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三十四話 入学編その二(変質者だけでも大変なのに、問題が増えました)

 その日の昼休み。俺はルビーとリリーを連れて、昼食を食べに中庭へと来ていた。昼食はクリスお手製弁当だ。適当なベンチに座り、昼食を始める。


「結局、午前中にラファエロ見掛けなかったけど、どこ行ったんだ?」


「さあ? 何かルビーにしてくるわけでもなかったですしね。一体、何がしたいのか分かりません」


 話題はラファエロについて。どうしても動向が気になってしまい、この手の話が多くなる。午前中も何故編入してきたのか、どうやって編入出来たのかなどの話をしていた。今もまた、編入したてでいきなり姿を現さなくなった件に話が進む。


 保健室での件が関係あるのか、と考えるがやはり腑に落ちない。またどこからか、俺達を監視でもしているのだろうか。辺りを見渡しても、その影も視線もありはしないのだが。


 さて、そうして会話を重ねていると、ルビーの手が俺の手に触れてきた。


「……飯が不味くなる。ラファエロの話はよしてくれないか、二人とも。現れないなら現れないで、構わないだろう?」


 食べる手を止められてルビーの方を向けば、彼女はまだ一口も弁当に手をつけていない事が分かった。俺達がラファエロの話題を出したのが原因か。確かにルビーの前でと言うのは、配慮が足りなかったかもしれない。


「そうだな、ルビーの言う通りだ。気にしてたら切りが無いし、ラファエロの思う壺かもしれない。この話は終わりにしよう」


 リリーも俺に同意するかのように箸を休める。それを見て、ようやくルビーは俺の手を解放してくれた。


 そこからはルビーも弁当に手をつけ始め、昼食が再開された。話題も当たり障りの無い世間話を中心に、他愛ない日常の一幕と化していった。


 昼食を食べ終わった頃、こちらに歩いてくる人物を見つけた。ヤマだ。俺が気付いた事を知って、軽く手を振ってくる。


「よっ、仲睦まじいねぇ。嫉妬しそうだわ」


「先に身内に嫉妬しろよ」


「ハルはいいんだよ。どうせそのうち刺されっから」


「そこは助けてやれよ」


「俺の嫉妬は恐ろしいってな」


 俺と軽口を叩き合いながら、ヤマは隣のベンチに寝転んだ。次いで、本来の用件を尋ねてきた。


「なぁ、クロ。最近のハル、どう思う?」


「どうって、また曖昧な質問だな。何かあったのか?」


「いんや、変わりなく女の子三人とイチャコラしてますな」


「なら、何だよ。俺から見ても変な所は特に無いけど」


 ヤマの問い掛けに俺は首を傾げる。変化があったとは思えないが、そもそも教室で見掛ける程度で、俺は最近ハルとあまり話さない。何かあったのだろうか。


 その答えは、意外にも隣から与えられた。リリーだ。


「ヴァンパイアの匂いが時折濃くなる事がありますが、それに関係があるのではないですか」


 リリーのこの推察に、ヤマが勢い良く起き上がった。同時に、俺とルビーもまたリリーを見やる。そうしているうちに、ヤマがリリーに向かって説明を促してくる。


「確か、リリアーヌさんだったっけか。詳しく説明してくれ」


「と、言われましても。私もさほど気にしていなかったので」


「何か、何かあるだろ。些細な事でいいから、教えてくれ」


 起き上がって迫るヤマに、リリーは助けを求めるようにして俺に視線を向けてきた。自分の言った事で、こうなるとは予期していなかったようだ。


 だが、リリーの発言は俺も気に掛かる。ヤマを後押しするため、俺もリリーを促す。


「俺も気になるから、分かる事だけ教えてくれよ」


「そうですか。では、以前にお会いした彼との違い程度なら。以前の彼はどちらかと言えば人間に近い匂いでした。しかし、最近の彼はヴァンパイアの匂いの方が強く、入学式の時のような濃厚な匂いを発している時があります。あれは存在自体がヴァンパイアに近付いていっているように感じました」


「それって悪いことなのか、リリー」


「私には何とも。しかし、急激な変化ではありますから、危険ではあるかもしれません。ヴァンパイアの本能に、自我が消滅する事もありますし」


 リリーのその言葉に、俺はヤマを見つめた。地面に座り込み、俯いてしまっている。


 ヤマが一人で俺達に会いに来た理由は、この事を確認したかったのだろう。そして、やはり当たっていて打ち拉がれた。そんな様子だった。


「二人はどうにかしてやれないのか?」


「……無理だな。リリーの話を聞いて少し考えたが、私ではどうにも出来ない。この件と私の力は相性が悪い。一時しのぎにはなっても、根本的な解決はしてやれない」


 ルビーの方は緩く首を横に振られてしまう。仕方ない事だ。無理を承知で尋ねて、考えてくれただけ有り難い。続いて、俺はリリーの返答を待つ。


「出来なくはないですが、あまりお勧めはしません。どちらの方法も過程で酷い苦痛を伴うものですし……」


「っ! あるのか!?」


 リリーの発言に反応したのは、他でもないヤマだった。俺も驚いたが、ヤマの反応はその上を行っていた。俺が止めていなければ、リリーに掴み掛かっていたかもしれない。


 取り敢えず、ヤマを落ち着かせてからリリーの話を聞くのがいいだろう。その旨を伝え、ヤマを落ち着かせる。


「悪かった。それで、さっきの話の続き頼むわ」


「分かりました。方法は二つ。封印か支配です。ただし、先程も言った通り、どちらを選択してもその過程で酷い苦痛を伴うことになります」


「苦痛ってのはどのぐらいのもんになるんだ? 封印と支配だと何か違いは?」


「そうですね。まず苦痛の方から申しますと、精神の脆い方なら死に至る程度でしょうか」


 これには俺もヤマも大分驚いた。流石に死に至るレベルとは、想定外だ。ただ、ルビーやリリーの平然さを見る限り、この二人は相応のリスクだと思っているようだ。そのまま、話も進んでいく。


「次に封印と支配ですけど、これらは文字通りの意味です。どちらもヴァンパイアの血に対する処置です。封印は血を完全に、もしくはある程度封印してしまいます。支配の場合は、血を弱め、彼にその血の支配権を握らせることになります。どちらも、強固な精神の持ち主でないとお勧め出来ませんが」


 どうしますか、とリリーはヤマに問い掛けた。それにヤマはまた俯いて黙してしまう。それはそうだ。ハルの了解も得ていない状況で、即座に返答は出来ないだろう。


 しかし、何も返せないヤマにリリーは返答を促す。


「返答は早めにお願いします。ルビーの封印もそう長くは保たないでしょうし、私の方の準備にも数日必要です。迷えば迷うほど、時間は無くなりますよ」


 と、告げた。確かに早い方がいいかもしれないが……。


 ん? ちょっと待とうか。ルビーの封印? 何の話だ?


 そう思ったのは俺だけではなかった。ヤマも顔を上げ、ルビーの方に向き直る。当の本人は、どうした、と言わんばかりだったが。


「ルビーの封印って何の話なんだ? 俺、知らないんだけど」


「言っていなかったか。入学式のあの時だ。ほら、私が格好良く参上し、眠りにつかせただろう。あの時に、ヴァンパイアの血と言うか人格を深い夢の中に落としてやった。リリーの言う封印はその事だろう?」


「はい、その通りです。あれも封印の一種には違いありません」


 まさか、あの時のものが封印だったとは。気付けるわけがない、そんなもの。だが、それなら方法が他にもあることになるのではないか。その事を尋ねてみたが。


「無理だ。根本的な解決にはならない。あれはその場しのぎの、言うなれば応急措置だ。この数日で目覚めかかっているのが、何よりの証拠だろう? それに、私も数日おきに眠らせるなんぞ御免だ」


 と、にべもなく断られてしまった。少し粘ってみたが、やはり了承は得られない。ルビー曰わく、あれはあくまでも応急措置であり、多用するのは危険だとか。珍しく懇々と説き伏せられてしまった。


「じゃあ、やっぱりリリーに頼るほかないのか」


「そう言うことだ。リスクについても仕方ないな。聖の者が魔の者を封印なり何なりするのなら、リスクは必ずある。対象者が死ぬ可能性程度なら、まだ優しい部類に入るはずだぞ」


 リリーはかなり格の高い聖女だろう、とルビーは告げた。今日は本当にルビーが珍しい。リリーを褒めるなど、今まで無かった事だ。本当にルビーかどうか疑わしくなりそうだ。


 しかし、リリーが実はそんな実力者だったとは。聖女の皮を被った痴女だとばかり思っていたが、考えを改める必要があるかもしれない。聖女であり、痴女でもある、と。


「分かった。ハル達の意見も聞いてみっけど、やる方向で準備頼む。いや、頼みます。どっち選ぶかは相談してからでお願いします」


「分かりました。では、その方向で。封印と支配のどちらを選ぶにしても、なるべく早くにお願いしますね。参考までに、封印はヴァンパイアとしての力を失いますが、人として生きられます。支配は人格を飲まれる危険がありますが、成功すればヴァンパイアとしての力を掌握出来るようになるはずです」


 リリーの話した内容に、ヤマは頷く。そして、リリーにお礼を言ってから立ち去った。そろそろ、昼休みも終わる頃だ。俺達も片付けを始める。


「協力してくれてありがとう、二人とも」


「いえ、クロに私の聖女としての力を見せる良い機会ですから」


「クロに感謝されるほど、私は特に何もしていないんだがな」


 困ったような表情でそう言ったルビーに、俺は笑う。それでもだよ、と伝えながら。


 そのまま、片付けの終わりとともに俺達は校舎内に戻る。程なくして、次の授業開始五分前を知らせるチャイムが鳴り、廊下は慌ただしい雰囲気となっていくのだった。



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