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二十四話 入学編(もうどうにでもなれ、です)

「さてと、このあとはどうなるかな。これだけ滅茶苦茶にしたんだから先生に連行されるのは当然として。停学か、注意だけか、奉仕活動ってこともあるか。流石に入学早々に退学は無いだろうけどな」


 周りを見渡せば、ここ一帯の荒れ具合と言ったらない。椅子は壊れて捨てられ、空き地の中心地には鉄の塊。床はボコボコに、所々には穴すら開いている。


 この学園はともかく、他の学校や学園なら即時退学レベルの有り様だ。それを鑑みれば、この学園とてある程度の罰を与えてくるのは明白だ。せめて入学初日から停学と言うのは避けたいが、如何せんそれは学園側の裁量。こちらが選べるわけもない。


 どうしたものか、と溜め息を吐く。良い案もなく、俺は無駄とは知りつつも悩むしか無かった。


「俺に良い案がある、クロ。任せろ、何とかしてやんよ」


 俺が頭を悩ませる中、ヤマがそんな事を言った。この場に居る全員の視線がヤマに集まる。果たして、その案とは何なのか。自信満々に溜めて、ヤマはそれを言い放つ。


「ふっ、全部ハルのせいにするんだ。これなら全員助かる」


「本末転倒よ、この馬鹿!」


 すかさず、葉月の強烈な突っ込みが入る。尻へと振り抜かれた蹴りだった。


「ヤマっちさー、ふざけるにしても時と場合は考えようよ」


「えっと、ヤマヤマ最低だと思う」


 ヤマが倒れ伏すと、葉月に加担してスズと七瀬も足蹴をし始める。七瀬は躊躇しながらだったが、スズはヤマに侮蔑の視線さえ送っていた。


 いや、本当に何故ここでふざけられるのか不思議だ。俺もヤマに軽蔑の眼差しでも送ってやるべきか。


「クロ、結局どうしますか。このままでは、クロにとって都合の悪い事が起きるのでしょう?」


「まぁ、そうなんだよなぁ。二人は何か案は無いのか」


 リリーの問い掛けに俺は頷き、二人に案を求めた。リリーの方には妙案は無かったようだが、ルビーの方にはあったようだ。ルビーに視線を向ければ、それを語ってくれた。


「ふむ、夢を見せるなりして集団幻覚とさせるのはどうだ。その隙に避難し、あとは知らぬ存ぜぬで通せば問題も無いはずだ。クロは穏便な方が良いのだろう?」


「良い案だけどレジストされないか、それ」


「私を誰だと思っている。夢幻の魔王にして、クロの嫁だぞ。耐性があったとしてもレジストされるわけがないだろう」


 何故根拠に嫁を挙げたのかは知らないが、自信はあるようだ。ハルを物の見事に気絶させた実力もある。それを鑑みれば、確かにルビーの案は良いかもしれない。


 何より、これ以上の妙案が出るわけでもない。ここはルビーを信じるべきだろう。俺は決断した。


「よし、ルビー頼んだ。それでいこう。ヤマ達もそれでいいか」


「もっちろん。頼りにしてるよ、クロっち!」


 俺を頼りにされても困るのだが、何はともあれヤマ達の承諾も得た。あとは、葉月の呪術を解くタイミングに合わせて実行するだけだ。ハルはヤマに運んでもらう。


 そして、葉月が一つ息を吐いてルビーに合図を送る。三、二、一。


「あ、そう言えば、クロ。どうだ、この衣装は似合うか」


 ゼロ。そのタイミングで、あろうことかルビーは制服姿の評価を俺に求めてきた。葉月の呪術が解けていく。本当に、本当に何故今それを聞いたのか。ルビーを除く全員が、愕然とした。


 どうしてお前はそうなんだよ、ルビー! わざとか? わざとなんだろ!? えぇ? おい! もうさ、もう掛ける言葉も見つからないよ……。


 俺は膝から崩れ落ち、四つん這いになった。ルビーに説教する気も起きず、心の中でしか叫べなかった。


 終わった。終わったのだ、何もかも。クルリと一回転して喜んでいるただ一人の馬鹿のせいで、どうしようなく終わった。


 そうして、俺達は教員の方々に連行されるのだった。不幸中の幸いとして、抗う気力も湧かなかったのだけが救いか。


 この日、俺の中でルビーの評価は最低のものになったが、それさえ些末なことだ。どうでもいい。ルビーを信じた俺が馬鹿だった、と言うだけの話だ。


 ◇


 さて、俺達は教員の方々に会場から強制退去に加えて連行されたわけだが、ハルは保健室へと運ばれて、俺達は生徒指導室に連れて行かれた。


 流石に入学式もあるので、大勢の教員に囲まれるような事態にはならなかったが、それでも担任になる教員や生徒指導の教員などは居て、俺達は事情を聞かれていた。洗いざらい、とまではいかないが、話せる部分は全てヤマが担当して話してくれたので助かった。


 俺やルビー、リリーは余計な事を喋りかねない上に、そもそも詳しい事情は語れない。あの場での事だけなら問題ないが、話がそれ以外の事に触れるとお手上げだ。そう言った事を踏まえて、ヤマが買って出てくれたのは有り難かった。まぁ、たまに自分がやったことをハルなどに押し付け、責任逃れしようとするのが難だが。


「――ふーん、なるほどね。大体の事情は分かったわ。ゴレラ先生、事情が事情ですし今回は」


 そして、ヤマからの説明を聞き終え、最初に口を開いたのは担任の女性教員だった。まだ年若そうな女性で、新人と言ってもいいような雰囲気だ。


 長い黒髪を後ろで雑に束ね、色彩の濃い黒色の瞳をしている。顔立ちにはそれ程特徴は無いようだが、整っていないわけでもない。黒縁の大きめな眼鏡が顔を隠している印象か。


 ただ、出るところ出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるのを見る限り、プロポーションは良いようだ。まぁ、地味な色合いの服装でそれも半減しているようだが。


 最初に挨拶と自己紹介をされた時に名前も名乗っていた。確か、雨月あまつき 紫陽花あじさいだったか。


 と、それはともかく、だ。雨月先生にゴレラ先生と呼ばれた生徒指導の教員が答える。


「ふん、雨月先生は甘いですね。そこの生徒が話したことを鵜呑みにするんですか」


「それは、その。嘘を吐いているようには見えませんし」


「確かに。私から見ても嘘は無いようです。ですが、真実だけを言っているようにも見えない。貴様ら、まだ隠している事があるんじゃないのか? えぇ?」


 雨月先生の発言を鼻で笑い、俺達を睨み付けるこのゴレラと言う教員。強面の顔と迫力のある体格が様になる。どこの裏社会のドンだと言いたくなるような風格だ。


 傷のあるスキンヘッドに灰色の瞳、顔中に切り傷などがあるのも問題だ。今の睨んだ姿もまさに堂に入って、気弱な人なら簡単に気絶させられそうだ。


 何より、何故似合いもしないピチピチのスーツを着ているのか。筋肉の隆起が丸分かりで、今にもスーツが張り裂けそうだ。体格だけならば、元帥以上かもしれない。


 こちらも確か自己紹介だけはしていたはずだ。いや、そう言えばゴレラとしか名乗っていなかったか。名前に何かコンプレックスでもあるのかもしれない。


「そんなわけ無いじゃないですかー。なぁ、スズ」


「ぜーんぶ話したよ、せんせ」


 そんなゴレラ先生の凄みを受けても平然とした態度でヤマとスズは答える。と言うか、完全舐めた態度で、おちょくってすらいるようだ。


 これにゴレラ先生は少しの間を置いて、鼻を鳴らす。


「……ふん、話す気は無いか。良い根性だ。だがな、立場を考えてから物を言え。貴様らの態度次第で、こっちも処罰の度合いを考えにゃならんからな」


 そして、脅しとしか思えない発言をしてきた。俺は横目でヤマを窺う。ここまではっきりとした脅しをしてきたのだ。ヤマはどうする気だろうか。


「うわっ、聞いたかよ。横暴だ、職権乱用だ。今の時代、そんな事して許されるって思ってんのかよ。やだねぇ、これだから頭の固いオッサンは」


「ねー、最悪。葉月っちと七瀬っちも何か言ってやりなよ。この分からず屋にさ」


「バーカ、とか? でも、この筋肉達磨に知能なんてあるの? 無くない?」


 結論、どうするも何も無かった。あくまでもそのままの態度を貫くようだ。それでいいのか、本当に。神経が図太いにも程があるだろう。


 何だろう。ヤマに任せきりにしたのは失敗だったのだろうか。今更ながら後悔し始めた。


「ちょっ、ちょっと三人とも。流石にまずいよぉ。ひぅ、ほら睨んでるよぉ」


 俺と同じように思ったのか。七瀬もまたヤマ達の言動に戦々恐々とし、ゴレラの視線にも怯えている。その様はあまりにも可哀想に思えてくるものだった。


 だと言うのに、ヤマ達と言えば。


「ビビり過ぎなんだよ、七瀬は。男は度胸!」


「女も度胸!」


「はい、七瀬!」


「え、えっ? 取り敢えず度胸! こ、これでいいの?」


 この有り様だ。全く、七瀬も戸惑うくらいならば乗らなくていいだろうに。困ったものだ。


「そう言うこった。分かったら、ほら! 全裸になれ! 今がチャンスだ!」


「何がチャンスなの!?」


 本当に、困ったものだ。どうしようもない。頭痛と溜め息が絶え間なく俺に襲い掛かってくるようだった。


 それはゴレラ先生も同じようだ。もっとも、彼の場合は怒りからだと思われるのだが。


「貴様らは、そんなに処罰を重くしてほしいようだな」


「だって、記憶持ち転生者のタブーに触れたのは先生だぜ? それ相応の対応を俺らはしたまでだ。何か問題あんのかよ」


「……ちっ、先に言え。そう言う事は。触れるようなことなら、こちらとしても何も言わん。ただし、本当に触れるようなことならな」


 ヤマの言葉に、舌打ち混じりで答えるゴレラ先生。


 記憶持ち転生者のタブー。それは、明言されているわけではないが、触れてはいけない暗黙の了解だ。俺も、これという例を挙げることは出来ない。言えるのは、その転生者にまつわる触れてはいけない秘密や因果と言うことだ。


 これに関わることは何人たりとも許されない。その前世に関わる人物以外は。


 侵してはならない領域。それがタブーだ。


 だからこそ、ゴレラ先生も退いた。怒りも抑え、飲み込んだのだ。


「疑いぶけーな。本当だっての。少しは生徒、信用しろよ」


「貴様らのその態度で信用を語るな、馬鹿どもが。まぁ、いい。そう言う理由での秘密なら、聞かん。処罰も奉仕活動を一ヶ月にしておいてやる」


 感謝しろ、とゴレラ先生は話を締めた。次いで、入学式の終わりまでここにいろ、と告げて生徒指導室から出て行ってしまう。残されたのは、担任の雨月先生と俺達だけ。


 どうでもいいが、雨月先生、最初の一言二言以外に話していないのだが大丈夫だろうか。俯いて黙してしまっている。ゴレラ先生に言われて落ち込んだ、と言うことか。


 そう思っていた時もあった。


「ふふ、ふふふ。あはははは、流石ブラックリストに載るだけあるわね。ナイスよ、みんな。ゴレラの奴に一矢報いた気分だわ!」


 実際は、ちょっと頭のネジが吹っ飛んでる危ない人物のようだった。落ち込むなど、そんな殊勝な真似は有り得ない、と言った様子で高笑いを続けている。正直に言って、怖過ぎる。


「……なぁ、クロ。あの女は大丈夫なのか」


「どこか精神的に危ない気がしますね」


 今まで反省も兼ねて黙らしていたルビーと、ただ単に口を挟む気の無かったリリーが俺に尋ねてきた。この二人に心配されるとは、雨月先生は相当に危ない人種なのかもしれない。


 俺はひとまず二人に同意を示し、次いでヤマ達に視線を送る。返ってきたのは、引きつった笑みと視線だった。この先生には関わるな、と言う。


 だが、そうは問屋が卸さないとばかりに、雨月先生の高笑いが止まる。そして、生徒指導室の中央、俺達の目の前に置かれた机に無造作に寄りかかる。


「はぁ、もうね。嫌んなるのよ。教師なんて結局は年功序列の社会でしょ? あのゴレラなんか、特に威張り散らしちゃってさ。あの風貌でそんな事したら、その道の奴にしか見えないし。怖いんだっての、ハゲ。本当、勘弁してほしいのよ。あぁ、最悪。いっぺん、頭叩いてやろうかしら――――」


 何故か知らないが、いきなり愚痴が始まってしまった。余程、日頃鬱憤が溜まっていたのか、語り口が止まらない。最初はゴレラ先生に始まり、果てには恋愛話の愚痴やら何やらにまで発展していった。実に生々しい発言や聞いてはならない話など盛り沢山で、だ。


 俺達は視線を合わせずに、出来るだけ俯いたままそれを聴かされる。途中途中、同意を求められたりもしたが、そこは絡まれぬように頷くのみ。それを繰り返して、雨月先生の愚痴が終わるのをひたすら待った。


 しかし、延々と続く愚痴と言うのは思ったより堪える。何度逃げ出したくなったことか。俺だけではない。みんなが、だ。そのたびに誰かしらが引き留め、雨月先生に気付かれないようにしていた。


 ゴレラ先生など目ではない。奉仕活動? 今なら喜んで引き受けよう。この場から逃げ出せるなら何も怖くはない。本当に恐ろしいのは、今この場に居る雨月先生なのだから。


 この愚痴は、入学式が終わり、他の教員の方が呼びに来るまで続いた。俺達は放心状態で気付きもしなかったが。



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