三十六話 入学編その二(動き出した物語は止まらない、です)
明くる日、教室に入ってすぐに俺はハル達に呼び止められた。もう答えを出したのだろうか。今後のハルの人生にも関わってくる事なので、慎重に決めると思っていたのだが。
果たして、俺の予想は当たっていた。ルビーとリリー共々学園の見晴らしはいいが人気の少ない中庭に連れて行かれ、ハル自ら頼んできた。昨日、俺が言った妥協点に関する話を持ち出しても、ハルの意志は変わらなかった。
しかし、納得しているのがハルとヤマだけなのは気掛かりだ。七瀬達の表情には曇りが見え、明らかに納得しきれていない。
大方、ハルが自分の意見を押し通したのだろう。ハル本人の事だ。七瀬達もその意志を尊重し、頷くほかなかったと見える。だが、これに俺は何も言わない。納得しきれていなくとも、七瀬達は選んだのだ。なら、それは俺が口を出すことではない。
七瀬達から意識をハルに戻し、日取りなどを決めていく。そこで決まったのは、週末、学園の無い日に俺達の敷地内で行うと言うことと、封印を選ぶと言うことだった。
本当なら、安全面を考慮して学園側やICFなどにも協力を仰ぎたかった。だが、ハルの内密にしたいと言う意向や、こちらの事情を鑑みてこの判断となった。こちらの事情と言うのは、ラファエロの事だ。光の件や監視の件もある。派手に動くのは危険だ。警戒に越したことはない。
そうして決まった日時に場所を確認し、ハル達とはそこで別れた。一緒に戻っても良かったが、七瀬達の様子からしても俺達は居ない方がいい。そうした方がハルと七瀬達は話し合えるだろう、と考えたのだ。
俺達は中庭に残り、時間を置いてから教室に戻ることにしていた。しかし、それは断念せざるを得なくなってしまう。
「やあ、何だか面白そうな話をしてたみたいだね」
昨日、全く姿を見掛けなかったと言うのに、このタイミングで現れるとは。やはり、監視していたと言うことなのだろうか。ラファエロは微笑みを貼り付けて唐突に、まるで気配を感じさせずに現れた。
警戒はしていた。俺やルビー、リリーも。見晴らしの良い中庭なら、すぐに察知出来ると思っていたのだが、誤りだった。そう思わされる。
「……何のことか分からないな」
「そう言う無駄なやり取りはいらないよ。彼の封印、面白そうだね」
無意味なのは分かっていた。ラファエロは多分全て聞いていた。それでも苦し紛れに言ったのは、抵抗と意志表示するためだ。関わらせる気はない、と。
それすら無駄でしかないのかもしれない。ラファエロの笑みが増す。そして、俺のそれを意図も簡単に退ける台詞を吐いた。
「関わらせてもらうよ? その方が君達にとっても都合が良いはずだ。知られたからには、目の届かない所で何かされるより、目の届く所で見張って牽制した方が良い。違うかな?」
これに、俺は何も言い返せなかった。ラファエロに同意するのは癪だが、言っている事は正しい。俺達が日時やらを変更しようとも無駄だ。ラファエロは、俺達を常に監視するだけでいいのだから。
しかし、素直に頷ける程には俺は出来た人間ではない。無言でラファエロを睨む。
「怖いな。そんなに睨まれても僕は撤回しないよ?」
「……分かった。場所と日時は聞いてたんだろ? 好きにしろ」
「クロ!?」
「あいつの言うこと聞くのは癪だけど、どうしようもない。好きにさせるしかないだろ」
ルビーの気持ちも分かる。だが、現状では他に手が無い。少なくとも、俺には思い付かない。ルビーもそれは同じらしく、俺の言葉に押し黙ってしまった。
リリーの様子も確認したが、こちらはこちらでラファエロの観察に徹していた。何か分かれば、このあとにでも教えてくれるだろう。俺もラファエロに視線を移す。
「納得出来たみたいだね。それじゃあ、僕はもう行くよ。週末が楽しみだね」
それだけ言い残し、ラファエロは優雅に中庭から去っていった。残った俺は、やるせない気持ちに拳を握り締めるしかなかった。
「リリー、ラファエロを観察して分かった事は?」
「前回と同程度の事だけですね。上手く隠されているみたいです。やはり……」
「すまないが、話せない」
リリーの視線がルビーに飛ぶが、そこに求める答えは提示されない。俺もルビーを見つめるが、苦しげに顔を歪めるだけで、結果は同じだった。
「クロ、すまない。だが、話せないのだ」
俯くルビー。掛ける言葉を探す俺。リリーも口を噤んでしまう。風で髪がたなびいた僅かな時間、沈黙がその場を包んでいた。
「……ほら、もうホームルームまで時間もないだろう? 早くしなければ、遅れてしまうぞ」
それを破ったのはルビーだった。俺達の前に出るや、軽い調子で呼び掛けてくる。だが、見るからに空元気だ。無理しているのが分かる。
「あっ、と。そうだな、リリーも行くぞ」
「はい、クロ」
だからと言って、それを指摘するのも野暮だ。俺はリリーに声を掛け、ルビーのあとに従う。校舎に入った直後、示し合わせるかのようにホームルームの始まりを知らせるチャイムが鳴った。
ここから教室まででは距離がある。それはつまり、ホームルームへの遅刻が確定した瞬間で。
「って、遅刻はまずいだろ! 二人とも走るぞ!」
「むっ、廊下は走ってはいけないのだぞ。ルールは守れ、クロ」
「何で魔王が律儀にルール守ってるんだよ!?」
「クロ、私は走ると揺れて脱げるのですが」
「どんな隠し芸だ、おい! 聖女はどこにいった!」
二人は相変わらずの様子で俺も声が張る。先程までの暗く重い空気が嘘のようだ。確かな日常がそこにはあった。
ホームルームが始まって静寂な廊下に、俺達の声が響く。だが、駆ける足音だけは終ぞ聞こえず、俺達は盛大に遅刻するのだった。
そして、数日後にこの日常が意図も容易く崩れるとは、この時の俺は想像もしていなかった。想像出来ていたのなら、もしかしたら食い止められたかもしれないと言うのに。どうしようもなく、俺は愚か者だった。
これにて入学編その二は終了です。次回からその三始まります。
十一月二十二日付け。




