛末を話が聞きたい」


 溜め息混じりにリリーに手を退かせ、俺は先程の話を蒸し返す。リリーは話したがらないが、クリスならば教えてくれるだろう。俺が目を覚ました事を伝えるついでに、リリーに頼む。


 だが、リリーはやはり苦悶に表情を歪め、首を振った。


「それは……あまりお勧め出来ません」


「最悪の事態だって言うのは分かってる。それでも、あのあとどうなったのかは聞いておきたいんだ。頼む、リリー。リリーが答えられないならクリスに」


「クロの思っている以上に、最悪の展開なんです! ……今起きているのは私とクロだけと言えば、察してもらえますか」


 俺の言葉を遮って言われたその内容を、俺は理解出来なかった。


 リリーは一体、何を言っている。今は空も明るく、昼過ぎといったところだろうか。起きているのが俺とリリーだけとは、クリス達は昼寝でもしていると言うのか。


 いや、本当は分かっている。現実を見たくないだけだと。リリーのまなじりに溜まった涙の粒、噛み締めた唇を見れば明らかだ。


「クリスとシスは大丈夫です。多少の怪我はありますが、命に別状はありません。治療の為に私が眠らせました。しかし、アリアは……」


「アリアはどうなった」


「クロが刺されて、クリス達三人がラファエロに向かったのですが、その時にクリスを庇って聖剣で深い傷を負ったんです。幸い、こちらも命に関わる怪我ではなかったです。ですが、クロもお腹の怪我を見て分かると思います。あの聖剣での怪我は私でも容易には治せません。相応の時間を掛けてなら、もしかしたら可能かもしれませんが」


 私は聖女失格です、と自分を責めるリリー。俺は何と言葉を掛ければいいのか、沈黙してしまう。だが、一つだけ確かな事はある。リリーのせいではない。


 こうなったのは、読みの甘かった俺の責任だ。俺がミスばかりしたからだ。そして、ラファエロの責任。二人の責任であって、リリーが責めを負うことではない。


 言葉を選びながら、その事を伝える。それでもリリーは納得しなかったが、一応は頷いてくれた。


「アリア達はどこにいるんだ。それから、ヤマ達もあれからどうなった」


「アリア達はクリスの部屋に纏めて寝てもらっています。その方が看病もし易いですから。それと、彼らは態勢を立て直すと言ってどこかに行ってしまいました」


「そうか、ありがとう」


 アリア達にも罪悪感を覚えたが、ヤマ達には特にそれが強い。こちらの事情に巻き込んだも同然で、恨まれても仕方ないだろう。結局、ラファエロはハルを狙っていたようだったが、それでも巻き込んだことには変わりない。


 謝罪して許されるとは思わないが、ヤマ達には頭を下げなければならない。そして、ラファエロからルビーとハルも奪還しなければ。


「リリー、あれから何日経った? 一日も経ってないってことは無いだろ?」


「一日だけです。それだけで目を覚ましたクロには驚かされましたよ」


「まる一日。いや、そうか。クリスとシスは眠らせただけなんだし、そんなもんか」


 リリーの言うとおり、我ながら早くに目を覚ましたものだ。もっと眠っていたと思った。


 そうして、一頻り納得のいった俺はベッドから起き上がる。腹から痛みを感じたものの、どうにか堪える。


「クロ! 何をしているんですか、まだ寝ていて下さい!」


「もういい。アリア達の様子を見に行きたいんだ。それに、ラファエロも捜さないと」


「駄目です! そんな身体で動き回ったら、今度こそ本当に死んでしまいます!」


「大丈夫。リリーのおかげで痛みも我慢出来るくらいだし、何とかなる」


「なりません。お願いですから、傷が癒えるまでは寝ていて下さい」


 しばらくの間、押し問答は続いたが、結局リリーに止められてしまった。と言うよりも、強制的に眠らされてしまったと言うべきか。


 リリーの手が俺の目元に被さり、そこから暖かな発光とともに意識を失っていた。気付いた時には、空は暗闇に包まれていた。


 部屋も暗く、手探りで部屋の明かりを探す必要がある。俺はベッドから降りて、立ち上がる。その際、腹の傷が痛みを訴えかけてきてよろめいたが、どうにか持ち直した。もっとも、それで更に痛みが増して呻いてしまったが。


 ともかく、流石に自分の部屋とあって、案外簡単に見付かった。スイッチを入れ、部屋に明かりが灯る。どうやらリリーは居ないようだ。下に降りたか、クリスの部屋に行ったのだろうか。


 どちらにしろ、都合はいい。いくら怪我をしているからといって、また強制的に眠らされては堪らない。


 俺は腹の傷を確かめる。服を捲って分かったのは、ガーゼを包帯できつく巻き付けていること。そして、それでもなお、ガーゼや包帯が血に滲んでしまっていることだった。


 リリーの言う通り、やはり完治にはほど遠い。これをアリアも受けた。アリアだけではない。クリスやシスももしかしたら、そうなっていたかもしれない。そう考えただけで、怒りや何やらがない交ぜになって憤りを覚える。


 歯を食いしばり、拳を握る。全ては俺の不甲斐なさ、誤りから起きた。それに比べれば、こんな怪我大した事ではない。少しばかり、いつもの怪我より痛むだけだ。


 俺は服を戻し、部屋から出る。廊下には明かりが灯り、スイッチを探す手間は掛からなかった。


 そのまま、クリスの部屋に向かう。と言っても、そこまで俺の部屋と離れているわけでもない。歩いてすぐにクリスの部屋には到着した。


 ノックする。返事はない。まだ三人とも眠っているのか。そっと、ドアに手を掛ける。そして、開けようとしたその時だ。


「兄貴、とうとう夜這い掛けるまでに毒されちまったのか」


 背後から、クリスの声が聞こえた。



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