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三十五話 入学編その二(困った事態です)

 結局、この日の放課後になっても、ラファエロの姿を俺達が見ることはなかった。ここまであからさまに姿を見掛けないと、逆に警戒感が強まってくる。ましてや、ハルの件もあるのだから気が気ではない。


 家に帰ってからも、それは付きまとう。どうしたものか、と思いつつ、俺は部屋に戻ってとある人物にAPで連絡を取ろうとしていた。


「あっ、どうも。瑞希さん、マガミです。今、少し話せますか」


『ええ、大丈夫ですよ。クロさん、どうなさいましたか。時司様は現在所要で出られないのですが』


「あれに用はないです。いや、やっぱり用があります」


 脊髄反射的に否定の言葉を言ってしまったが、今回は奴に用がある。無論、ラファエロの事についてだ。瑞希さんでも良いのだが、奴に直接真意を確かめたかった。以前にラファエロの事を報告したと言うのに、何故学園に編入させたのか。その他諸々、それが知りたいのだ。


『そうなりますと、一度確認してみなければ分かりませんので……』


『何々、クロ君から? いいよ、出てあげるからそれ貸して』


『あっ、ちょっ、時司様!?』


『もしもーし、見えてる? クロ君の姿は見えてるね』


 何かあちら側で揉めたようだが、奴が勝ったらしい。瑞希さんの姿が小さくなり、奴の姿が現れた。どうでもいいが、所要ではなかったのだろうか。こちらとしては助かるので聞かないが。


 俺は奴からの問い掛けを無視して、本題に入ることにした。奴に構っていたらキリがない。そこのところは学習済みだ。


「聞きたいことがある。何でラファエロを学園に編入させた。前に報告したよな、ラファエロについて」


『あー、そのこと? それは僕話したくないから、みぃちゃんに任せるよ。みぃちゃんもそれの詳細は知ってるから。じゃあ、あとは任せたよ。みぃちゃん』


『申し訳ありません。時司様から任されましたので、僭越ながら私がお答え致します』


 と、思ったのだが、奴は顔を渋めて言い捨てると完全にその姿を消してしまった。再び瑞希さんの姿が大きくなる。ここまであからさまにラファエロの話をしたくないとは、一体何があったのだろうか。そちらの方が気になって仕方ない。


 だが、ラファエロについてが今回の本題だ。奴の事は取り敢えず置いておこう。お願いします、と告げて瑞希さんに事の詳細を聞く。


『結論から申しますと、今回の件に時司様は関与しておりません。知ったのは事後になります』


 最初に言われたのは、関与を全面的に否定する言葉だった。その結論に俺が何か言う前に、瑞希さんは詳細を話し始める。


『発端はクロさんからの連絡でした。その時まで、私達はラファエロと言う人物の事を何一つ知らなかったのです。そこで、クロさんに連絡を貰って早急に調査をしました。しかし、調査してなお、分かったことはそう多くありませんでした』


「それ、どういう……」


 それはおかしい。俺はICFに連絡をした時、確かに言われた。


『既に対処している。そう言われたのですよね?』


 そうだ。瑞希さんの言う通り、そのままの台詞だった。あの時は瑞希さんに連絡が取れず、仕方なく正規の手順に従ってICFに報告した。その後、折り返しの連絡で瑞希さんにも報告したのだ。


『……ICFは一枚岩ではありません。様々な派閥が存在するのです。特に、時司様と敵対する派閥も中にはあります』


 瑞希さんが何を言いたいのか、この時点で察しがついた。つまり、出し抜かれた上に妨害までされたのだ。ラファエロの情報も、その派閥の者が握ってしまっているのだろう。それも、情報が漏れぬようトップ付近だけで。


 これでは、奴が嫌な顔をして瑞希さんに説明を押し付けたのも頷ける。敵対派閥にそんな真似をされて、良い気持ちなわけがない。


 それから語られた内容も大体予想通りのものだった。やはり敵対派閥の策略によるもので、現段階では手を出せないとも言われた。


『申し訳ありません。こちらとしても助力はしたいと思っていたのですが、都合により今回ばかりは表立っては出来かねます』


「いえ、教えてもらっただけ有り難いです。また何か分かったら、お願いします」


 それを最後に、瑞希さんとの連絡を終了させた。通信が切れて最初に口から出たのは、重いため息だった。


 ややこしい事態になった。瑞希さんの説明で、それを思い知らされた。APをベッドに放る。


 奴が泣き寝入りするとは思えないが、瑞希さんも言っていた。今回ばかりは、表立っては動かないだろう。しかし、自分の懐にある転移者(駒)に手を出されたのだ。機会を探って何がしかの報復はするはずだ。いや、そもそもの機会を無理矢理にでも作るだろうか。ともかく、奴が大人しく負けを認めることはない。その辺りに関しては心配ないだろう。


 問題はこちらだ。ラファエロをどうにかし難くなってしまった。元々何か悪さをしたわけでもない。ただ、ルビーや俺に警告とも脅しとも取れるものを言っただけだ。だからこそ情報が貰えれば、と思っていたのだが、こんな落とし穴があったとは。


 正直言って、瑞希さんの説明を聞かなければ良かったとさえ思ってしまいそうだ。情報を聞くつもりが、逆に不安要素が増えてしまった。聞いて損は無かったが、得をしたわけでもない。困ったものだ。


「どうしたもんかな。今の段階じゃ、ラファエロを敵なんて言えないし。何か仕掛けてきてくれたら楽なのに」


 現状、俺に出来ることはそれこそルビーに近付けさせない程度だ。それ以上の事は出来ない。後手に回るしかないのだ。


 何とかしたいが、こればかりは仕方ない。俺は一旦それについては保留と言うことにした。次いで、連絡も終わった事もあり、部屋から出てリビングに向かう。確か、ルビーとリリーが居たはずだ。


 程なくして、リビングに到着する。そこには二人の他に、いつの間にか帰宅していたらしいシスとアリアの姿もあった。この二人が帰ってきているのなら、リビングには居ないがクリスも家に居るのだろうか。


 そう思って、リビングからダイニングの方に視線を向ければ、調理しているクリスの姿が。時間的に夕食の準備だろう。制服にエプロンが良く似合っている。実に可愛らしい。


 と、それはさておき、リビングの方に視線を戻す。四人で何かを覗き込むようにして囲んでいるようだ。俺がリビングに入ってきた事にも気付かない。一体何をそんなに真剣になっているのか。


 そっとシスとアリアの座るソファーの後ろから覗いてみる。紙だ。手書きの文字で書かれたリストのようだ。文字を流し読みして、その内容を探る。


「……どこの悪魔崇拝だよ。儀式で悪魔でも呼び寄せる気か?」


 ビクッと驚いてこちらを一様に見てくる四人を無視して、俺はそのリストを手に取り詳しく読んでいく。動物の死骸から始まり各部位、処女の生き血、猛毒草に猛毒茸などなど。忌避しがちな素材が、リストにはずらりと書き並べられている。


 これのどこに封印やらに必要な素材があるのか。俺が見付けられた唯一まともな素材と言えば、聖水だけだ。あれか、聖水さえあれば問題ないとでも言いたいのか。引きつった笑みが浮かぶ。


「誤解です、クロ。これは一般的な儀式に必要な素材を書いていっただけです」


「随分偏りのある一般的だな、おい。まともな素材が聖水しかないんだけど?」


「何を言う、クロ。処女の生き血もまともな素材だぞ。古来より処女とは純潔の象徴として――――」


 何だろうか、ルビーの変なスイッチが入ってしまった。周りが見えなくなっている。そんなに処女を熱く語られても、俺にはどうしようもないのだが。見てみろ、リリーは賛同しているようだが、シスとアリアが引いている。


「クロ、何か怖い。何でルビーはあんなに熱弁してるの?」


「俺にも分からないな。取り敢えず、放っておこう」


 こそこそと小声でアリアと話し合い、俺達はルビーから視線を逸らした。次いで、リリーとシスの二人を引っ張ってリビングからダイニングに移る。本当はリリーも置いておきたかったが、このリストを作成する事となった張本人だと分かった。連れて行かないわけにはいかない。


「んだよ、兄貴。リビングで騒いでるだけでも鬱陶しいってのに」


 ダイニングに来たところで、夕食の支度をしていたクリスに文句を言われてしまう。夕食の手伝いもせず、クリスに任せっきりでは耳が痛い。俺は謝りながらダイニングを使わせてもらえるよう頼み込む。


「悪い、クリス。片付けはやるから、な? ちょっとだけテーブル使わせてくれないか。頼むよ」


「……たくっ、少しだからな。もうすぐ夕飯出来っから、その間だけだ」


「助かる」


「助かるついでに、あれ止めてきてくれたら良いんだけどな」


 クリスはその言葉を残して、溜め息混じりにキッチンへと入っていった。何はともあれ、許可は貰えたのだ。リリーから事情を聞き出そう。


「で、何でこんなリストを作ることになったんだ? まさか、これ全部必要な素材ってわけじゃないんだろ?」


「ええ、そうですね。何というか、封印などの儀式に使う素材をですね? その、忘れてしまいまして」


 リリーの台詞に、俺は唖然とするしかなかった。あれだけ言っておいて、実は忘れてましたは通用しない。


「……冗談だろ?」


「……クロ……本当……」


「じゃなかったら、こんなリスト作らないよねー」


 辛うじて出した俺のそれは、シスとアリアによって否定されてしまった。リリーなど、目が泳いでいる。そして、その様に俺は気がつく。


「えっ、まさか数日準備に必要って言ったのは……」


「そのくらいの日数があれば思い出せるかな、と思いまして」


 俺は頭を抱えて呻く。なんて馬鹿な、と思う傍らでは誤魔化すように笑うリリーの姿。全くと言っていいほど、反省の色は見当たらなかった。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。そもそも私は聖女ですから、奇跡くらいは起こせますし。素材に頼らなくても何とかなります」


 では、このリストを作ったのは何なのだ。必要な物だからこそ、思い出そうとしていたのではないのか。それを尋ねてみれば、リリーは言う。


「あれば儀式の見栄えは良いですし、負担も少なく成功率が上がるんですよ。万全を期して、思い出そうとしただけです。心配いりません、聖女は奇跡を起こすものですから」


 奇跡を起こす前に素材を思い出せ、と思うのは間違いだろうか。自信満々のリリーを見ていると、不安しか抱けないあたり、間違いではない気がする。今からでも、やはり無理だったとハル達に伝えるべきだろうか。


 リリーに言っても、今更そんな真似は出来ないと言われてしまった。何でも、痴女の矜持に背く、と。せめてそこは聖女の矜持と言ってもらいたかった。それならまだ俺も納得出来たのだが。


 ともかく、リリーは頑なで諦めてくれなかった。結局、俺の方が妥協するはめになったのだ。妥協点は、この事を正直にハルに告げることで、最終確認を取ることだ。流石に、この事実を隠したまま行うわけにもいかない。ハル達には承諾してもらう必要がある。


 リリーもこれには頷いてくれた。これすら断られたらどうしようか、と思っていたので助かった。リリー曰わく、一度承諾したことは覆す気はないが、相手が取りやめることにしたのなら構わないらしい。意外にまともな考えで驚いたが、納得してくれたのならそれでいい。


 その後、クリスが夕食の支度でテーブルに食器などを置き始めたので、話はそこまでとなった。いや、話と言ってもリストのことだけだったので、夕食後に再開する事もないのだが。


「――と言うわけだ。分かったか、クロ。……なっ、誰もいない!? クロ、何故先に夕食を食べている! 私がまだだろう!」


 リビングで熱弁していたルビーが誰も居ないこと気付いたのは、俺達が夕食を半ばまで食べ進めていた頃だった。慌てて食卓に駆け寄るルビー。あのまま気付かなければ面白かったのに、と思ったのは秘密だ。流石に哀れだ。


 哀れで思い出したが、どうして未だに食卓に肉が並ばないのか。アリア用のにしてもだ。魚は並んでも肉は無い。今度それとなくクリスに尋ねてみよう。俺の小遣いについても、ついでに。



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