二十五話 入学編(平穏なんぞありはしなかった、です)
あれから、げんなりとしたままの俺達とは対照的に、雨月先生は晴れやかな様子だった。些か顔も艶やかになったような気がする。女性にとってストレス発散はお肌を一瞬で治してしまう特効薬なのだろうか。
「いやー、はは。ごめんね、みんな。私の愚痴に付き合ってもらっちゃって。おかげで見て見て、潤っちゃった。十代の肌よ、これ。凄いでしょ、艶々!」
温度差があり過ぎる。かたや意気消沈、かたや意気揚々。雨月先生の会話に返答の出来る強者は、ここには存在しなかった。
それに雨月先生も気が付いてくれたのか、拗ねた様子で不満げな表情を浮かべる。そして、言った。
「もう、それでもブラックリストに名前連ねてるの? 軟弱ね、まったく」
そうだ、気になっていた事もあった。ブラックリストとは一体何のことなのか、と言うものだ。いや、薄々察してはいる。呼び名からしても、あまり良いリストではないのは分かっているのだ。だが、具体的な内容は知らない。仮に話してくれるのなら、尋ねてみるのも有りだろう。
そこまで考え、俺は意を決して顔を上げた。雨月先生と視線が交じり合う。傍らでは、この先生には関わるな、とヤマが頻りに視線を向けてくる。しかし、俺はそれには従わずに雨月先生の視線を真っ向から受ける。
「あら、骨のある生徒もいるじゃない。えっと、君は確かマガミ君だったかしら。何か言いたそうだけど、何?」
「ブラックリストって一体何のことですか。俺には何のことか分からないんですが」
やはり雨月先生の様子は問題無さそうだ。これならば、と俺は単刀直入に雨月先生に尋ねた。
「知らないの? えっ、自覚なし? あれ? 通知されてるはずなんだけど……」
返ってきたのは、そんな戸惑いの言葉だった。俺は何も知らない。通知とは一体何なのか。こちらも戸惑いを見せるしかない。
そうすると、雨月先生は心底不思議そうに首を傾げる。だが、俺が本当に何も知らないのだと知ると、仕方なくそれを話し始めた。
「あのね、ブラックリストって言うのは要するに、問題児のリストのこと。中等部から高等部に渡されるんだけど、対象生徒にも通知されるの。ブラックリストに載ったぞ、高等部では態度を改めろ的な意味合いで。もちろん、他にも理由はあるんだけどそれはいいわね。納得した?」
いや、納得も何もない。そんなものに俺が載る心当たりが無いのだ。今の俺の心境を語るなら、こうなる。
架空請求的な詐欺か何かですか? 違う? えっ、いや、ふざけるなよ。マジで、おい。
こんな感じだ。意味が分からない。ブラックリストの意味は分かる。ただ、そこで何故俺が載ることになるのか、理解不能なのだ。
こうなれば、事情を知る雨月先生に聞こう。きっと何かの間違いなのだから。俺はその事を雨月先生に告げる。
「それは無いんじゃないかしら。確かマガミ君の項目には、とにかく面倒事に巻き込まれる。もしくは首を突っ込むので要注意って書かれていたはずよ? 現に今もそうよね。間違ってる?」
……間違ってないです。てか、そんな理由でブラックリスト入り!? いや、確かに問題児って言えなくはないけども!
俺はあんまりな現実に打ち拉がれるしかなかった。ヤマ達の慰めの視線が痛い。俺はつまり、残念な子だったと言うことか。そんな気持ちにされる。雨月先生にさえ、そんな視線を向けられるのだからなおのこと。
唯一の救いは、ルビーやリリーだけはそんな視線を向けてこなかったことか。喜んでいいのかは別として、だが。
「さてと、マガミ君の疑問も解消したことだから、みんな教室に向かいましょうか。全員クラスは一緒よ。良かったわね」
俺が知ってしまった現実を必死に飲み込んでいると、雨月先生の声が掛かる。どうやら、ようやく教室へと向かうらしい。他の教員が呼びに来てから、意外に時間が経過していたようだ。足早に向かうことになった。
しかし、ヤマ達ともクラスが一緒とは。まさかとは思うが、問題児を寄せ集めたクラスと言うことなのだろうか。それとなく、雨月先生に尋ねてみる。
「違うわよ? 全クラスで振り分けてあるわ。ただの偶然よ」
本当にそんな偶然があるのかは定かではないが、ひとまずの安心は得られたように思える。次に雨月先生が口走ったことを聞かなかったら、の話だが。
「ああ、それと分かってるだろうけど、そこの二人の転移者さんも一緒よ? もちろん、こっちも偶然ね」
そんな偶然は望んでいない。否、そもそもこの二人に関して言えば、悪意ある偶然でしかない。大方、奴の意志が働いた結果の偶然なのだろう。本当に碌な事をしない奴だ。
俺は静かに溜め息を吐く。平穏な学園生活の終わりを嘆いて。
そうして、俺達は長い廊下を歩いて教室に到着した。そう言えば、未だにヤマ達が静かなのが不思議だ。そろそろ本調子に戻ってもいい頃だろうに。
教室に入る際に、ヤマ達の様子を見てみた。分かったのは、こそこそと何かを話し合っていることだけで、内容までは分からなかった。どうやら、雨月先生の愚痴の影響が長引いているわけでは無さそうだ。
察するに、ハルのことだろう。元々、その事でヤマ達が悩んでいる節はあったのだ。それならば納得も出来る。
それに、やはり俺には話せないような事もあるのだろう。今は放置しておこう。
ヤマ達から視線を外して次に見たのはこの教室だ。中等部でもそうだったが、自分の席と言うものはなく、階段状の教室となっている。これは一クラス当たりの生徒数が多いことが理由の一つに挙げられる。他の国から入学してくる生徒も多いこの学園ならではの光景だ。
この教室は主にホームルームを行ったりするだけで、授業で使われる事はあまりない。あとは文化祭や体育祭などの催し物で、クラスの話し合いに使う程度だろうか。
また、この学園は必修科目は少なく、選択科目の方が多い。これは転生者の能力面を考慮した結果だ。そのため、生徒は自分でカリキュラムを組み、選択した科目を受けに教科教室に移動するのが常だ。
カリキュラムの内容も幅広い。転生者と言えども、全てが全て英雄や勇者などの戦闘職とは限らないのがその理由だ。と言うか、そう言った前世を持つ転生者の方が少ないくらいで、多くが職人や一般人などの戦闘とは無縁の前世だったりする。中には人間ではなかった転生者もいるくらいだ。そう言った事から、選択科目も多様化していった経緯がある。
さて、話が長くなってしまった。そろそろ、席を探して座らなければ。雨月先生も教壇で待っている。見れば、ヤマ達もさっさと席に座っていた。どうやら、残りは俺達だけのようだ。急いで適当な席に座ろう。
俺はルビーとリリーを連れて、三人が座れそうな席を探す。とは言え、探すのにはあまり苦労しなかった。上から二段目の列がちょうど空いていたからだ。三、四人が座れるので、これで問題は解決した。早速、そこに三人で座る。
いや、うん。座ったけど、何でお前らは俺の膝に座ろうとする? おかしいだろ。横、がら空きだよな? 座れよ、そこに。えっ、何? 最初にルビーが座って、次に俺が座って、最後にリリーが座るって? いや、だから横に座れよ。何で狭い中、縦に座らなきゃいけないんだよ。痛々しいわ、アホ。
そんな罵倒と攻防を繰り広げ、クラス中の視線を俺達は集め始める。まさか座るだけで苦労するとは、思ってもみなかった。クラス中の視線が痛い。ヤマ達にすら、引き気味な視線を送られている。
やめろ、やめてくれ! そんな痛々しいカップルを見るような視線を向けるなっ! 違うんだ、カップルだなんて断じて違うんだ!
穴があったら埋まりたい。俺は心の底からそう思うのだった。
それから結局、ルビーとリリーは俺の横に座ることとなった。仕方なくであり、妥協した結果だと宣って。
俺は人知れず涙に濡れる。もう、俺には平穏な学園ライフなど存在しないのだと嘆いて。
もうやだ、こいつら。




