二十九話 入学編その二(この仕打ち、日頃の行いのせいですか)
「――うん、決まったわね。今日はもう終わりだから、このあとは自由。好きに帰っていいわよ。それと、明日は部活動のオリエンテーションと委員会顔合わせよ。教壇にプリント置いておくから、持っていって。あとそれから、もう一度言っておくけど、カリキュラムの申請は今週までだからね。忘れないように!」
いつの間にか寝ていたようだ。寝ぼけながら雨月先生の説明を聞いたが、何のことか分からない。質問しようにも、雨月先生は早々に教室から立ち去ってしまった。なら、と視線を両隣に交互に向ければ、ルビーとリリーも寝ていた。二人に尋ねても、多分同じように分からないだろう。
仕方なく、辺りを見渡して答えてくれそうな人物を捜した。結果、ハル達が目に付いたのだが、どうやら頼れそうにない。何故なら、俺を見て腹を抱えて笑っていたから。つまり、まともな答えは得られそうになかった。
まだ鈍い思考のまま、次に俺が見たのはホワイトボード。そして、そこで俺の意識は完全に覚醒した。
「……はい?」
思わず、そんな驚きが口に出てしまう程の衝撃を受けて。
いやいや、ちょっと待とう。ホームルームが終わったのは把握した。委員決めやら何やらが決まっちゃったのも、うん。まだ、理解出来るよ。でも、でもさ、その人選は理解したくないよ。
「何だよ。ルビーが風紀委員で、リリーが保険委員ってさ! 明らかに人選ミスだろ! 選んじゃいけない奴選んじゃってるよ!? それに俺も雑用委員ってなんだよ! 中等部じゃそんなの無かったろ!?」
もう叫ばずにはいられなかった。ホワイトボードに書かれていた内容、それは委員名とその担当になった人物の名前。分かるだろうか、それを見た瞬間の俺の動揺が。誰かが仕出かすとは思っていたが、まさかクラス全体でとは。あの学園案内を見聞きしていたなら、誰か止められただろうに。
俺は力が抜けて天を仰いだ。最早、茫然自失に近い状態となっていた。ハル達の居る辺りから爆笑が届く。笑いたければ笑うといい。だが、被害を被るのは俺だけではない。ハル達、いや、クラス全体にも被害は出るのだ。下手をしたら、高等部、学園にとっても。その時が来て、後悔すればいい。俺は笑って全員を道連れにしてやるだけだ。
俺はその情景に思いを馳せつつ、力の無い笑みを浮かべる。そうしていると、幾分か気持ちの整理も出来た。冷静になったと言うより、逆に落ち着いたと言った感じか。
「むぅ……? どうした、クロ。疲れ切った顔をしているぞ」
「はあぁ、おはようございます。寝てしまっていたようですね。クロ、どうしました?」
その頃になると、ルビーとリリーの二人も目覚め、俺の状態を心配してきた。無性に腹が立つのだが、今回仕出かしたのはこの二人ではないので、怒ることも出来ない。怒れば、それは単なる八つ当たりになってしまう。結果、俺は天を仰いで嘆息するしかなかった。
それから、掻い摘んで事態の説明を行った。これで二人も、俺が何故嘆いていたのかを少しは理解してくれるだろう。話し終えた直後まではそう思っていた。
「なっ、クロと離れ離れになるだと? そんな事があって許されるのか」
「私も……いえ、案外これはチャンスなのでは。合法的にクロの介抱が出来ますし。その過程で……いけますね」
一方は見当違いの心配を、一方はまた良からぬ事を企み、俺の意図するものとは別物になっていた。そして、そう言えばこういう奴らだった、と気付く。理解してくれるだろう、などと思うのも馬鹿らしい。そんな奴らだ。
「悪い、お前らに期待した俺が馬鹿だったんだよな。いいさ、思う存分暴れろ。好き放題して、学園中を後悔させてやれ」
俺は二人の手綱を放した。どちらにしろ、近くに居られないのだから制御も何も無い。なら、いっそ開き直って好きにさせるのが一番だ。下手に制御しようとして俺一人被害を被るよりかは、被害を拡散した方がいい。
これぞ、まさに平等と言うものだろう。平等、何と高尚な言葉か。分け合い、負担し合う。素晴らしいことこの上ない言葉だ。
暴走とも言える俺の発言。しかし、それを止められる者はこのクラスには居なかった。ハル達はいつの間にか消え、雨月先生は言わずもがな。かと言って、クラスの生徒で親しい者は少なく、話し掛けてくるような者もいない。
果たして、誰が投げやりになった俺を止められると言うのか。否、先に言った通り居ないのだ。俺はどこまでも暴走して……。
「イテッ! 誰だよ、いきな……り? あっ、れ? ゴレラ先生?」
「如何にも。そう言う貴様はマガミだな?」
俺の頭にキレの良い叩きをしたのは、生徒指導のゴレラ先生だった。強面の良い笑みを浮かべている。額に青筋が浮き出ていなければ、更に良い笑みだったのだろうが。だが、おかげで俺の暴走はすんでのところで食い止められた。
ところで、一体何の用なのだろうか。まさか、暴走した俺を止めに来たわけでもあるまい。そう思ったが、答えはすぐに見付かった。いや、告げられたと言うべきか。
「貴様、昨日問題を起こしていたな? 少し話がある。生徒指導室まで来い」
「えーと、昨日の件はもう処理済みのはずじゃ……」
「もう一つある。忘れたなんざ言わさねぇぞ。さっさと来い」
そう言って、ゴレラ先生は俺を強引に引っ張り上げる。そう、言葉通り席から引っ張り上げたのだ。それも片手で。宙に浮く俺は、そのまま連行されていく。
「ちょっ、待って……」
俺のそんな言葉はゴレラ先生には届かなかった。慌ててルビーとリリーも付いて来たが、様子見をするだけで助けてはくれない。一応、危険は無いということなのだろうか。晒し者にされている身としては、危険ではなくとも助けてほしいのだが。
果たして、俺達は生徒指導室まで連れて行かれた。明日から噂されるのは、きっと俺の事だろう。一難去って二難、三難が降りかかる日だ。
そして、俺は生徒指導室でゴレラ先生と向き合い、尋問されることとなった。ルビーとリリーは関係無いと言われ、外で待機中だ。
「――分かってんだろうな。自分の仕出かしたことを。ガキじゃあるまいし、言い訳は聞かんからな」
「そこは聞くべきじゃ……」
「ああ? 何か言ったか」
「いえ、別に」
まだ未成年者なんですけど、と本当は言いたかったのが、ゴレラ先生の迫力に圧されてそれを飲み込んだ。本当に、何故この人物が教員を勤めているのか。疑問しかない。
と、それはそれとして、誤解を解かなければ。何を勘違いしたのかは知らないが、俺は無実だ。それだけは、はっきりさせておこう。
「でも、本当に俺、何もやってないですよ?」
「しらを切るな! こっちにゃ、証拠もあんだぞ! 貴様が受付係りにセクハラしたってな!」
「…………あー、そんな事もあったかも?」
あー、うん。そんな事もあった。いや、でも、うん。ごめんなさい……。
勘違いでも無実でもなく、正しく有罪だった。ゴレラ先生の証拠が何かは知らないが、確かに事実だ。反論の余地もない。
俺は誤魔化すように笑う。視線はもちろん逸らして。正面から見れるわけがない。大見得切って、誤解を解かなければなどと意気込んでいたのだ。どうして視線を合わせられようか。
ただ、ゴレラ先生にそれが伝わるわけもなく、ふざけた態度を取っていると思われてしまった。
「貴様ぁ、舐めてんのか? ああ? 何だ、その態度」
「クロ、セクハラとは何のことだ! 欲求不満なら私にぶつけるべきだろう!」
「いえ、そこは私の出番のはずです! さぁ、今からでもどうぞ犯して下さい!」
ゴレラ先生の台詞を遮って生徒指導室に雪崩れ込んできた二人に、俺は頭を抱えたくなった。この二人が入ってきてしまうと、余計に話が拗れる。今でさえ、ゴレラ先生が聞く耳を持ってくれていないと言うのに、本気でやめてほしい。
俺は二人が何か喚いているのを無視して、強引に生徒指導室から追い出す。また入ってこないように施錠も忘れない。扉を叩く音が響くが無視だ。
とにかく、ゴレラ先生に弁明するのが先決であり、二人はどうでもいい。せめて、こちらの言い分だけでも聞いてもらえなければ、俺は終わる。男なら潔く罪を認めろ、と言われても断固拒否だ。運命に俺は抗ってみせる。
俺はゴレラ先生が言葉を詰まらせている隙に、矢継ぎ早にこちら側からの視点、顛末を伝えていった。その結果。
「聞いていたより、酷い内容だな」
墓穴を掘ったようだった。
「受付係りの女性も、注意してくれるだけでいいと言っていたが、気が変わりそうだ。なぁ、マガミ。退学と反省文に謝罪、どっちを選んでほしい」
「本当にすみませんっ。反省文に謝罪でお願いします。頼みます、退学だけは勘弁して下さい」
どこぞの取り立てにあった気分だったが、四の五の言っていられない。最早、懇願。それだけ、ゴレラ先生の表情は怖かった。
結局、懇願の末に反省文と受付係りの女性への謝罪で事なきは得た。だが、厄介なことがもう一つある。ルビーとリリーをどうするか、これが残っていた。
毎度のこととは言え、今回ばかりは相当苦労するだろう。気が滅入って仕方ない。自業自得なのだろうが、少しは休ませてほしいものだ。
溜め息混じりに俺は生徒指導室の扉を開けた。
次回、物語が動き始めます。多分、きっと……。
十一月一日付け。




