二十三話 入学編(騒動の終わりは変態と痴女によって、です)
「うわっ、空気おもっ! 何々、一体どしたの?」
下がってきたスズの開口一番がそれだった。ギョッとした様子で俺達を見回す。
それを見て、仕方なさそうにヤマが説明役を買って出てくれた。そして、ヤマの説明を受けたスズは葉月に近寄り、額に手刀を落とした。
「いっ、スズ?」
葉月がスズを見やれば、スズはあろうことかそれを無視して、今度は頬を思い切り叩く。腫れそうなほどの強さのそれは、大きい音を鳴り響かせた。
案の定、葉月の頬が赤くなったのが分かる。驚いたのか、葉月は言葉も発せられずにスズを見やっている。
「葉月が悪い! 呪印の呪詛返しで不安定になってるのも分かるけど、葉月は伝説の呪術師でしょ。そのくらいで不安定になってどうすんの! しゃきっとする! ほらほら、笑顔笑顔!」
スズは葉月の両頬を摘んで持ち上げ、無理矢理笑顔を作らせる。次いで、葉月を俺の方に向けて背中を押す。
俺と葉月の視線が絡むが、何と切り出せばいいのか。二人して言葉に詰まる。
「えっと、八つ当たりだった。ごめんなさい……」
「あ、いや、うん」
何だ、妙に気恥ずかしい。見れば、葉月もそうなのか、顔を赤らめている。耳まで赤い。
「あー、その、何だ。俺の方こそ、考えなしに口走って悪かった」
「うん、でも、悪いのは私だし」
お互いに赤面になって謝るとは、ここまで羞恥心を覚えるものなのか。他の者が見ている前で、これはなかなかに心を抉られる。
と、その時、ヤマから俺達を囃す声が届く。
「お二人さん、初々しいカップルのイチャイチャはそのくらいで良いんでないの」
「っ、カップルじゃないわよ! クロ君なんかに私が靡くわけないでしょ! 有り得ない! 断固拒否って奴!」
何だろう、葉月の強い否定に別の意味で心を抉られた気分だ。いや、葉月に恋愛感情など無いので別にいいのだが。何というか、ここまで否定されると感情云々以前にただ傷付く。
「もー、葉月っちってば。照れちゃって」
「照れてないから! てか、何で私が弄られ役なのよ! ナナの十八番でしょ、それ!」
「ナナっち、葉月っちが酷いこと言ってるよー? どうする?」
「うぅ、僕だって好きでやってるわけじゃないのに」
スズのからかいに葉月が怒り、七瀬が泣くと言うコントのような展開が始まった頃、俺はあることに気が付いた。取り敢えず、最初に言うだけ言ってその後のコントに加わらなかったヤマに尋ねる。
「そう言えば、ハルはどうなった?」
「んあ? ああ、それなら、あそこ」
そう言ってヤマが指差した方向にあったモノ。それは、スズの魔法の残骸が積み重なった山だった。特大ハンマーに巨大な盾、バールのようなものからパイプみたいなものまで、ありとあらゆる金属がそこにはあった。
「おぉう、また壮観な」
「ハルも埋もれたな。まぁ、そのうち出てくんじゃね。流石に時間稼ぎにはなっても、あんくらいじゃハルは気絶させられねぇし」
「じゃあ、その前にどうするか決めるのか」
「まぁ、決めるも何もあったもんじゃねぇけどなぁ。前回より力増してんなら、こっちも前回より死ぬ気になって止めるしかねぇし」
ヤマは苦笑を零し、肩を竦める。元々が作戦と言える作戦も無く、挑んだ事だ。ヤマの言い分も仕方ない。俺もヤマに釣られて苦笑を浮かべる。
と、そこにいつの間にかスズと葉月とのコントをやめた七瀬が口を挟んできた。
「そうなんだよね。せめてもう一人、加護とか祝福とか扱える人がいれば良いんだけど。もしくは聖者さんとか?」
「おっ、何だ、もう泣き止んだのかよ。七瀬にしちゃ早いな」
話に加わってきた七瀬を今度はヤマがからかう。だが、七瀬は泣くこともなく、逆にヤマに対して怒ると言う感情を見せたのだ。
「もぅ、ヤマヤマってホント酷いよね。僕だって怒る時は怒るんだからね?」
「へいへい。悪かったよ」
「ナナっちはあたしらのマスコットだからねー。からかいたくなっちゃうんだよ」
「そう、仕方ないことなのよね。ナナって可愛いだもん」
まぁ、ヤマにあまり反省の色が無いどころか、スズや葉月までまた加わってしまう結果しか生まなかったが。
それはさて置いて、俺は違うことを考えていた。聖者。七瀬が言ったその言葉が頭から離れなかったのだ。
聖者ねぇ。心当たりはあるんだよなぁ。でもなぁ、聖者は聖者でもあれな奴だからなぁ。それに、家に居るから意味無いし。でもなぁ、何だろうなぁ。このもやもや感。何か嫌な予感しかしない感じ? これどうしたもんか。
などなど、俺の中で警鐘が鳴り響いて止まない。心の中で考え込んだせいか、余計に鳴り響いている気さえする。呼べばすぐにでも現れそうな、そんな予感がしてならない。本当に、何なのだろうか。それは紛れもない愛です、などとあの聖女もとい痴女は言うのだろう。俺は絶対に認めないが。
……一応、呼んでみようかな。いや、ほら、念のためってことで。別に本当に来るとは思ってないけど、念のため。
俺は自分に言い聞かせるようにして、取り敢えず小声で呼んでみることにした。まさか、とは思っても、怖いもの見たさでやってしまった。
「リリー……」
「はい、呼びましたか。クロ」
……来ちゃったよ。来ちゃったよ、本当に! てか、何でわざわざ耳元で答えるの? 無駄に悪寒が走るわっ。いや、そもそも何で居るの? どうやって来たの? 何故に学園の、それも高等部の制服なんか着ちゃってるの!?
もう、パニックだ。ある程度、予感と言うか予想と言うか、そう言ったものはしていた。していたが、実際にそうなるのは許容し切れないのだ。
何より、タイミングを見計らっていたかのような、間を置かない返答。これをいきなりされて驚かない方がおかしい。その証拠に、ヤマ達だって会話を中断し、こちらを見て驚いている。
「クロ、どうしました? 愛しのリリーですよ?」
と、ヤマ達に視線を向けていると、再びリリーが問い掛けてきた。唇が触れてしまいそうなほど、顔を急接近させて。これが切っ掛けだった。驚きを通り越して、逆に冷静になれてしまった。
俺はリリーに問い質したいあれこれを強引に飲み込んで、ハルを止める協力を仰ぐことにした。
「……リリー、ちょっと手伝い頼めるか」
「はい、もちろんです。何でも言って下さい」
「良かった。なら、あそこに鉄の塊があるよな? あの中に少し大人しくさせたい奴が居るんだ。押さえ込むのに協力してくれないか」
リリーなら十分可能な筈だ。それどころか、そのままハルを気絶させられるだろう。そんな思いが俺に期待を抱かせる。そして、リリーの返答を俺は待った。
「……あの、残念なんですが、それは少し難しいかと」
返ってきた答えは、予想だにしないものだったが。
リリーは断らない、と心のどこかで思っていた俺は一瞬何を言っているのか分からなくなった。次いで、せっかく冷静になったと言うのに、俺はまた軽い混乱状態に陥る事となった。
「えっ? あっ、いや、えっ? まさか、リリーでも難しいのか!?」
それでも何とか聞き返した俺だったが、リリーは更に不可解な事を口走ってくる。
「はい、流石に既に拘束されている方を押さえ込むのは、ちょっと」
「はい? 何言って……」
そして、俺は鉄の塊の方を指差すリリーに従い、言葉を失った。
そこにあったのは、鉄の塊ではなかった。いや、鉄の塊も確かに存在したが、俺の視界に入ったのはその手前。リリーの言葉を思い出す。それはそのままの意味で、ハルが拘束されている光景だった。
誰に。ルビーにだ。ハルの背中に足を乗せ、踏みつけていた。魔王よろしく、不敵な笑みさえ浮かべていた。
何故ルビーが居る、などとは言わない。今更だ。リリーが居るのだから、ルビーが居てもおかしくはない。
だが、だからと言って、この光景はあまりにも有り得ないものだった。当然だ。音もなく、誰にも気付かれることもなく、ハルを拘束してしまっているのだから。
いつの間に、と俺は無意識のうちに発していた。
「クロが何やらあの方々と揉めている間に、ですね。私が結界を、ルビーが実行役を担当しました」
俺の独り言に答えたのはリリー。しかし、俺は何も言えずにただただルビーを見ているしかなかった。
ルビーが手を振ってくる。呆然としながら俺もそれに応える。思考もせず、ただ反応しただけだが、ぎこちなく手を振っていた。
その後、リリーに肩を叩かれてヤマ達と視線を交わし、みんなでルビーとハルの居る場所へと向かった。
ルビーと合流して、ハルの様子を窺う。未だに気絶はしていないようだが、大人しくはなったようだ。眼光の鋭い眼差しを俺達に向けていること以外は、となるが。
「クロ、どうだ。私も役に立つだろう?」
ふふん、と得意気に笑うルビーに俺は苦笑を返す。確かにその通りだ。俺達が苦労して何とかしようとしていたのを、ものの数分程度で終わらせてしまったのだから。文句などは無いが、やはり複雑な気分でもある。
そうして、二、三、言葉を交わしたあとハルを見やれば、今度はルビーを睨もうとしているようだった。背中を踏まれ、視線を合わせられないので、それも難しそうだったが。
すると、ハルは何と言葉を発してルビーに噛み付く。
「我を踏みつけるなど、小娘が。我は王ぞ。小娘如きがこのような仕打ち、許せぬ」
「笑わせる。たかだか一種族の王如きが私に意見だと? 夢幻の魔王たるこの私に? 寝言は寝て言うものだぞ、ヴァンパイア」
「ぐっ、我が完全に覚醒を果たしておれば、貴様なんぞ!」
「それこそ馬鹿馬鹿しい。覚醒した程度で私を倒せると思っているとは。実力の差を知れ、間抜けが」
だが、ルビーは意にも介さず、ばっさりと切り捨ててしまった。
いや、大事なのはそこではない。問題は暴走状態の筈のハルが言葉を発したと言うことだ。それも明確な言葉と認識出来るものを。
見れば、ヤマ達も驚きを隠せていない。それはつまり、今までなら有り得なかったことだと言うことだ。
では、何故今回は違うのか。それはハルに直接尋ねてみるしかない。
「ハル……なんだよな?」
「ん? 我のことか? そうだと言えば、そうだ。しかし、否と言えば、否となる」
だが、返ってきた答えはそんな曖昧なものだった。
俺はヤマ達を見やる。何か分かることはないのか、と思ったからだ。そして、それは正しかったのだろう。ヤマ達は軒並み顔を強ばらせ、先程とは違った様子で動揺しているのが見て取れた。明らかに今のハルについて、何かを知っているようだった。
ただ、その事を聞こうにも、誰も彼もその何かについては口を噤んでしまう。答えられない、と言うよりは答えたくないと言う意志がありありとあった。
そこで不意に先程、葉月に言われたあの台詞を思い出す。『駄目なもんは駄目! クロ君なんてどうせ前世の関わりも無いような他人のくせに、無責任なこと言わないで!』と言う台詞だ。今の状況とは関係の無いものだったが、どうしてかそれが俺の中で響いた。
それから、ハルの状態に関する謎が分からないまま、沈黙が場を包む。俺様な状態のハルでさえ、口を開かない。ただ、ハルの場合はヤマ達の様子を鼻で笑ってはいたが。
……探るべきじゃないな。秘密なんてあって当然。誰だって、話したくないことはある。だったら。
「ルビー、ハル気絶させてくれ。そうすれば、あとは問題ない筈だから」
俺は何も聞かない方がいい。そのうち、また何かあった時、話さないといけなくなった時に聞けばいい。今はまだ、その時ではない。
「ふむ、眠らせればいいのか? クロ」
「そっ、とにかく気を失わせるだけで大丈夫。だよな?」
「うん、クロっち。それで大丈夫、バッチグーだよ!」
俺がヤマ達に尋ねると、スズが答えてくれた。明るく、いつも通りの対応のようだったが、実際にそうなのかは俺には分からなかった。
しかし、その事については触れずに、俺はルビーに頷く。すると、ルビーは一つ頷いてハルを見やった。
「そう言うわけだ。ではな、ヴァンパイア。良い夢を見れる事を祈れ」
ルビーはそう言って、ハルの後頭部に手を添えた。次の瞬間、ハルは何か言う暇もなく深い眠りに落ちていった。今まであったあの濃厚な気配もそれと同時に消え去り、ようやくこの騒動に終止符が打たれたのだった。




