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三十九話 入学編その三(崩壊の時です。後編)

 俺は片膝を折り、目前のラファエロを仰ぎ見る。多分、左腕と肋骨が数本折れたか、ひびが入っている。倒れてしまいたいほどの激痛が、絶え間なく続く。


「流石だね。力を失ってなお、僕に抗えるなんて。流石はあの方の……と、口を滑らすところだった。秘密は守らないと」


 ラファエロが何かを口走りそうになるが、それを追及する気は無い。と言うか、自分の事と周囲の状況を確認するので手一杯だ。


 アリアはまだ何とかルビーを阻んでいる。どうにも、戦い辛そうではあるが。本当に危なくなれば本気になるはずなので、アリアの方は心配いらない。


 それよりも、シスの方だ。準備は整ったように見える。クリスが合図を送ってきている。


「用意は整ったかな? それなら、もう君はいいや。ほら、あっちに加勢に行ってあげなよ」


 クリスの合図にはラファエロもやはり気付き、俺を見下ろすのをやめた。そして、そのままシスの方へと歩みを進める。


 まさか、シスに危害を加えるつもりか、と半ば強引に立ち上がったが、それは杞憂に終わった。ラファエロはある程度の距離を詰めただけで、それ以上は歩を止めた。


 直後、ラファエロを闇の球体が覆う。周りには、金色の文字らしきものが輝きながら、幾十にも帯となって球体を包む。それは次第に球体を縛り付けていき、闇を隙間なく埋め尽くしていった。


 そして、シスの声がこちらまで届く。普段の声量のように、大きくはない声が確かに俺には聞こえた。


『リバース・ゼロ』


 それが聞こえたと同時に、球体は音もなく圧縮され消え去る。残ったのは、仄かな光の粒子のみ。そこに、ラファエロの姿はなかった。


「やったのか……って、シス! 流石に消しちゃ駄目だろ!」


 ふらふらとしながらもシスに駆け寄る。痛みが増したが、それは今はいい。


「まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇだろ。兄貴だってズタボロにされたんだからよ」


「それとこれは別だろ。ん? シス?」


 シスを擁護するクリスと俺が口論し始めた直後、当の本人が目前に進み出てきた。次いで、いつもよりは多い口数でもって俺に訴えかけてくる。


「……理解……不可……否……目標……生存……」


 シスの視線の先を辿れば、そこはラファエロがちょうど居た場所だった。もう一度、シスを見やる。シスの言葉を要約するならば、理解は出来ないがラファエロは生存している、となる。


 それを理解した俺とクリスは唖然としてシスを見詰めた。すぐさま、周囲の状況も確認する。ルビーは止まり、ハルも大人しくなっている。リリーとアリアは様子見なのか少し気を緩め、ヤマ達も苦しげではあるが息を整えているようだ。


 終わった。そう受け取れる状況だ。ラファエロの姿はやはり無い。だが、シスが生きていると言うのだから、間違い無くどこかに居る。


 三度、シスを見やる。それとほぼ同時だった。


「気付かれるとは思わなかったな。それ相応の代価は支払ったつもりだったけど」


 俺の背後で、ラファエロは言った。クリスの息をのむ音が、妙に耳に残る。


 俺は微動だに出来ず、振り向く事も出来ない。腰の辺りに、堅く尖ったものが当てられていたからだ。以前にリリーが言っていた情報を思い出す。恐らく、聖剣を突き付けられている。少しでも動けば、俺の腰から腹にかけて風穴が空くのは間違いない。


 俺は痛みから浮き出る汗とは別の、冷や汗を流しながら考える。妙な動きをすれば、風穴だ。そうすると、俺に出来るのは会話だけとなる。


「……それで、どうする気だ。支払った代価が無駄に終わって、これも思惑通りか?」


 慎重に、しかし、出来るだけ平然とした態度でラファエロに問い掛ける。聖剣が腰に少し食い込む。痛みはそれほどでもなかったが、あまり挑発的な言葉は使わない方が良さそうだ。


「思惑通り、と言いたいところだけど、そこの邪神様に限っては予想以上の力だった。上位の守護聖器の半数以上を失ったからね。修復も出来ない程に」


「なら、一旦撤退した方がいい。シスの相手をするには、万全な状態の方がいいだろ?」


「そう言うわけにもいかないんだ。これでも、こんな茶番じみた事をするのに僕も労力を費やしているからね。今はまだ、撤退は出来ない」


「なら、どうしたい。このまま、俺を人質にして降伏させるのか?」


 ラファエロの考えがまるで読めない。このあと、一体どうする気なのか。ルビーもハルも動きを止め、状態こそ視認出来ないがラファエロも万全ではないはずだ。


 次にラファエロはどう打って出る。緊張状態のあまり、思考が纏まりそうにない。


「そうだね、こういうのはどうかな? 元々の予定に沿うんだ」


 ラファエロはそう言って俺の首を掴み、リリーの下へと一瞬で移動する。魔法で言うところの転移だろうか。気付いた時には、リリーのすぐ側だった。


「クロ!?」


「まさか本当に人質にする気か!」


 ハルの状態を確認しながら、俺達の方の様子も窺っていたリリー。突如として傍らに現れた俺とラファエロに、動揺が走る。俺もまた、この状況には動揺してしまう。


 だが、ラファエロはそんな俺達を前にして、首を横に振った。


「違う。人質なんて小物じみた真似するわけがない。こうするんだ」


 突然だった。腰から腹にかけて、急激に熱を帯びた。次いでやってくる痛み。俺は小刻みに震えながら、腹を見る。


 そこには剣先が血を吹き出しながら生えていた。自覚する。俺は刺されたのだ、と。自覚したからこそ、痛みが鮮明に知覚出来る。


「クロ!」


「――――!!」


 あまりの事態、痛みに、声にならない絶叫をしていた。同時に、聖剣が俺の中から引き抜かれた。支えを失い、俺は力が入らずに膝から崩れ落ちる。


 地面にはおびただしい血が滴り、見る見るうちに赤黒く染め上げいく。鉄の匂いが鼻腔をくすぐり、胃からは何かが込み上げてくる。


 息をするたびに痛みが走り、次第に呼吸すらまともに出来なくなってきた。咳き込み、吐血をした時にはもう、視界がぼやけ始めていた。


「クロ、しっかりして下さい! クロ! どうして傷が癒えないんですか! 塞がって、塞がって下さい!」


「ほら、結界が解けた。君を痛みつければ、聖女様は君を助けようとする。簡単な事だろう?」


 リリーが俺を抱き上げ、声を掛けながら傷を塞ごうと癒やしの力を当てる。そこに、ラファエロの声が届く。だが、どちらの声もどこか遠くに聞こえてしまう。耳まで遠くなってきているようだ。


 感覚が麻痺していっている。手足にも力が入らない。


 だと言うのに、何故俺は足掻こうとしている。何故、立ち上がろうとしているのだ。


「クロ、いけません! 傷が塞がらないんです! 動いては」


「リリー……ラファエロを……止めるんだ。離せ」


「離しません! 動いては駄目です、クロ!」


 喋るたびに口の端から血が漏れ出る。どれだけの血を失っているのだろうか。考えるのも億劫だ。何より寒い。血が抜けていくにつれて、体温も抜けていっているようだ。


 意識が薄れていく。ぼやけ始めていた視界は、次第に光を失って音とともに消えていった。


 そんな中、ラファエロの言葉だけが俺の耳に届く。


「彼とルビーは貰っていくよ。願わくば、次に君が目を覚ました時には、記憶が蘇っている事を期待するよ」


 俺が覚えていたのはそこまでだった。そのあとに何があったのか、意識を失った俺には分からない。全てが反転し、俺はただただ暗闇へと落ちていった。



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