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三十話 入学編その二(物語はようやく動き出すようです)

 生徒指導室の扉を開けた俺に待っていたのは、案の定な展開だった。発情した猛獣ほど、危険なものはない。所構わず襲ってくる。


 とは言え、こちらにも切り札は存在する。俺は予想通りの展開に、一歩下がって横に避ける。すると、真っ直ぐ突っ込んでくる猛獣はとある人物にぶつかる。言わずと知れた、ゴレラ先生にだ。


 その結果、二人はそのまま説教コース行きとなる。完璧な作戦だった。俺の作戦がここまで完璧に決まったのは初めてだ。小躍りしそうになる。


 捕まった二人を尻目に、俺は生徒指導室から出て行こうとした。だが、そんな俺をゴレラ先生が呼び止めた。


 反省文は明日までに提出すればいい。謝罪もまたその時に。呼び止められる理由が思い当たらないのだが。果たして、ゴレラ先生は告げる。


「報告はされている。この二人の面倒を見ているのは貴様だったな。連帯責任だ、そこに並んで正座しろ」


 何だろうか、俺は教員全てに嫌われているとしか思えない。ブラックリストに載っているからと言って、目の敵にされる謂われは無いのだが。とは言え、ゴレラ先生に苦手意識のある俺は大人しく並んで正座する。情けないが、反論してまた何か言われるよりはマシだ。


 それからしばらく、俺達は説教を受ける事となった。せめてもの救いは、雨月先生とは違って話が逸れずに真っ当な説教だったことか。それでも辛いことには変わりないが。


 ◇


「――はぁ、初日に続いて二日目もあんな説教で終わるとか、どうなってるんだ」


「そう言う運命なんですよ、クロはきっと」


前世むかしも、要らぬ面倒に首を突っ込んでいたしな。クロ、仕方ない」


「お前らのせいなんだよ! てか、慰めにもなってない!」


 まったく反省の色の無いルビーとリリーに、俺は全てを投げ出したい気分だった。もう、どこか別の国にでも逃亡しようか。そんな考えすら浮かぶ。この一月ばかりで、幾度目かのことだった。ただ、それをするのも現実的ではなく、いつも断念せざるを得ないのだが。


 諦めを含んだ溜め息を吐く。結局のところ、俺が面倒を見ると言ってしまったのだ。今更、放棄するのも後味が悪い。この話は終わりにしよう。


「もういい。それより、クリス達遅いな。説教長引いてたし、先に行ったか?」


 俺は話を変えて、この場にまだ居ないクリス達について呟く。現在、俺達は学園の校門前でクリス達を待っている。昨日、授業が終わったらここに集合するよう言われていたからだ。俺も詳しくは知らないが、買い出しなどのついでに商業地区に出掛けるらしい。


 だが、肝心のクリス達の姿が未だに見えない。俺達よりも遅れると言うのは可能性としては低いのだが、どうしたのか。このまま、ここで待ちぼうけと言うのも困る。仕方なく俺は通信端末――APでクリスに連絡を取る事にした。


 APとはリアリティア産の通信端末で、世界のどこからでも通信可能と言う代物だ。例え辺境の地でさえ、誤差なく通信が行える。以前に話した白と黒の二つの塔がその大元を担っているらしいが、俺もそこまでの情報は持っていない。良くある、仕組みは分からないが操作は出来ると言うやつだ。


 それはそうと、クリスへの連絡だ。一体、どこにいるのか。クリスの連絡欄からコールボタンを押す。数回のコール音のあとに、通話の表示が出た。小型化したクリスの立体映像がAPから浮かび上がる。


『んだよ、兄貴。今こっち、忙しいんだよ』


「いや、待ち合わせ場所に居ないからどうしたのかと思って」


『兄貴達があんまりおせぇから先にモール来ちまった。んで、今イベントやってっから忙しい。分かったか? んじゃ』


 クリスはそれだけ言うなり、ぶちっと通話を終了させてしまった。あとに残るは、虚しいばかりに鳴り響く通話終了の音のみ。ルビーもリリーも、俺の心情を察したと言わんばかりに静かだった。


「……まぁ、何だ。こっちが遅れたのもあるし、クリスも今日は張り切ってたしな。仕方ないから、取り敢えず合流するか」


 気まずいこの空気を打破するために、俺は苦笑混じりに二人に話す。この時ばかりは二人もまともに従ってくれて、無駄な手間は無かった。


 それから俺達はまず駅に向かい、そこから商業地区へと入る事にした。道すがら、他愛ない会話をしながら駅へ。


 と、その道中の事だった。前方から妙な格好をした青年が歩いてきた。金髪の好青年と言った人物だ。しかし、その格好は白のタキシードに白のネクタイ、白の革靴と思しき物。全体が白を基調とした姿なのだ。


 これだけで妙な、と言うのは偏見かもしれないが、この辺りでは見掛けない格好だ。その青年の雰囲気がまたそれを際立たせていて、と言うのもあるのかもしれない。とにかく、目に付く。


 それはルビーやリリーも同じなのか、その青年を視認するや否や足を止めていた。かく言う俺もまた、直後足を止めてしまう。その間も、青年はまるで俺達に向かって歩いてくるように歩を進めてくる。


 近付いてくるに連れて、青年の容貌なども分かってきた。好青年な顔立ちに、小さな剣の耳飾りなどをしているようだ。身長も俺よりは高いように見受けられる。動き方や体格を見れば、この青年が戦闘の心得を知っている事も分かる。それもかなりの手練れだ。少なくとも、俺よりかは上だろう。


 そうこうしているうちに、青年は俺達の真正面まで来てその歩みを止めた。どうやら、本当に何か用でもあるらしい。左に銀のペンタグラム、右に金のヘキサグラムが刻まれた碧眼が見据えてくる。そして、にこやかに笑みを浮かべ、言った。


「やあ、ルビー。会いたかったよ。僕の愛おしい女性ひと。僕のフィアンセ」


「っ! き……」


 いきなりの発言に、ルビーが殺気立って何かを言おうとした。だが、それは青年の手によって阻まれる。文字通りその手で、人差し指でルビーの口を塞いだのだ。


 いつの間に、と驚く俺を余所に、ルビーが青年の手を振り払う。次いで、再度青年に何か言おうとしたようだが、それもまた阻まれる。今度は青年の耳打ちによって。


「――――。――――だよ? いいのかな?」


 二言、三言、ルビーに耳打ちした青年は最後に極上の笑みを浮かべて問い掛けた。すると、ルビーは悔しげに下唇を噛み締め、押し黙ってしまう。何を言われたのかは分からなかったが、あまり良い内容とは思えない。


 だと言うのに、いや、だからこそか。ルビーは無理矢理笑みを作っていた。そうして、俺に向かって語る。


「クロ、こいつはラファエロ。私の知り合いだ。まさかこの世界で会うとは思っていなかったものでな、動揺してしまった。そう警戒しなくても大丈夫だ。すまないな」


 そんなわけがない。知り合いだと言うのは本当だろう。しかし、それだけだ。真実は語られていない。そんな事、今のルビーを見ていればすぐに分かる。


 俺は無言のままルビーの手を引いて、ラファエロから引き離す。それから改めてラファエロへと向き直り、告げる。


「ルビーとどういう関係かは知りませんが、今日はこれから予定もあります。すみませんが、失礼させて頂きます」


 ラファエロにはそれだけだ。ルビーの手を掴み、俺はリリーに視線を送る。そして、その場を立ち去ろうとした。だが、その前にラファエロがルビーを引き留め、またもや気付かぬうちに耳打ちしてきた。


「――――。――――。僕は常に見ているからね」


 何を言ったのかは今度も分からなかった。ただ言えるのは、ルビーがそれを聞いて苦しげな表情をしたことだ。


 俺はラファエロを睨み付け、今度こそその場を立ち去った。背後では、ラファエロが微かに笑う声が聞こえた。


 それから程なくして、ラファエロの姿も声も無くなり、俺は歩くのをやめた。ルビーに事情を聞くために、どこか座れるような場所を探したが、生憎喫茶店も無ければベンチも無い。仕方なく、その場で話を聞くことにした。しかし、当の本人は。


「クロは関わるな。あれはただの知り合いだ。元の世界で少しばかり因縁があるだけで、さほど問題視しなくていい」


 気にするな、と告げてくるばかり。そのくせ、辛そうに顔を歪めているのだから困りものだ。助けてほしい。だが、事情は話せない。そんな感じだろうか。


 これではどうしようもない。助けてやりたいが、ルビーがこんな状態では無理だ。何も分かっていない現状、あまり強く出てしまうのもまずい。ルビーが頑なになってしまうだけだ。どうしたものか。俺はこの頭の痛い事態に、人知れず溜め息を吐くほかなかった。


 そんな中、黙していたリリーがルビーを気にしながら耳打ちしてきた。俯いてしまったルビーは気付いていない。


「クロ、ルビーの事情は分かりませんが、ラファエロと言う青年の正体は分かりました。あとでお話しますから、今は帰りましょう」


 それだけ言って、リリーはルビーに気付かれぬよう元の位置に戻る。俺が驚いて視線を向けても、首を横に振るだけ。やはり、ここで答える気はないようだ。


 ルビーに視線を移す。未だに俯いたまま、思い詰めている。この様子では、クリス達と合流しても駄目だろう。心配を掛けるだけだ。クリスにはあとで連絡して、今は家に帰ろう。


 俺はリリーに頷いて、ルビーの手を再び取る。そして、そのまま帰路に就くのだった。



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