十九話 入学編(今日から花の高等部生です)
中等部を卒業してからの数週間、色々なことがあった。俺の嫁だとか戯言を語る四人を居候にしたり、その手続きに奔走したり。挙げれば切りがない程だ。
そこにきて美魅子さんと言う、尊敬する人との鍛錬もあった。生憎、それは途中で終了してしまったが、今も居候の内の二人と俺の義理の妹とともに鍛錬は続けている。主に鍛えられているのは俺一人なのが難点だが。何気に、この中では俺が一番下だ。本気で勝てた試しがない。
と、それはさて置いて、この数週間は本当に大変だったのだ。涙なしには語れぬ、そんな毎日だった。
だが、それも昨日までだ。今日は待ちに待った入学式。入学式、何と甘美な響きか。高等部に入学してしまえば、少なくとも放課後までは面倒から遠ざかることが出来る。これほど喜ばしいことが他にあるのか。いや、無い。俺にとっては、奇跡のような日なのだ。
「行って来まーす。クリスも遅刻するなよ!」
「分かってっからさっさと行けよ! こっちも準備あんだから」
「クロ、気を付けるのだぞ!」
「お気を付けて」
「またねー!」
「……出発……」
俺はクリス達からの返事を背に、駅へと向かう。道中、変なこともなく有意義な一日になりそうだ、と俺は喜んでいた。まさか、それが幻でしかないとはこの時はまだ知らずに。
俺が通う高等部は、高等部と言うだけあって中高一貫校だ。この学校、いや、正確には学園か。この学園は各国の転生者も通う場所だ。下宿先もある。だが、転生者専門の、と言うわけではない。あくまで、転生者も通うと言うだけだ。一般の生徒ももちろん通っている。
ただ、一般の生徒よりも転生者の割合の方が多い年もあるのも確かだ。今年はその一年になる。半数以上が転生者だ。ただし、この場合の転生者は記憶の有無は関係ない。記憶の有る転生者だけなら、大分比率も下がるはずだ。
つまり、俺が言いたいのは……何だろう? 言っていて分からなくなってしまった。
取り敢えず、俺の通う学園。その名を「YCF学園」と言う。ICF機関が運営する学園だ。確か、奴も理事の一人だったはずだが、まぁ些末な事だ。気にすることはない。
そうしているうちに、ちょうどYCF学園が見えてきた。校門まで辿り着けば、入学式の看板が掲げられていた。左手側に中等部、右手側に高等部の案内板もある。もちろん、俺は右手側。高等部の方へと向かった。
まずは入学式の会場に向かう。場所は大体把握している。流石に中等部に三年居たのだ。高等部の入学式の会場も覚えている。
会場までの道のりをのんびり歩いていると、友人数人が集まっているのが見えた。会場の受付の辺りだ。一体、何があったと言うのか。面倒事か、と俺はスルーしてそのまま受付に向かおうとする。
しかし、顔は背けても気付かれるものは気付かれる。真横を通ろうとしたのだから、当然ではあるのだが。
「――――なんですってば。ん? あっ、クロロン! ちょうど良いところに!」
スルーだ。それでも俺はスルーする。そもそも、俺はクロロンではない。よって、これは単なる人違いとなる。問題ない。
「あ、すみません。受付お願いします」
「ちょっ、クロロン!? 酷いよ、スルーするなんて最低だよ!?」
違う。俺は断じてクロロンなどではない。だから腕を掴むな。揺さぶるな。人違いだから。全く持って、人違いだから。
「クロローン! 助けてよ、クロローン!」
「ええい! 鬱陶しいな! 何だよ!」
我慢出来なかった。本当に、何と鬱陶しいことか。玩具を買ってもらえない時の子供のようだ。鬱陶しい。
俺は掴まれた腕をそのままに、そいつの頭を押さえつける。
「話聞いてやるから、落ち着け。どうしたんだよ、七瀬」
そいつ――七瀬・ダパネスを見やれば、いつか会った時と変わりなく女の子だった。少し癖のある柔らかな茶髪、潤んだ黒い瞳に泣き黒子。顔立ちも可愛らしく、アリアと同程度の身長に華奢な身体。その身を包むのは女子生徒用の制服。どこからどう見ても、女の子だ。
「そうだ。聞いてよ、クロロン。酷いんだよ、受付の人。僕の名前が名簿に無いって言うんだ。そんなはずないのにさ」
「……だろうな。で、誰か七瀬に真実は教えてやったのか」
「いんや? 面白いから言ってないんだわ、これが」
「ウケるよねぇ。てか、普通気付こうよって話?」
「分かる。ナナっちって馬鹿だもんね、基本的に」
他の友人連中に尋ねてみた結果がこれだ。完全に面白がっているだけで、助けにもならない。七瀬は俺のことを酷いと言うが、俺よりも酷い連中がここに居るではないか。
「お前らは……。だから俺が絡まれるはめになったって言うのに、反省も無しかよ」
「そう怒んなよ、クロ。面白さは追求してなんぼだろ?」
この男、先程いの一番に俺に返答した奴だ。名を山野 大和と言う。通称――ヤマ、もしくはヤマヤマ。本人としては、どちらでも可とのことだ。どうでもいいが。
大体このヤマと言う男は、はっきり言って真面目とは程遠い人物だ。外見からして、不良の一言。オレンジ色の頭髪は地毛としても、耳には何個もピアスが刺さり、眉毛は細い。瞳にも赤いカラーコンタクトをしていると聞いた。顔立ちは目つきの悪い点を除けばまだ良いが、問題は服装だ。この学園の制服は男女共にブレザーだが、それをかなり着崩している。そのくせ腹の立つことに、高身長なためか似合う。
また、性格も軽く、面白さ第一な時がある。今回の場合もこれに当てはまるだろう。普段はまだマシなのだから余計に面倒だ。
さて、もののついでだ。他の二人もこの際、紹介しておくとしよう。
まず、ナナっちと呼んでいた方からだ。こいつの名は東金 スズ(とうがね すず)。ヤマと同じく、テンション高めな女子だ。いや、もう一人も基本テンション高めなのだが。
と、それはともかく、スズは何というか明るい性格と外見をしている。色の明るい茶髪に、同じく明るい茶色の瞳。化粧もしているのだろうが、可愛い顔立ちだ。華奢な身体に、それに合わせて制服もスカートは短めで、細い腕には綺麗なブレスレットが映える。スズは自分を魅せることに余念がない。そんな女子だ。
次いで、もう一人。こちらは名を海島 葉月と言う。こちらもスズなどと同様だ。と言うか、テンション高めな奴しか居ないのは何故だろう。今更ながら、疑問しかない。
と、また無駄な事を考えてしまった。そんな事より、葉月のことだ。葉月は、癖のないストレートの黒髪に黒眼、綺麗な顔立ちをした女子だ。女子にしては身長もあり、外見だけで言えばお姉さんと言った感じか。ただ、内面の問題で初対面以外はそう思われないのだが。何とも残念な女子だ。
ざっくりと紹介したが、このテンション高めの友人三人は、例えるなら賑やかし要員だ。そこに七瀬が弄られ役として居ると言えば、伝わりやすいだろうか。
そう言えば、もう一人。ストッパー役と言うか、まとめ役の友人が居るはずなのだが。見当たらない。
その事をヤマに尋ねてみれば。
「あー、付き合い切れないとか言って先に会場に入ってったわ。あいつが居なきゃ、収拾つかないってのに酷いよな」
収拾がつかないと分かっているのに、やる彼にだけは言われたくないと思っているはずだ。俺は溜め息混じりに首を振る。
まとめ役が仕事を放棄しないでほしいが、彼がそれを買って出たわけでもない。成り行きでその役に収まってしまっただけなのだ。俺としてもあまり文句も言えない。
そうなると仕方ない。この場は俺が何とかするしかなかった。まさか、俺までこの四人を置いていくわけにもいかないので。
そうと決まれば、さっさと片付けよう。まずは頻りにクロロンと叫んでいる鬱陶しい七瀬をどうにかする。どうにかと言っても、対処法は簡単だ。この状況を解決するにも手っ取り早い方法。首根っこを掴んで受付まで引っ張ればいい。この時はまだ黙らないが、次の瞬間には黙るはずだ。何せ、受付の係員の女性の手を掴んで、七瀬の股の間に押し当てるのだから。
ただ、両者が悲鳴を上げるのもすぐだった。次いで、七瀬が俺に掴み掛かってくる。
「な、ななな、何するの!? クロロン、何しちゃってるの!? ねぇ!」
「一番手っ取り早い方法を選択しただけだろ。そもそも、七瀬が紛らわしい格好してるのが悪いんだし、仕方なかったんだ」
俺がそう言えば、七瀬は無言で殴り掛かってきた。まるで痛くないので構わないんだが、それよりも気掛かりなのは係員の女性の反応だ。どうやら、係員の女性は気付いたようだ。股の間に押し当てられた手をガン見している。
「あの、失礼かもしれませんが、彼女は……」
「はい、彼です」
係員の女性がおずおずと尋ねてきたので、俺はきっぱりはっきり言い切ることにした。そう、七瀬は女子だ。女子だが、一般的な意味合いのそれではない。つまりは、女装男子、略して女子となるのだ。
「何なら、もう一度触ります?」
と、俺は聞いたのだが、係員の女性は顔を真っ赤にしてそれを拒否した。七瀬もまた、まなじりに涙を溜めて赤面し、スカートを押さえて後退る。
そして、それからすぐに気を取り直した係員の女性は、顔を真っ赤にさせながらも名簿にチェックを入れる。七瀬の名前は無事見つかったようだ。良かった、良かった。
セクハラ、もろにセクハラ、と後ろで大笑いしている連中もいるが、それが何だ。俺など、ここ毎日セクハラされていたのだ。これぐらい、どうってことはないだろう。
俺はそのまま自分の名前も探してもらい、名簿にチェックしてもらう。これで問題は解決した。もう大丈夫だろう。
そう判断して、未だに叩いてくる七瀬を適当にあしらいつつ、俺は会場に入っていくのだった。
後日、この事で職員室に呼び出されることになったのだが、それはまた別の話で。些末な問題でしかない。




